第540話 形勢逆転

統一歴九十九年五月七日、晩 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



 一昨日のアルビオンニウムでの戦闘で、三つに分けられた盗賊団の中で唯一損害を最小限に抑えた実績をスモル・ソイボーイによって評価されたクレーエは、ブルグトアドルフでの伏撃ふくげきでも盗賊団の全体指揮を任されることとなった。とは言っても、やることはほぼ決められていてクレーエの自己裁量が及ぶ範囲はほとんどない。クレーエの自己裁量で出来るのは人員の割り振りと配置を微調整することと、作戦開始の合図をすることぐらいなものだった。


「レーマ軍の兵士らを目標の馬車から引きはがし、一定時間の間、混乱させさえすればそれでいい。

 作戦終了の合図はこちらでする。

 街の上空にでかい花火が上がったら、あとは好きに撤退してよい。」


 『勇者団ブレーブス』のスモル・ソイボーイ…あのファドよりも偉そうな小僧はクレーエにそう命じた。


 戦慣れしたレーマ軍相手にそううまく行くもんかよ。

 サウマンディア軍団レギオー・サウマンディアだってアルビオンニアにはちょくちょく援軍で来てるんだ。アルビオンニア軍団レギオー・アルビオンニアほどじゃないにしろ実戦経験はあるんだぜ?

 いくら待ち伏せて奇襲をかけたって、ド素人の盗賊が半分の人数で仕掛けて勝てるわけがねぇ…十分と持ちゃしねぇぜ。


 クレーエが吹き鳴らした笛を合図に始まった攻撃は最初の一~二分ほどはほぼ完璧にスモルの計画通りだったと言っていいだろう。だが、その後の推移はクレーエの予想通りとなった。


 鉄砲を持たされた盗賊二人一組で交互に銃撃をする。本職の軍団兵レギオナリウスには到底及ばないが、弾込めに慣れていない盗賊でもそれによって射撃のペースを上げることはできる。敵をなるべく長く混乱させるには射撃を継続する必要があり、盗賊たちに射撃を継続させるには数人一組にまとめて、一人が弾を込めている間に他の一人が射撃するという風にするしかない。

 だが、それはただでさえ少ない鉄砲を更に小分けすることになり、一度の射撃での弾数を大幅に減らさざるを得なくなってしまった。五十丁ほどしか無い銃でそれをやるのだから、一度の射撃で二十五丁…フリントロック式の銃は不発率が結構高いことを考えると、実際には一度の射撃で撃ち出される弾は二十発かそこらだろう。しかしブルグトアドルフに侵入してきたレーマ軍は兵士だけで百五十~六十はいる。レーマ軍が誰を守っているのか知らないが、馬車に乗っている貴族ノビリタス御供おともを含めれば総勢で二百を超えるのだ。


 二百を超える軍勢を相手に数十秒おきに二十発ずつ撃ち込んだとして、果たしてどれだけ効果があるものだろうか?レーマ軍は鉄砲玉を無効化する魔導の盾を装備しているというのに?


 目標は貴人の乗っている馬車周辺のレーマ軍兵士…相手がそれだけだったなら何とかなったかもしれない。あるいはせめてこちら側がレーマ軍と同じだけの頭数があれば…。

 実際、馬車を直接守っていた部隊には結構な被害を与えたはずだった。だが、それまでだった。少ない火力を攻撃目標である馬車の直掩ちょくえん部隊に集中した結果、半分以上のレーマ軍がまったくの手つかずになってしまったのだ。せめて投擲爆弾グラナータで牽制くらいできればよかったのだが、そっちへ爆弾を投擲するための人数が足らない。

 ブルグトアドルフでの待ち伏せに動員された盗賊たちは百人近い人数にもなったが、三分の一近くは後続のレーマ軍を遮断するための放火作業に割り振らねばならなかったのだ。(スモルの計画では十人ほどをその作業に充てることになっていたが、クレーエの見る限り全然足らなかったため独断で増員していた)。


 結果、攻撃目標である馬車の車列より前方を進んでいた百人隊ケントゥリアを完全にフリーにしてしまい、反撃を許してしまったのである。


「よしレルヒェ、ずらかるぜ!?」


 盗賊たちが投げた投擲爆弾が街道上で炸裂し、その煙で見えなくなったレーマ軍に対して二回目の射撃が行われると、それを屋根の上から見下ろしていたクレーエは隣にいた相棒に声をかけた。


「え!?もうかよ?

 まだ始まったばっかだぜ!?」


 自分の銃に弾を込めていたレルヒェは、作戦前に住民の居なくなった住居で見つけた干し肉をクチャクチャ噛みながら驚いた。


「バッカ、俺たちの仕事は地獄を開くトコまでだ。

 開いた地獄に自分が飲まれてたまるかよ。

 長居は無用だぜ!」


「いいのかよ!?

 作戦終了の合図は未だだぜ?」


「見ろ!レーマ軍だって間抜けじゃねぇ。

 早いとこ逃げねぇと、逃げ道塞がれちまうぜ?」


 クレーエが指差した先を見ると、先ほど隠れてやり過ごしたサウマンディア軍団の軽装歩兵隊ウェリテスが反撃すべく一斉に駆け戻って来ている。


「お前が律儀に命令守って名誉の戦死を遂げたいなら止めねぇが、俺は付き合う気はねぇよ。

 短ぇ付き合いだったな、ほんじゃあばよ」


 下のレーマ軍兵士に見つからないように身体を起こしたクレーエは、レルヒェの肩をポンと叩いてそう言うとレルヒェを置き去りにするように本当に移動しはじめた。


「まま、待ってくれよクレーエの旦那!

 俺たち“リベレ”だろ!?」


 レルヒェは慌てて弾を込めると、傍らに置いてあった投擲爆弾を引っ掴んでクレーエの後を追い、屋根の上を南へ走る。


 パパパパッパパッパッパパッパッパパパッパッ


 盗賊団たちの三度目の一斉射撃の音が鳴り響く…しかし、盗賊側からの統制の取れた一斉射撃はそれが最後だった。反撃してきたレーマ軍が、盗賊たちが隠れていそうな住居に次々と突入し始めると、悲鳴と怒号が急激に街にあふれ始めた。


「クレーエの旦那!

 他の奴らほっといていいのかよ!?」


 すぐ下で行われている戦闘を尻目に、屋根伝いに南へ逃げるクレーエにレルヒェは背後から呼びかけた。


「どうしろって言うんだ!?

 作戦終了の合図を出すのは俺の仕事じゃねぇ…第一、俺が命じなくったってもう『逃げろ』って悲鳴が飛び交ってるじゃねぇか。」


 クレーエの言う通り、レルヒェの耳にはレーマ兵の怒号と銃声に混じって盗賊たちの悲鳴が微かに届いている。今更クレーエが駆け戻ったところで、すっかり混乱してしまっている盗賊たちを統率して組織だった抵抗や逃亡ができるわけもない。捕まる奴、死ぬ奴は所詮それまでの奴だったというだけのことなのだ。

 二人は屋根の上を駆け続けた。そして街の南端が見え始めたところでクレーエは急に立ち止まる。


「うっ!?」


「なんだ、どうした旦那?…あっ!?」


「隠れろ!」


 街の南…第三中継基地スタティオ・テルティアへ通じるライムント街道上を松明たいまつを持った集団が急速に降りて来るのが見え、二人は屋根の上に慌てて伏せた。既に日は暮れて地面は暗くなっているが、満月を過ぎて二日しかたっていない夜空は十分に明るい。その明るい空を背景にすれば、屋根の上に立っている人間など遠くからでも浮き上がるように目立って見えてしまう。


「なんだ、アイツ等!?」


 屋根に這いつくばったまま頭だけを起こして真っ暗な街道を駆け降って来る松明の行列を観察する。


「暗くて見えねえが、結構な数だぜ?」


「ああ、三百はいるだろうな…」


 正体は分からないが、少なくとも味方なわけはない。おそらくレーマ軍だろう。『勇者団』も把握してなかった敵の援軍が駆け付けた…そう見るべきだ。


「どうする、旦那?」


「どうするも何もねぇよ、

 逃げる以外にどうしろって言うんだ?」


「そうじゃねぇよ!

 俺だってさすがに戦おうなんて思わねぇ。

 どう逃げるかってことさ!」


 二人は当初から南の森へ逃げるつもりでいた。街の東西は牧草地や畑で隠れる物がろくにない平地が広がっている。西はその先に川があって川までたどり着ければ街からは見えなくなるが、そこにたどり着く前に見つかってしまう可能性が高い。北はレーマ軍の後続部隊とブルグトアドルフの住民たちが残っているし、南の森へ駆けこむのが一番安全なのだ。だが、その南から敵が来ている。このまま南側へ街から飛び出せば見つかってしまう危険があった。


「クソっ、しょうがねぇ…いったん下へ降りるぜ?」


「おう…」


 二人は屋根から街道とは反対側へ降りた。ブルグトアドルフの上空に突如、巨大な花火が上がったのはその時だった。

 彼ら二人は幸運だったと言える。何故なら彼らが屋根を降りて一分と経たないうちに、彼らがいた屋根の上に『勇者団』のスワッグ・リーが現れたからだ。もし、彼らがそのまま屋根に残っていたら間違いなくスワッグに見つかっていただろう。そして逃亡の罪でその場で処刑されてしまっていたに違いない。

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