第751話 守旧派元老院議員たち

統一歴九十九年五月九日、昼 ‐ 元老院議事堂クリア・クレメンティア/レーマ



 フォルム・レマヌムで派手に群衆を騒がせながら元老院議事堂クリア・クレメンティアへと戻ってきた『レーマの雄牛タウルス・レーマエ』こと執政官コンスルフースス・タウルス・アヴァロニクスは、議事堂クリアの二階へ上がると執務室タブリヌムの一つに入り、別ルートから先に戻っていた同僚たちと円卓メンサを囲んで汗を拭いていた。五月上旬とはいえレーマの春は昼と夜の気温差が激しく、日中は既に汗ばむような陽気である。それが冬でも集まる群衆の体温によって雪が解けると言われるほど混雑するフォルム・レマヌムの熱気の中をわざわざ歩いてきたのだ。汗をかかない方がおかしいだろう。


「いやいや、相変わらずの人気ですな。

 レーマ市民は皆、『レーマの雄牛タウルス・レーマエ』がレーマを力強く牽引していくことを信じてやみません。」

「いやまったく、その牽引力こそ元老院セナートスの力。

 タウルス・アヴァロニクス卿のお力があればクレメンティウス朝を終わらせ、共和制を復活させることも夢ではない。」

しかり然り。」


 元老院議員セナートルたちの見え透いた御追従おついしょうに苦笑いを浮かべながらフーススは顔をしかめた。別に彼らが嫌いなわけでも御追従が気に食わないわけでもない、汗を拭き終わったおしぼりスダリオに自分の髪の毛が貼り付いているのを見つけてしまったのがその理由だ。


 クソッ、また毛が抜けた……


 愛想笑いとしかめっつらの混ざった複雑な表情を浮かべながらフーススが使い終わったおしぼりを従者に返すと、やはり元老院議員で守旧派の重鎮コルネイルス・コッスス・アルウィナが椅子をきしませて身体を一揺すりし、フーススに語り掛ける。


「しかし、わざわざ『黄金宮ドムス・アウレア』に出向くことは無かったのではないか?

 やはり皇帝はまだ知らなかったではないか。あれではわざわざコッチが教えてやったようなものだ。」


 コルネイルスの表情は批判的とまではいわないが、少しばかり残念そうな様子だ。彼はフーススが今回の降臨のことで『黄金宮』に行くことに反対していたのだ。結局はフーススに同行して自分も『黄金宮』へおもむいたのだが、それはフーススに賛成したからではなく、反対していたからこそだった。


「いや、あれで良いのです。」


「何故だ?

 黙ったまま皇帝よりも先に元老院われわれから使者を出してしまえば、降臨者に関する権益を元老院われわれで独占できたかもしれないのに……」


 皇帝が知る前に自分たちは降臨者の情報を察知することができた。ならば皇帝に先んじて手を打てば、自分たち元老院こそが帝国の代表者であると降臨者リュウイチに思わせることができただろう。そして、皇帝からの使者を無視するよう要請することだってできたはずだ。

 もしそれが実現すれば皇帝の存在は有名無実化する。ゲイマーガメルの存在があったからこそ「独裁官ディクタトル」の任期が無くなり、実質的に世襲化してしまって「皇帝インペラートル」などというふざけた存在が生じてしまったのだ。「ゲイマーに対する帝国の代表者」という立場ゆえに世襲化してしまった皇帝位が、「ゲイマーに対する帝国の代表者」としての立場を失えば、皇帝位はその存在意義を完全に失ってしまう。世襲化の必要は完全になくなるのだから、皇帝位を廃することに誰も異を唱えることなどできなくなるに違いない。


「我々が教えてやらなくても、皇帝インペラートルが知るのは時間の問題でした。

 さすがに皇帝への報告書タブラを握りつぶすことは出来ません。」


 苦言を呈するコルネイルスをいさめるのはホブゴブリンの近衛長官プラエフェクトゥス・プラエトリイフラウス・ディアニウス・レマヌスだ。今回の降臨の情報を彼ら守旧派にもたらしたのは彼だった 

 アルビオンニアとサウマンディアからの報告書は皇帝が整備した郵便制度タベラーリウスによって届けられる。しかし、属州から出された郵便物タブラが皇帝へ届くまでにはどうしたところでレーマ本国を通過せねばならない。そして皇帝が整備した郵便制度もレーマ本国内では近衛軍プラエトリアニが担うことになっている。

 皇帝に届けられる書類を勝手に開封し、中身を書き写してからバレないように蝋封シールしなおす……皇帝マメルクス・インペラートル・カエサル・アウグストゥス・クレメンティウス・ミノールが指摘しフーススが「やってません」と否定した不正行為だが、フラウスはそれをやっていたのだ。もちろん、この場にいる全員がそのことを知っている。


「そうだとしても、一日や二日は稼げていただろう?

 その間に我らで使者を出してしまえたではないか。」


「一日や二日の差など、途中でどうなるかわかりませんよ。

 アルビオンニア属州まで三か月もかかるし、途中で海も渡らなければならない。

 風や潮の加減で追いつかれることも追い抜かれることもあるでしょう。」

「そうそう、それに使者は途中でいくつもの属州を通過せねばならんのです。

 領主たちは元老院議員セナートルが移動しようとすれば、何事かと興味を持つでしょう。そして行く先々でを受けることになる。」

「それでうっかり用件を話してしまえば、領主たちは皇帝に利するように動くに違いない。彼らにしてみれば使節の足止めなんてだ。」

「仮に秘密を守ったとしても、今度は皇帝に何事ですかと手紙で問い合わせるでしょうしね。」

「属州はどこも皇帝の味方。本国の外で皇帝に先んじることなど不可能だ。」

「それで皇帝の使者が先に到着してから元老院われわれの使者が『我々が帝国の代表です』などと言っても、先に謁見した皇帝の使者の言上ごんじょう次第では……」


 なおも食い下がるコルネイルスに他の閣僚クルリスたちを中心とした元老院議員たちが相次いで反論すると、さすがのコルネイルスも口をへの字に曲げて引き下がらざるを得なかった。


「しかし、コッススコルネイルス卿の言い分ももっともだ。

 皇帝に知られるのは仕方ないにしても、あれでは皇帝に対応を促すようなものではなかったかね?」


 思いもかけず四面楚歌しめんそかになってしまった状況に面白くなさそうなコルネイルスをフォローするように、元老院の議長を務める主席元老院議員プリンケプス・セナートスピウス・ネラーティウス・アハーラがとりなした。

 失言のあった議員や一方的に攻撃を受けてしまった議員をフォローし、とりなして体面を保たせる……こういう気配りによってバランスを取ることで、彼は議員たちの信頼を得て今の地位に就いていた。ただ、周囲の協調を重んじすぎるせいで自らの方針を強く打ち出すようなことは苦手であり、議長という調整役としては優秀でもリーダーシップを発揮すべき指導者としては凡庸そのもので、それが彼が元老院の頂点には到達できても執政官などにはついぞ成れなかった原因になっている。

 とはいえ、フーススはもちろんこの場にいる議員たちの多くが一度ならず彼の気配りとフォローによって助けられた経験を持っている。ゆえに、フーススもピウスの言葉には常に一定の重きを置かざるを得なかった。

 フーススは一度ピウスの方を見、やや躊躇ためらうように間をおいてから口を開いた。


「いえ、あれは牽制です。」

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