第541話 作戦終了!?
統一歴九十九年五月七日、夕 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム
まだ赤味を残した空には既に月や星が輝き始めている。その空を映した川面はキラキラと輝いて、背景の夕闇に黒く沈んだ風景から浮き上がるようだ。が、その輝きを遮るように、四人の真っ黒な人影が立ちはだかっている。
いや、それは人の形をしてはいるが人間ではない。ゴロゴロと河原に転がっていた石が集まり、人の形を成した人形…ストーン・ゴーレムだった。それが四体、彼ら『
「まさか、向こうから仕掛けてくるなんて!」
「クソッ、やっぱりバレてたのか!?」
ペトミー・フーマンは横たわったままわずかに上体を起こし、怯えた表情で後ずさる。スタフ・ヌーブは動けないペトミーを守るべく、ペトミーの方へ駆け寄って立ちはだかるように槍を両手に構える。
スモル・ソイボーイは剣を抜き、盾を構えなおすと引きつった笑みを浮かべた。
「いや、《
向こうから来てくれたんならこっちから出ていく手間が省けたってもんだぜ!」
「待て、お前ら!」
強がりを口にし、今にもタウンティング(敵の注意を引き付ける
「何だ、何か考えがあるのか?」
「ああ…任せてくれ。」
ゴーレムを見たまま
「ア、《
我々に戦いの意思はない!」
「「ティフ!?」」
「!?」
ティフの口から出た言葉は彼らにとって意外なものだった。彼らは今の今まで《地の精霊》に戦いを挑み、その注意をどれだけ引きつけることが出来るかとだけ考えていたからだ。
「ル、ルクレティア・スパルタカシアから話し合いたいという申し出を受けた!
こちらには、話し合いに応じる用意がある!!」
ゴッ、ゴッと石と石がぶつかりあう重々しい足音を立てながら、ゴーレムはティフの言葉を無視するかのようにゆっくりと前進し続ける。
呼びかけなんて無駄なんじゃないか?こいつらはただのゴーレムで、《地の精霊》はこの場にいないんじゃないのか?…そう、不安を覚えた頃、『勇者団』の四人の頭に声が響いてきた。
『話し合いとは、武器で行うものか?
既に、戦は始まっておるぞ!』
「「おおっ!?」」
精霊からの念話を初めて聞いたスモルとスタフは思わず声を漏らし、驚いた。
居た!…やはり、《地の精霊》はアルビオーネと同じ、会話ができる
「それについては、済まない!こちらの手違いだ。
連絡が遅れたせいで、部下が勝手に兵を動かしてしまったんだ。
ボクの意思じゃない!
兵は退かせる!…話し合いに応じてくれるなら、すぐにでも!!」
四体のゴーレムは歩みを止め、襲い掛かろうと持ち上げていた両腕をゆっくりと下げた。
「ティフ!…どういうつもりだ!?
メークミーはまだ「いいから!…ここは任せてくれ!」…」
スモルがティフに小声で抗議すると、ティフはスモルの前に立ちはだかるように身体を横にずらし、スモルの声を鋭く遮った。ゴーレムが戦闘態勢を解いたことで安心したティフは、おそらく念話を発しているであろうゴーレムの方を向き直り、愛想笑いを浮かべた。
「感謝する、《地の精霊》よ。
兵は退かせる。」
『安心せよ。
ティフが言うか言い終わらないうちに《地の精霊》が不穏な一言を言ったかと思うと次の瞬間、地面から飛び出て来た
「え!?」
「「あ!?」」
「なっ!?」
身体に巻きついた荊からは無数の
「痛っ!」
「クソッ!う…動けねぇ!?」
『
ジッとしておれ、無理に動こうとするとダメージを負うぞ?』
「どういうつもりだよ!これはよ!?」
「何故だ!話し合いに応じてくれるんじゃなかったのか!?」
捕まってしまった!?
まさかこのままレーマ軍に捕らえられてしまうのか!?
予想外の事態にスモルとティフは動揺を隠せない。むしろ、最初から身動きの取れなかったペトミーや、様子見に徹していたスタフの方が落ち着いているようだ。
『今宵、其方らが暴れんように抑えてくれと頼まれてな。
他意はない。安心するがよい。』
「クソっ!…何が!!…ふざけんな!!」
フル・プレート・アーマーを着ているため最も拘束力が弱くなっているスモルは興奮し、わめき、あがいた。顔や首に棘で傷が出来るが、それもむしろスモルを却って興奮させる原因になってしまっている。
興奮し自らダメージを負っていくスモルの様子は却って他の三人を落ち着かせる結果になった。一時は動揺していたティフも冷静さを取り戻し、スモルを落ち着かせようと呼びかける。
「落ち着け!落ち着けスモル!!」
「落ち着けだと!?ふざけるなっ!!こんなっ、こんなのっ!!」
「いいから!…大丈夫だから落ち着けって!
《地の精霊》よ!
先ほども言ったが我々に戦いの意思はもうない!
ルクレティア・スパルタカシアに危害は加えないと約束する。
だから、どうかこの
ティフは呼びかけを無視してもがき続けるスモルに見切りをつけ、正面のゴーレムに向かって再び話しかける。だが、ゴーレムは微動だにせず、念話も全く発しなかった。《地の精霊》に対してわずかに芽生えた苛立ちを抑え、背後でもがき続けるスモルを無視してティフは続ける。
「わ、我々が信用できないというのなら…仕方ない。
だが、ペトミーは…あそこで横たわっている奴は許してやってほしい。
彼は魔力欠乏で動けないんだ。わざわざ魔法で、不安と恐怖と苦痛を与える必要は、無いはずだ!」
やや切羽詰まったような口調でティフがそう言っても、ゴーレムはまるでそこに置かれた彫像のように動かない。
話し合いをするっていうのは嘘なのか!?
ティフの中で不安と怒りが渦巻き始め、思わずゴーレムをギュッと
「お、ああ…」
拘束を解かれたペトミーが安堵の声を漏らしたことでそのことに気付いたティフは急速に冷静さを取り戻し、何度か深呼吸をしてから《地の精霊》に礼を言う。
「か、感謝します。」
「感謝だと!?ふざけるな!!」
鎧をガチャガチャ言わせてもがき続けていたスモルが背後から罵声を浴びせた。
「話し合うんならこんなの解けよ!!
レーマ人は礼儀を知らないのか!?
人を縛って話し合うとか、ふざけるのも大概にしろ!!」
ティフからすればこれから《地の精霊》と話をしようという時にこうも邪魔されたのではたまらない。《地の精霊》は間違いなく彼らより数段優れた実力を誇っており、おそらく本気を出されればアルビオーネに戦いを挑んた時と同様、手も足も出ずに一方的にやられてしまうに決まっている。
アルビオーネに実力差を見せつけられ、精霊という存在に対する認識を改めたティフはスモルの暴言によって《地の精霊》の機嫌を損ねることを恐れたのだ。
「よせスモル!落ち着け!!」
「落ち着けだと!?
これが落ち着いて…」
その時、ブルグトアドルフの方から強烈な光が発せられ、やや遅れて腹にズシリと届くような大音響が鳴り響いた。
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