第749話 閑話休題・帝国の権力構造

統一歴九十九年五月九日、昼 ‐ 元老院議事堂クリア・クレメンティア/レーマ



 レーマ帝国中枢は二重権力構造になっている。二つに分かれた権力のそれぞれの中心にいるのはレーマ皇帝インペラートル・レーマエ、もう一つは元老院セナートスだ。

 レーマがまだ一つの都市国家に過ぎなかったころから元老院は政治の中枢機関として位置づけられていた。元々、王政時代に地域や業界の代表者を集めて意見を聞いたりするための諮問機関に過ぎなかったのだが、王政が廃されるとそれ以前から国家の有力者が集められていたこともあって、そのまま最高権力機関として機能するようになっている。

 ただ、共和制というものはどうしても意思決定に時間を要する傾向にあり、大規模な改革が必要な時や規模の大きな戦争に対応しなければならないときなどではそれが致命的な遅れになりかねない。そこで、そうした即断即決・臨機応変が求められる状況に限って、期間を限定して独裁官ディクタトルが任命され、強い権限が与えられて対応にあたっていた。

 独裁官は強い権限を与えられる代わりに任期は短く、また長く続けようとする者もほとんどいなかった。元老院議員セナートルは自分たちに平等に権力が分け与えられている状況に満足し、その調和を乱して抜け駆けしようなどという不届き者が出ないよう互いに牽制しあうのが常であることから、誰かに不当に権力や利権が集中することを極端なまでに嫌う傾向が強い。抜け駆けと不公平は元老院議員たちが最も嫌うことであり、そうした元老院議員の中から選出される独裁官もまた、元老院議員全員を敵に回してしまうことを恐れ、長く続けようとしなかったことが背景にある。

 出る杭は打たれる……そのような足の引っ張り合いこそが共和制レーマの土台であったと知ったら、どれだけの者たちが幻滅するだろうか?


 とまれ、少数のエリート貴族たちの合議によって営まれる共和制レーマは政治的にも経済的にも非常に安定していたと言って良いだろう。同時代の他の王政国家や封建制国家が、君主や国家元首が世代交代するたびに政情が不安定化し、下手するとそのまま国そのものが崩壊してしまうことすら珍しくなかったにもかかわらず、レーマは同じ政体のまま数百年も存続し続けたのだから。


 レーマには支配者たる王はいない。代わりに三百人の元老院議員セナートルがいる……とは、共和制レーマを訪れたことのある外国の王族が残した言葉だ。


 しかし、そのように稀有なまでに安定して存続し続けた共和制レーマも永遠ではなかった。チューアの侵略者シィチュー・ダ・バァワンを退けて以来、バァワンから解放されたチューア以外の広大な地域を結ぶ同盟の盟主であったレーマは、大戦争の勃発にも対応せねばならなくなったのだ。

 世界を二分する前代未聞の大戦争は当初、小規模な国境争いのような形で始まった。大災害の影響で起きた世界的な食料不足の影響で、オグズィスタンという国がレーマ同盟に属する小国ディアネイアに侵入し、略奪を繰り返したのがきっかけだった。救援を求められたレーマは盟約に従い軍団レギオーを派遣…それを受けオグズィスタンはオグズィスタンで別の隣国に救援を求め、あれよあれよという間に戦争の規模は拡大し、気づけばレーマ同盟に加盟するすべての国々やチューアの力を結集せねばならないほどの大戦争へ発展してしまっていた。

 結果、同盟各国の意思統一や大規模な同盟軍の統一指揮などが必要とされるようになったが、とてもではないが元老院では対応しきれず、国家を超えた統一意思決定機関、そしてその頂点に坐する総司令官の存在が必要となり、命令権保持者インペラートルが誕生することとなる。


 本来、命令権保持者は独裁官の延長線上の存在として誕生したものであり、当然ながら任期はわずか半年と短いものだった。ところが、世界を二分するほどの大規模な大戦争である。就任して本国レーマから戦地まで向かうだけで一か月以上かかる規模の戦争に対応するのに、任期がたったの半年では戦地とレーマとの間を一往復するだけで任期の半分近くが浪費されてしまい全く現実的ではなかった。おまけに戦争には多くのゲイマーガメルが関わっていた。


 超常的な能力を有するゲイマーはこの時代、戦争の帰趨きすうを決定しうるほど大きな存在になっていた。一人で一個の軍団を撃退したり、一つの国家を殲滅 せんめつしたりするほどの能力を有する彼らはしかし、安定的な戦力とはいいがたかった。気分屋なのである。

 どこまでも一人の個人である彼らは何人なんぴとにも従属はしない。報酬次第で簡単に敵側についてしまうことすらある。

 そんな彼らゲイマーを自分たちに側につなぎとめるためには、どうしても個人同士の信頼関係……「友情」などというものに頼らねばならなかったのだ。そしてそのようなゲイマーとの関係保持の役割も、直接的にであれ間接的にであれ、命令権保持者は果たさねばならなかった。

 だが、個人間の信頼関係など一朝一夕いっちょういっせきで出来るわけもない。たった半年では互いの顔と名前とだいたいの性格を把握できたぐらいで終わってしまい、信頼関係を構築してゲイマーを味方につなぎ留め続けるなど夢のまた夢となってしまう。


 結果、命令権保持者の任期は延長に延長が重ねられ続けられることとなった。気づけば命令権保持者の任期などあってないようなものになってしまい、その存在はすっかり常態化してしまう。その間にレーマ同盟加盟国でも国王等支配者層の世代交代が相次ぎ、大戦争への対応の都合もあって命令権保持者がそこに介入する機会も増えていく。

 気づけば同盟加盟国の支配者は命令権保持者の息のかかった者たちが大半を占めるようになり、命令権保持者個人に対する個人的忠誠によって国家を運営する支配者によってその独立性は次第に失われ、命令権保持者を頂点とする帝国がゆるやかに形成されていった。そして同盟国は次々と属州と化し、「命令権保持者インペラートル」はいつしか「皇帝インペラートル」へと変貌を遂げたのである。


 このような歴史ゆえにレーマ帝国は、世界の半分にも達する広大な版図を有しながらも、その中心であるレーマ本国を皇帝の支配下に置くことができていなかった。レーマ皇帝は帝国の支配者という絶対的権力を有してはいたが、同時にレーマ本国の一官僚という立場でもあったからだ。

 レーマ皇帝は帝都レーマに滞在することが定められ、帝都レーマから離れることは許されなくなった。そしてレーマ皇帝の指揮下にある野戦軍コミターテンセスはレーマ本国に入ることが出来ず、レーマ本国は近衛軍プラエトリアニという独自の軍隊を有し、それをもってレーマ本国を防衛するとともにレーマ皇帝本人とその家族を人質にとったような状態が続いている。 

 そしてこのような状態の中で、レーマ皇帝はその成り立ちゆえに帝国全体の防衛と外交を司り、レーマ本国は内政を司ることで二つの権力の均衡が保たれていた。


 だが、このような状態は決して健全なものではない。

 命令権保持者インペラートルはそもそも任期の限られた臨時職であったはずなのだ。ゲイマーを戦争に協力させる必要からその任期は延長されつづけてきたが、今はもうゲイマーは居ない。任期を延長し続ける必要はないし、まして共和制政体において役職を世襲するなどあってはならないのだ。

 一応、次期皇帝は選挙によって選ばれるが、候補者は皇族である公爵ドゥクスに限られている。そして次期皇帝の選挙への投票権は元老院議員の他に領土持ちの領主貴族パトリキたちも持っていた。一見すると元老院が次期皇帝の選出に影響力を発揮できそうだが、元老院議員の中には藩王プリンケプス・パトリアーヌス属州領主ドミヌス・プロウィンキアエといった大領主本人やその代理人が含まれ、そしてさらに子爵ウィケコメス男爵バロといった属州未満の小領主たちも選挙に投票できるのである。彼ら領主勢力は守旧派元老院議員の数を大きく上回り、守旧派勢力が及ぼせる影響力などほぼ無いも同然だった。その領主たちは元老院よりも皇帝に協力的なのだから、皇帝が次期皇帝について事前に根回ししておけば領主たちはそれに従う。つまり皇帝位は事実上の世襲制が成立していたと言える。


 皇帝位を廃し、権力を元の通り元老院に戻さねばならない。帝国は元老院を中心に共和制で運営されるべきなのだ。


 フースス・タウルス・アヴァロニクス……現職執政官コンスルである彼を中心に、元老院にはそのように考える守旧派が半数近くを占めている。各属州や藩王国の代表者ら、皇帝寄りの元老院議員らは三~四割といったところで、守旧派よりわずかに少ない。そして残りの二割ほどがどちらにも属さぬ中立的な立場を守っていた。

 皇帝の力を削ぎ、共和制を復活させるには現状では時間が必要だ。中立の議員たちは状況次第で動くから彼らに対する説得工作はあまり効率的ではない。より確実に改革を進めるには、皇帝の支持母体となっている領主貴族パトリキたちの取り込みが必要なのだ。

 そして彼らも皇帝を無条件に支持しているわけではない。彼らの多くは皇帝と元老院のパワーバランスが保たれている状況でこそ、自分たちの利権が最大化すると考えている。だから皇帝の力が強くなりすぎることは彼らも嫌っている。そこにフースス達守旧派の付け入る隙があった。

 各属州の独立性の保障、そして自治権の拡大……それを餌に守旧派への支持を拡大していけば、いずれ皇帝への支持を削り、今の均衡を崩すこともできるはずだ。フーススたちはそのような改革を続けてきていた。が、その改革の流れが今大きく変わろうとしている。


 その理由は、百年ぶりに起きた降臨。


 史上最強のゲイマーと目される《暗黒騎士ダーク・ナイト》がアルビオンニアに降臨したという情報は、今のレーマの情勢を根底から覆す可能性がある。臨時職に過ぎなかった命令権保持者を皇帝たらしめたのはゲイマーの存在なのだ。それがいなくなった大協約体制時代には、皇帝が存続し続けた最大の理由が失われていたのだ。だから改革は少しずつでも進んでいたのだ。

 なのにここへ来てゲイマーが再び現れてしまった。命令権保持者が皇帝として存続し続ける理由の一つが復活してしまったのである。

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