第747話 サウマンディアからの報告

統一歴九十九年五月九日、午前 ‐ 『黄金宮ドムス・アウレア』/レーマ



 現サウマンディア属州領主ドミヌス・プロウィンキアエ・サウマンディイプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵……彼の属するウァレリウス氏族はレーマ帝国でもかなり大きな権勢を誇る名門貴族であった。現在のクレメンティウス朝レーマ帝国がおこる際に大きな功績のあった一門であり、それゆえにレーマ帝国の五十を超える属州のうち四つの領主をウァレリウス氏族が占めており、元老院セナートスの中にも多くの元老院議員セナートルを送り込んでいる。ウァレリウス氏族の影響下にある元老院議員も含めれば一大勢力を形成するほどの影響力を持っているといって良いだろう。執政官コンスルであるフースス・タウルス・アヴァロニクスの支持母体となっている守旧派を揺るがすほどではないが、無視して良い相手でもない。

 フーススをはじめとする守旧派は皇帝インペラートルの権限を弱め、元老院を中心に帝国を運営すべきだと考えている。レーマ帝国における皇帝という地位は、元々戦争に対応するための臨時職・独裁官ディクタトルが常態化してしまったものに過ぎないのだ。大戦争が終わって間もなく百年が経とうとしているのに、未だに皇帝が存在し続けているのは不当であり、皇帝の地位は廃されねばならない。各属州も領主によって統治されるのではなく、レーマ本国から派遣された総督レクトルによって運営されるのが、レーマ帝国の本来あるべき姿なのだ。守旧派はそのように考え、そのような状態に戻そうとしている。

 しかし、現状では大戦争は終わっても版図拡大のための対外戦争が継続しており、レーマ皇帝はその事業を統括し支援する必要があるとして存続し続けている。また、各領主も皇帝が廃されれば自分たちの地位が危ぶまれることから、守旧派の勢力が強まりすぎないよう、皇帝を支持し続けていた。特に各属州の属州領主ドミヌス・プロウィンキアエは、各属州は元老院に代表者を送り込むことができることを利用し、自らの代理人を属州の代表者として元老院に送り込んでいる。とは言っても、各領主たちは皇帝が力を持ちすぎても自分たちの地位が脅かされかねないため、皇帝を無条件に支持しているわけではない。フーススのような守旧派政治家が執政官に就いているのも、それなりの政治的駆け引きの一つの結果であった。

 ウァレリウス氏族はクレメンティウス朝レーマ皇帝を支援することで一挙に勢力を拡大した貴族であるため、当然ながら元老院ではレーマ皇帝を支持する傾向にある。特に帝国で最大の広さを誇るサウマンディア属州は実は産業の育成がうまく行っておらず、広大すぎる領地を維持するために野戦軍コミターテンセスで最大の戦力規模を誇る南部方面軍コミターテンセス・メリディオナリスの四割近い兵力を駐留させてもらっており、そこから少なからぬ資金を得ていた。もちろん、プブリウスはウァレリウス氏族の中でも最も強力に皇帝を支持している貴族である。


 そのプブリウスが同じ報告を送ってきている……となればもう、クレメンティウス朝レーマ皇帝マメルクス・インペラートル・カエサル・アウグストゥス・クレメンティウス・ミノール陛下としては信じないわけにはいくまい?


 一つの情報が内容そのものよりも、誰が発信したかが重要になるのは、それが政治的な影響力を持つ場合だけだ。一般生活において平民がただ純粋に知識を高めようとするとき、獲得した新しい情報は内容をこそ吟味すべきであり、誰によって発信されたかはあまり気にしない方が良い場合が多い。誰が発信したかを過度に意識することは時に有害ですらある。

 だが上級貴族パトリキの家に生まれ、幼いころから帝王学を叩き込まれ、政治家として生きて来たフーススにとってはあらゆる情報が政治的な意味と価値を持っていた。いや、本来「意味」というものは常に後天的なものである。何かが存在するとき、その存在は意味を持って生まれてくるのではなく、誰かによって意味を持たされるものなのだ。そして政治家とは、あらゆるモノに自分に都合の良い「意味」をつけることによって価値を作り出し、利用する種類の生き物だった。

 韜晦とうかいを続けて事態の把握のための時間を稼ごうとしているマメルクスに時間を与えず、百年ぶりの降臨という今般の事件対応への主導権を得たいフーススは、マメルクスの最大の支援者の一人であるプブリウスからの手紙の存在を、最大限利用しようとしていた。


「サウマンディアからの報告か……どれ、来ていたかな?

 ん、これか……」


 フーススに促されたマメルクスは玉座の隣に置かれた盆の上の書簡の束を漁り、やがて一通の手紙を見つけると自ら蝋封を切って読み始めた。フーススとフーススと共に来ていた帝国の重鎮たちはその様子を固唾を飲んで見守る。

 彼らの視線を意識してかどうかはわからないが、無表情のままで手紙を読み終えたマメルクスは両眉を持ち上げ、フムと何かに感心したようなそぶりを見せた。


「こちらの方がもう少し詳しいようだな。

 見れば日付もこちらが新しいようだ。」


 プブリウスからの手紙にはエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人とルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵が連名で書いた報告書に書かれていた内容とは別に、カエソー・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵公子と元老院議員でサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムアントニウス・レムシウス・エブルヌスに一個大隊コホルスを付けてアルトリウシアへ派遣したこと、そして神官スカエウァ・スパルタカシウス・プルケルを中心とする調査隊をアルビオンニウムへ派遣したところ、降臨が起きたとみられるケレース神殿テンプルム・ケレース『大水晶球』マグナ・クリスタルム・ピラが消滅し砂になっていたことが確認されたと書かれていた。


「サウマンディアはアルビオンニアよりも近うございますからな。

 その分、情報の質が良いのでしょう。」


 読み終えた手紙を右手でヒラヒラさせながら誰に言うともなく感想を述べたマメルクスに対し、求められてもいないのにフーススが答える。

 しかし、フーススが言ったことはまさにその通りで、アルトリウシアから出された手紙はサウマンディウムを経由してから届けられるため、サウマンディウムから発せられた手紙よりもどうしても遅くなる。エルネスティーネたちはリュウイチを収容した翌日の四月十一日に第一報を発していたが、プブリウスはアルビオンニウムへ派遣した調査隊の第一報を待って四月十三日に手紙を発している。そして両者の手紙は南レーマ大陸から北レーマ大陸へ渡る際に同じ船に乗せられ、同じ日にレーマに到着していた。


「どうやら、アルビオンニアで降臨が起きたことは間違いないようだ。

 そういえばメルクリウスが目撃されたとか報告も、サウマンディアから上がっておったな?」


「サウマンディウムで目撃されたメルクリウスがアルビオンニウムで降臨を起こしたということでしょう。

 どうやら、今回はだったようですな。」


 あくまでもポーカーフェイスをキープするマメルクスとは対照的に、フーススはそう言いながら渋面を作った。


 うまく対応できなかったことが悔しかったのか?


 相変わらず右手でヒラヒラさせている手紙の方へ顔を向けたまま、フーススの表情が変わるのを横目で見たマメルクスはその手紙を盆の上へ無造作に戻した。


「さて、ではこれをどうするかだ。

 できればもっと詳しく知りたいところだな。

 続報は届くだろうが、待ってもおれん。

 現地では余の返答を待っておる。

 ひとまずムセイオンに報告するとして、こちらからも誰かを送らねばなるまいな?」

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