第1278話 カエソーの拒絶

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦陣営本部プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 ティフはカエソーを立ったまま見下ろし、口をへの字に結んだ。カエソーの言ったことをどこまで信じていいのかわからない。《地の精霊アース・エレメンタル》を使役している人物……そう、カエソーの言い方からして相手は間違いなく人間だ。そして《地の精霊》はおそらくこれまでムセイオンで存在が確認されているあらゆる精霊エレメンタルよりも強力で、歴史上のゲーマーたちが使役した精霊さえも凌駕しうる実力を持っている。そんな精霊を使役する人間はそれ以上の魔力を持っていなければならない。グルグリウスも《地の精霊》はルクレティアに仕えているわけではないと言っていたし魔力的にもルクレティアではあり得ない。ムセイオンで知られているレーマ帝国のどの聖貴族でもないはずだ。もしそんな人物が居ればムセイオンに召喚されていなければおかしい。そんな人物の存在をムセイオンにいたティフ達が知らないということはあり得ないのだ。

 可能性があるとすればペイトウィンのように何か強力な魔導具マジック・アイテムで自分の魔力を大幅に嵩上げすることであの《地の精霊》を従えているのだろう。だがそうすれば今度はそんな強力な魔導具が何でムセイオンに知られていないのかという問題が出てくる。


 ハッタリか?

 いや、そういう存在が居るのは間違いない。

 だが、そんな奴とカエソーコイツが知り合いだと?


 大協約体制下のヴァーチャリア世界においてムセイオンに知られることなく強力な魔導具を所持するなど、おおよそマトモな人間ではない。裏社会の人間か、あるいは大協約体制に組み込まれていない蛮族かだ。しかしカエソーもルクレティアもその人物とは知り合いで話もしたことがあるという。

 カエソーもルクレティアも上級貴族パトリキだ。実際はともかく、公式には清廉潔白であることが求められる立場で、そのような“マトモではない”人物と交友を持つなど褒められるものではない。通常なら秘すべきことだろうし、この場でティフにその存在をほのめかすことすらはばかるはずだ。が、グルグリウスにしろカエソーにしろ、その人物が誰かはともかく、その人物と密接な関係があること自体は隠そうともしていない。


 何かがおかしいぞ……


 ティフが悩んでいる間に従兵が飲み物を持ってきてカエソーの前に差し出した。香茶ではない。酔い覚ましのための果汁飲料テーフルトゥムだ。通常は果物を絞った果汁を煮詰めてシロップにしたものを水(厳密には白湯さゆ)で割って作るが、ここグナエウス砦は温泉地に近いためそこで摂れる炭酸水で割って作るグナエウス砦に宿泊した者だけが楽しめる名物飲料である。香茶とちがって水差しから茶碗ポクルムに注ぐだけなので用意するのも香茶ほど時間はかからない。

 カエソーは嬉しそうに舌なめずりして茶碗を手に取ると、シュワシュワと泡立つ炭酸果汁飲料をすすった。そしてカエソーが舌鼓を打つと、その音にティフが我に返り、フゥと小さく溜息をついた。


「失礼だが、閣下のげんをどこまで信じて良いかはかりかねるな。

 《地の精霊アース・エレメンタル》は強力だ。他の精霊エレメンタルたちもどれも神殿にまつられていて当然なほどの存在……にも関わらずあの精霊エレメンタルたちを祀る神殿を我々は見た事がない。

 つまり土着の精霊エレメンタルではないということだ」


 カエソーは茶碗をテーブルに置き、上体を伸ばしてティフを見上げる。


「ご賢察の通り、かの《地の精霊アース・エレメンタル》様は土着の精霊エレメンタルではありません。

 さる人物が使役なさっておいでです」


「信じられんな!」


 ティフは口元を歪め、半歩踏み出した。


「何がでしょうか?」


「閣下はウァレリウス氏族であろう!?

 レーマ帝国きっての名門有力貴族だ」


 呆気に取られていたカエソーは両眉を持ち上げると、半開きの口を閉じることもせず無言のまま頷いた。


「あの《地の精霊アース・エレメンタル》を従えるには膨大な魔力が必要だ。

 だが人間でそんな魔力を持つものなど存在するはずがない。

 ママ……大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフ様だってそんな魔力は持ってないんだ!」


 突然演説し始めたティフをポカーンとした表情のまま見上げながら、カエソーはテーブルの茶碗を手に取り、もう一口啜る。


「だが強力な魔導具マジック・アイテムを使えば、魔力を嵩上げブーストすることも可能になる。

 そうすれば人間でも、あの強力な《地の精霊アース・エレメンタル》を従えることが可能になるだろうな。

 しかし、そんな強力な魔導具マジック・アイテムがこんな辺境にあるなんて聞いたことがない。

 そもそもそんな魔導具マジック・アイテムはムセイオンに収容されてなければいけないんだ!

 つまり、《地の精霊アース・エレメンタル》を従える魔導具マジック・アイテムの持ち主はということだ!」


 の一言でティフ以外の全員に緊張が走った。カエソーと室内にいたホブゴブリンたちに至っては不快そうに表情を強張こわばらせている。


「レーマ帝国を代表する上級貴族パトリキである閣下が、そのようなとの関係を持っている?

 そのような話を信じろという方が難しいのではないか!?」


 ティフはニヤリと笑った。カエソーが表情を強張らせたのは図星を突かれたからだと思い自信を得たのだ。とはいっても今は敵中、目元には緊張が残っていたのでティフの笑みは見る者の目にはひどく邪悪なものに映ってしまう。


「閣下にしても、をムセイオンの聖貴族ティフ・ブルーボール二世に紹介するわけにはいかないから、先ほども断ったのだ!

 どうだ、違うか!?」


 勝ち誇るティフを見上げたまま、カエソーは茶碗をテーブルに置くと背もたれに背を預けてふんぞり返った。


「違いますな」


「なに!?」


 表情を消したカエソーの短い一言にティフは我が耳を疑った。


生憎あいにくとその人物はです。

 その御方に関する報告はムセイオンへ先月送付済みです。

 ムセイオンに知られていないのは、その御方に関する報告がまだ届いていないからにすぎません」


だって言うなら隠すことないだろ!?

 教えろ!!」


「ダメです」


「何でだ!?」


 カエソーは何かあわれなモノを見る様な目でティフを見ながら大きく深呼吸した。


「まず現時点で『勇者団』アナタ方はムセイオンの聖貴族ではなく、ただのテロリストです」


 今度はティフが目を剥き息を飲んだ。


「盗賊どもを率いてレーマ軍を攻撃し、ブルグトアドルフの住民を多数あやめた。

 おかげで私自身も死にかけたというのに、そのような危険人物をおいそれと高貴な人物に紹介するわけにはまいりません」


 あくまでも冷静な口調で断言すると、カエソーはすっくと立ちあがった。ティフは思わず半歩後ろへ下がる。


「こ、交渉の余地は無いというつもりか?」


 上ずった声でティフが尋ねると、カエソーは両手を腰に当て胸を張って答えた。


「ありません。

 少なくともその御方への御紹介は無理です」


 ティフは目をそらし、舌打ちでもするように口元を歪ませた。


「他に要求はありませんか?

 ではこちらから……」


「ま、待て!」


 カエソーがレーマ軍側からの要求を告げようとすると、ティフは慌てて遮った。

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