第539話 ランツクネヒト来襲

統一歴九十九年五月七日、夕 - ブルグトアドルフの森/アルビオンニウム



 ブルグトアドルフから南へ進むと第三中継基地サード・ステーションブルグトアドルフ宿駅マンション・ブルグトアドルフのある丘の頂上へ続く坂道が伸びている。その両脇は昔は何もない平坦な法面のりめんだったが、今ではすっかりと樹々の生い茂る森林と化してしまっていた。

 その森林の中から『勇者団ブレーブス』のエドワード・スワッグ・リー、アーノルド・ナイス・ジェーク、フィリップ・エイー・ルメオの三人は固唾かたずを飲んでブルグトアドルフの街の様子を見守っていた。


 スモル・ソイボーイの立てた作戦ではジョージ・メークミー・サンドウィッチを乗せた馬車がブルグトアドルフの街中で盗賊団による襲撃を受け、唯一の逃げ道であるライムント街道をそのまま突っ走ってくることになっている。それを捕まえ、中からメークミーを救出する。もしも襲撃を受けても馬車が逃げ出してこなかったら、その時はナイスの支援を受けながらスワッグがブルグトアドルフに突入し、メークミーを救出する手はずになっている。

 だが、彼らのいる位置からはブルグトアドルフでの戦闘の様子はさっぱり見えなかった。


 銃声や爆発音は聞こえているから戦闘が始まったことは間違いない。見れば街中から湧きあがったモヤのような硝煙しょうえん松明たいまつの灯りに照らされてオレンジ色に光って見えるし、その向こう側の街の北側ではどうやら火災も起きているようだ。しかし、戦闘の様子がどうなっているかはさっぱり見えない。

 ライムント街道は南からブルグトアドルフの街に入って少し進むと東へ折れ曲がっており、彼らのいる位置からはそのカーブのところまでしか見えないのだが、戦闘はカーブの更に先で起こっているのだ。

 じゃあ何で三人はそんな位置に陣取っているのか?もう少し街に近い、出来れば街の南外れで待っていた方が良いんじゃないのか?…そういう疑問は三人も思わなかったわけではない。にもかかわらず彼らがここまで離れた場所に陣取っているのは当然、作戦上の理由があってのことだ。


 もし、都合よく事態が推移すればメークミーの乗せられた馬車は暴走して街道を駆け抜けてくるはずで、彼らはそれを捕まえて中からメークミーを助けださねばならない。しかし、馬車を強制的に止めて助け出すにしても、それがあまりにもレーマ軍に近い場所だと銃撃等で妨害されてしまう危険性がある。だからレーマ軍の銃撃が届かない程度には街から離れていた方がよい。


 また、馬車が暴走してくるにしても、馬車が暴走してこずにスワッグが突入して救出することになったにしても、いずれにせよメークミーを連れて逃げ出さねばならないことには変わりがない。もしかしたらメークミーは衰弱したままで満足に動けないかもしれないし、何らかの方法で身体を拘束されているかもしれないのだ。最悪の場合、メークミーを抱えて逃げなければならないかもしれないことを想定したうえで脱出経路を考えると森の中を突っ切るのが最も都合がよい。

 既に日は暮れて、街道上やブルグトアドルフ周辺の農地は月明かりがあるものの森の中は真っ暗だ。レーマ軍は銃撃したくてもただでさえ木々が邪魔で射界も視界も確保できないのに、こうまで暗いとなると満足に戦う事も出来ない。魔力で身体能力を強化できる『勇者団』と違い、森の中ではレーマ軍は追撃したくても追撃のしようがないだろう。

 そういうわけで、彼ら三人はブルグトアドルフの街から離れた森の中に陣取っていたのだった。ここからなら森の中を通って脱出する安全なルートも確保できている。


「フンッ…やっぱり馬車は逃げてこないな、そう都合よくはいかないか。

 しょうがない、行って来るか!」


 残念そうな言葉とは裏腹に嬉しそうな口調で言うと、スワッグは立ち上がった。


「ここからじゃ現場の様子は見えないな。

 どうする、俺も途中まで行こうか?」


「いや、お前はここにいてくれ。」


 弓で支援することになっているナイスが一歩踏み出して言うと、スワッグは首だけで振り返り、フッと小さく笑いながらそう答えた。

 近距離の肉弾戦に特化した格闘系戦士であるスワッグは、敵の懐に飛び込まなければ戦えない。飛び道具が当たり前のこの世界ヴァーチャリアで敵の懐に飛び込んで戦うため、スワッグは敵の気配を察知する索敵能力と気配を消して行動する隠形術おんぎょうじゅつを高度に練り上げている。敵中に忍び込む実力はファドにも匹敵するだろう。最早その実態は格闘家というより暗殺者か、あるいは忍者に近いかもしれない。そのスワッグからするとアーチャーのナイスを連れて敵中に飛び込むのは足手まといなのだろう。

 だがナイスはアーチャーではあるが同時にレンジャーでもあった。こと山や森の中であれば気配を消して動いたり、獲物を探し追跡する能力には絶対の自信を持っている。ナイスは自分のレンジャーとしての能力をスワッグにバカにされた様な気がしてムッとした。


「おいおい、そう気を悪くするなよ。

 別に邪魔だって言ってるわけじゃないぜ?

 メークミーを助けたらどうせここまでは走って逃げて来るんだ。

 こんな開けた街道を走ってきたら夜中でも格好の的になっちまう。

 だから後ろからレーマ軍に撃たれないよう、ここから弓で援護してくれ。」


 ナイスの表情が険しくなった理由に気付いたスワッグは慌てておどけた様子で弁解した。スワッグの説明を聞いて黙って数秒考えたナイスは、言われてみればその通りだと納得したのかフーッと長い溜息をつき、への字に曲げていた口を緩めた。


「なるほど…わかった。」


「頼むぜ?

 じゃあ、行って来る!」


 スワッグはナイスの様子に安心したのか、再びフッと笑うと手をかざしながら軽く挨拶して駆けだして行った。


「無理するなよ。」

「必ず帰ってきてくれよ!?」


 ナイスとエイーの小さな声援を背中に受け、スワッグは街道に沿うように森の中を音もたてずに駆けていく。その実力はナイスも認めざるを得ない。


「大丈夫かなぁ…」


 既に見えなくなったスワッグの後ろ姿に向けて心配そうにエイーが小さくこぼすと、ナイスは期待していた出番をされてしまった不満からか、ややつっけんどんに答えた。


「スワッグなら平気だろ」


「スワッグの実力を疑うわけじゃないさ。」


「じゃあ何だよ?」


「いやぁ…なんかここんとこずっと負け続けてるからさ…」


 ナイスは肩の力を落としてハーッと息を吐くと身を隠していた木に寄り掛かった。


「そういうの、が付くから気にしすぎない方が良いぞ。」


「負け癖?」


「あんまり無駄に思い悩んでると、次の勝機を見逃がして勝てなくなっちまうんだ。それでどんどん負けが重なって行く。」


「ふーん」


「明らかにハッキリとした理由があって負けたって言うんなら直さなきゃだけどさ。そうじゃないなら考えすぎない方がいいんだよ。」


「そういうもんなのかな?」


「そうさ。勝ち負けなんて所詮は時の運なんだ。

 狩りだってさ、どんなに実力があったって獲物が見つからなきゃどうしようもない。獲物が見つかるかどうか、どんな獲物が見つかるかなんて、ほとんど運次第だしな。獲物が無い日はどんなに頑張ったって無い…んっ!?」


 手に握っていた愛弓を見つめながら語っていたナイスはふと異変に気づいて話を中断し視線をブルグトアドルフとは逆の南へ向ける。森の中は既に真っ暗だが、街道上はまだほの明るい。


「何?」

「シッ!!」


 何も気づいていなかったエイーが尋ねるのをナイスは黙らせ、息を殺した。二人が木々の影に身を隠し、息をひそめて様子をうかがっていると、それは次第に近づいてきた。ガッガッガッガッと、小さく硬い物がたくさん一斉に、そしてリズミカルに石畳の路面を叩く音を響かせ、高らかに歌を歌いながらそいつらはライムント街道を北上してきた。


「な、何だアイツ等!?」

道化師クラウンか!?」


 驚く二人に気付くことなく坂道を下って来る松明たいまつを掲げた集団はまさに道化師のような恰好をしている。夜目にも鮮やかな赤や黄色やオレンジといった明るい原色と黒や青といった暗い色の布をパッチワークでチグハグに組み合わせた奇妙奇天烈キテレツな衣装で頭の先から足先まで着飾った姿は道化師以外の何物にも見えない。中にはフワフワの襞襟ひだえりをしている者や、股間から巨大な男性器を模した股袋コッドピースをブラブラさせている者もいた。

 しかし、道化師にしか見えないようなド派手な格好をしながらも、決して道化師などではない事も示していた。道化師なら白く塗るであろう顔は全員が真っ黒であり、闇夜に目と唇だけが浮かび上がって見える。そして彼らは松明と共に武器を掲げ、腰に剣を下げ、全員が完全武装していたのだ。


「レ…レーマ軍だ、レーマ軍の大部隊だぞ?!

 クソ!作戦中止だ、作戦中止の合図を出さなきゃ!!」


「レーマ軍!?あれが?だって…格好が違うよ!?」


 集団の正体に気付いたナイスがこぼした言葉にエイーが驚くと、ナイスは弓につがえた矢に魔法を込め、苛立ちながら説明する。


「分からないのか?

 アイツ等は、ランツクネヒトだ!」

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