第750話 元老院議事堂
統一歴九十九年五月九日、昼 ‐
そして「レーマの中心」と言われるだけあって、集中しているのは重要施設ばかりではない。重要な施設が集中していれば、必然的に人も集中する。
大勢の取り巻きを付き従えた貴族の前を先行する
貴族なら馬車にでも乗るのではないかと思われるかもしれないが、レーマでは市街地への馬車の乗り入れは禁止されている。昔から市内の道が狭く、馬車なんか乗り入れられたらたちまち往来に支障が出てしまうからだ。街中が馬糞だらけになって衛生環境が悪化するという問題もある。
乗り物に乗りたい場合、最高レベルの贅沢が許される
だが、すべての貴族がそういう乗り物を使うかというとそういうことは無い。特に男性貴族の場合、自分の体力、剛健さをアピールするためにあえて自分の脚で歩くことは珍しくなかった。
貴族制度のあるレーマ帝国とはいえ、公職につく者は一応選挙によって選ばれる。
そうした公職につくための選挙ではとにかく支持を集めなければならず、人々の支持を集める根拠となるのは第一に「どれだけレーマに貢献したか」であり、次いで「どれだけレーマに貢献できるか」だ。そして「どれだけレーマに貢献できるか」をアピールするためには、体力を、強さを……すなわち「男らしさ」をアピールするのが最善なのである。
最近では行われなくなってきているが、選挙になると立候補者は群衆の前に立ち、裸になって自分の肉体を見せることがレーマでは一般的であった。どれだけ肉体が鍛えられているかをアピールし、そして古傷を見せては「これは〇〇の戦いで負った傷だ。」と主張し、自分がどれだけレーマのために尽くしてきたかを群衆に訴えかけるのである。
時代が変わってそこまでのことはされなくなってきているとはいっても、それでも政治家に自分たちの理想像を投影しようとする群衆の心理は変わらない。であるならば、政治家にとって自分への支持を確たるものにし続けるためにも機会あるごとに「男らしさ」をアピールすることは必要不可欠なことであったし、街中を歩いて移動するのはその最たるものの一つであった。
フーススは照り付ける太陽の光を浴びて禿げあがった額を汗と脂でテカらせ、群衆の視線を集めながら『
「相変わらずの人気だな。
あの歳であの身体だ、うらやましい限りだよ。」
ただ歩いているだけだというのにその姿を見止めた群衆は熱狂的な声を上げている。その熱気は遠く離れたここまで伝わってくるようだ。老齢のためフーススのように元気に歩く姿を見せびらかすことのできないピウスはまったく
「うらやましがることは無いでしょう?
彼をあの立場にしたのは貴方だ。
『
彼の名はコルネイルス・コッスス・アルウィナで元老院議員の中でも守旧派の重鎮だ。
顎にまで脂肪を巻き付けたコルネイルスがニッコリ笑うと、確かにこの世に何も心配事など無いような気になってくるから不思議だ。しかし、ピウスがそのようなコルネイルスの陽気な雰囲気に包まれても決して流されないのは、ピウスが悲観的な人間だからではなかった。
「
確かにあの声望は間接的にではあるが我々の力でもある。だが……」
ピウスは視線をコルネイルスから窓の下を議事堂へ入ってくるフーススに向けなおした。
「何かご不満でも?」
「彼自身が、その力を信じているわけでもないようでな……」
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