第752話 牽制の意味
統一歴九十九年五月九日、昼 ‐
「牽制?」
「逆の立場になって考えてみてください。
フーススがそう言うとコルネリウスはフッとその肥満体を揺すって皮肉めいた笑みを浮かべた。守旧派の中心的存在である彼からすれば酷い冗談のように思えたのかもしれない。フーススはコルネリウスの反応を無視して続けた。
「南の辺境で降臨が起きたという報告が届きました。
挑みかかるような
筋肉の塊のような男にその鋭い眼光で見上げられて
「そ、そりゃ……」
「
「あ?……ああ……」
コルネリウスが答える前にフーススは先取りし、頭の中で答えをまとめる前だったコルネリウスは思わずそのまま頷き返す。相手を
「そう、降臨が起きたとすれば皇帝の専権事項だ。」
そう言うとフーススは上体を起こし、まるで信じがたいスキャンダルでも耳にしたかのように目を丸くし、両手を広げて同室する全員に訴えかける。
「
自分で勝手に動き、自分で勝手に処理できるんです。」
「!……そんなことを許せばっ」
コルネリウスは仰け反らせていた上体を起こした。重厚な造りの椅子が似合わぬ軋み音を立てる。
もしフーススが言うようなことになれば、せっかく回復しつつある
話に乗って頭を突き出したコルネリウスを捕まえるようにフーススは再び上体を前のめりにする。
「そうっ!」
「!?」
待ってましたと言わんばかりのフーススにコルネリウスは反応できず、思わずそのまま、フーススと顔を付き合わせたまま息を飲んで固まってしまう。
「降臨者を利用して皇帝の権威を高めるでしょう。
そして、何一つ対応できなかった
違いますか?……視線でそう問いかけてくるフーススにコルネリウスは否定も何もできなかった。ううむ……と低く唸りながら上体を再び引き、椅子にその巨体を押し込める。
フーススはコルネリウスが引っ込んだのを見ると再びその筋肉で無理やり太らせた小柄な身体を伸びあがらせ、呆気にとられたかのように二人の様子を見守っていた同僚議員たちに向かって手品の種明かしでもするように話し始める。
「だが、皇帝が報告を見るより先に我々が乗り込んできた。
これによって皇帝は
「そして皇帝は、
「
ですが、我々の方が先に降臨を知り、皇帝にそれを伝えた。それによって皇帝は自分だけで対応することができなくなったのです。」
「だ、だが皇帝は
コルネリウスがフーススの説明に納得しかねたように渋面を作って言うと、フーススは悪戯っぽく微笑んだ。
「しかし
我々みんなが居る前で、『
「う……ああ、しかし……」
「皇帝は
「あ……」
コルネリウスはようやくフーススの言わんとしていることを理解したようだ。先ほどまでの困惑に満ちていた表情から力が抜ける。
それを見てフーススも緊張を解いた。上体を起こし、背もたれに預け、この日はじめて余裕に満ちた様子を見せた。
「これでもしも
自分より一回りも若いフーススのドヤ顔を、文字通り口を
「ウッ、ウンッ!」
慌てて咳払いをして姿勢を正す。
ひょっとして分かってなかったのは私だけだったのか?
「皇帝を牽制するのは良いとしても、結局皇帝に先手を打たれることは変わらんではないかね?」
ピウスの口調にはフーススを責めるような様子はない。彼がこのような懸念を口にした目的は、疑問を投げかけて答えを得ることにはなく、全員の注目をコルネイルスから離すことにあった。コルネイルスは守旧派では重鎮であり、影響力が大きい。彼に居心地の悪い思いをさせると、彼の気持ちが現在守旧派の牽引役になっているフーススから離れてしまい、結果的に守旧派の結束が乱れてしまうことになりかねなかったからだ。
そのピウスの配慮に気づいた者は残念ながら誰もいなかった。フーススは両眉をヒョイと持ち上げ、口をわずかに尖らせてフンッと小さく鼻を鳴らすと、どうしようもないと言わんばかりに首を振った。
「それは仕方ありません。
レーマ本国の外は皇帝の領域だ。
先ほど、みんなが言ったように
こればかりはフーススと言えどもお手上げだった。元老院守旧派が皇帝に対して優位に立てるのは、レーマ本国内においてだけなのだ。
もちろん、属州領主や
たとえば彼らの元にはレーマ本国から
が、そうした監視体制も決して万全ではない。何せ元老院議員の半数近くが属州や藩王国から派遣された代表者であり、属州領主や藩王の代弁者なのだ。本国から地方に派遣される官僚のすべてが元老院守旧派の影響下にあるわけではなかったし、軍団に派遣される元老院議員も実際に現地に赴任する者などほとんどおらず、監視体制構築のための制度が、腐敗した元老院議員自身の手によって形骸化されてしまってもいるのだった。
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