第748話 主導権

統一歴九十九年五月九日、午前 ‐ 『黄金宮ドムス・アウレア』/レーマ



「調査のため、元老院議員セナートルを派遣せねばなりますまい。」


 玉座ぎょくざに座る皇帝インペラートルマメルクス・インペラートル・カエサル・アウグストゥス・クレメンティウス・ミノールを先制するように、執務室タブリヌムの天井に執政官コンスルフースス・タウルス・アヴァロニクスの大きな声が響き渡る。

 フーススは決して背は高くはない。子供のころから栄養状態の良かったはずの上級貴族パトリキとしてはむしろ低い方である。が、身体を覆いつくす正装トガの上からでもハッキリとわかるほどガッシリした体格で、トガを着てても唯一露出する右腕は常人の太腿ほども太く、ヒトでありながらまるでホブゴブリンのようだった。表情筋の盛り上がった頬、特徴的な大きな鷲鼻、額から頭頂部まで禿げあがった頭は脂ぎってテカテカと光り、旺盛な精力をうかがわせる。

 その彼が両足を踏ん張る様にギュッと床を踏みしめ、胸を張る姿はいかにも力強く、自信にみなぎっていて誰の目にも『怒れる猛牛イラトゥス・タウルス』『レーマの雄牛タウルス・レーマエ』の異名にふさわしいものに見えた。


 大抵の者はその姿を見ただけで怖気づいてしまうが、マメルクスの目には小癪にしか見えない。フーススの挑戦的な視線にマメルクスは侮蔑の滲んだ目で一瞥し、あざ笑うかのように口角を上げると再びサウマンディアから届いた手紙をつまみ上げた。


「さて、元老院議員セナートルを派遣するといっても、サウマンディアからの報告によれば既にレムシウス・エブルヌス卿が向かっておるそうだが?」


 そう言いながらチラリとフーススを見ると、フーススの顔はやや忌々いまいまし気にマメルクスを睨みあげている。


「彼はたまたま近くにいたから駆け付けただけのことでしょう。

 それでは正式な代表者たりえません。

 レーマの正式な代表者を送り出す必要があるのです!!

 人選を是非、こちらにお任せいただきたい!!」


 やはりそれが目的か……


 百年ぶりの降臨者……本来ならば《レアル》へ御帰還願うところだが、何故か帰還できなくなっていて現地に滞在することになったという。しかもそれが史上最強であることは疑いようのない《暗黒騎士ダーク・ナイト》と同等の肉体と力を持ち、しかも膨大な金貨を保有しているらしい。

 大協約ではゲイマーガメルの力を利用しない、《レアル》の恩寵おんちょうを独占しないということになっているが、それでも接触することで得られる利益は計り知れない。《レアル》の知識は公表され、聖遺物アイテムなども世界で共有化しなければならないことにはなっており、降臨者から得た恩寵は有形であれ無形であれ、ムセイオンに収蔵され公開され、共有化される。しかしそれがどんなものであれ世界に広まり切るまでには多少の時間はかかるし、それまでの間は一時的とはいえ実質的に独占できてしまえるのだ。才覚のある者ならば、その過程で利益を上げることはいくらでも可能。ならば少しでも早く、深く接点を持ち、可能な限り利益を求めるのは当然ではないか。

 しかし、誰もかれもが普段の自分の生活を、仕事を、立場を忘れて好き勝手に行動できるわけではない。マメルクスやフーススというような国家の重鎮ともなれば、自分であちこち行けるほど身軽なわけがない。であるならば、少しでも自分の都合のいい人物を送り込もうとするのは当たり前のことだった。

 フーススは自分の息のかかった者を、「レーマの代表者」として送り込みたいのだ。「レーマの代表者」という肩書を持った者が送り込まれれば、他のレーマの貴族たちは勝手な行動は出来なくなる。自分の国の代表者をないがしろにするような出しゃばった真似など出来ようはずもないからだ。そして「レーマの代表者」の肩書を持った者に利益を独占するチャンスが与えられることになる。


 マメルクスはフーン…と低く言いながら摘まみ上げた手紙を盆へ戻した。


「レーマの正式な代表者を遣わす必要は認めるが、元老院セナートスは既にレムシウス・エブルヌス卿を送り込んでおるではないか。」


「レムシウス・エブルヌス卿は若い!

 彼では元老院セナートスの代表はまだ務まりません。」


 どこか呆れたように諭すマメルクスにフーススは主張を曲げない。ギュッと両手にこぶしを握って吠えるように訴えるが、マメルクスの反応は冷ややかだ。


「レムシウス・エブルヌス卿が若かろうが老いていようがどのみち既に降臨者様に謁見しておるであろう。

 そしておそらくレムシウス・エブルヌス卿は、元老院議員セナートルを代表して降臨者様に挨拶しておるだろうよ。

 それなのに二人目三人目と別の元老院議員セナートルが相次いで代表者を名乗って現れてみよ、降臨者様は誰が本当の元老院セナートスの代表者か分からず、お困りになるではないか?」


 フーススはマメルクスを睨んだままギュッと口元を結ぶ。たしかに、元老院議員が次から次へと現れて、自分が代表者だと名乗れば相手は混乱するだろう。そして元老院そのものの権威が失墜することになる。それを防ぐためにも正式な代表者を選出し、送り込まねばならないのだが、今の時点で既に一人の議員が代表として降臨者と会ってしまった以上、その報告を待たずに次の代表者を送り出すのは色々と問題が起きてしまう危険性をはらんでしまう。

 フーススの反応から勝利を確信したマメルクスは顔に浮かべていた笑みを消した。


「帝国を代表する使者の人選は余に任せるがよい。」


「レーマの代表者は元老院議員セナートルであるべきです!!」


 背後で動揺している重鎮たちとは違いフーススはあくまでも引き下がらない。


元老院セナートスが代表者を送りたいというのなら好きにするがよい。

 だがそれは、レムシウス・エブルヌス卿が戻ってからにすべきであろうな。」


「事は帝国内でおきました!

 帝国内のことは元老院セナートスの領分ですぞ!?」


 レーマの皇帝という身分は対外戦争を遂行するにあたって、軍や経済政策を一元化する必要性から暫定的に独裁権ディクタトゥラが与えられる独裁官ディクタトルという役職が、長く続いた大戦争の弊害で常態化してしまったものだ。このため、帝国外との戦争や外交は皇帝がつかさどるが、帝国内の内政についてはあくまでも元老院と元老院から選出された執政官をはじめとする二十人官ウィギンティウィリによって運営されることになっている。

 実際、国内問題についてはマメルクスは無力といって良いほどであり、自分自身の力というより、自分を担ごうとする支援者(主に領主貴族)を通じて間接的に影響力を行使できる程度である。そもそもマメルクスは元老院の同意無くしては帝都レーマから出ることすらままならないのだ。

 しかし、フーススのその主張も虚しいものでしかなかった。いや、言った本人も内心では無理があると思っていたのだろう。いわば虚勢である。そのつまらぬ虚勢をマメルクスは無慈悲に否定した。


「降臨は世界ヴァーチャリアの問題だ。

 大協約に従い、ムセイオンと協調して当たらねばならなん。

 啓展宗教諸国連合も関係してくることは避けられん。

 内政なわけは無かろう?」

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