第538話 奇襲!!

統一歴九十九年五月七日、夕 - シュバルツァー川ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 パ、ポパパパパパパ、ポパ、パ、ポパパ、パ…


 数百メートル離れた、しかも街中での銃声は高周波数成分が減衰し、低い周波数帯のみが伝わるため、少し気の抜けたような音になって聞こえる。聞きなれない者にとってはそれが何の音か気づきにくいかもしれない。だが、それが鳴ると事前に知っていた者たちにとっては、その音の意味も原因も自明のことであった。


「始まったな…」


 空から反響して耳に届く銃声にスモル・ソイボーイは苛立ちにこわばっていた顔に満足気な笑みを浮かべた。首をひねり、音の響いてくる方へ耳を向けていたスモルはそのまま視線だけをティフ・ブルーボールへ向ける。


「何があったか知らないが、始まってしまった以上もう遅い。

 分かるよな?」


 ティフはやや沈痛な面持ちでゴクリと唾を飲んだ。


 これが千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだということはティフにも良くわかっている。レーマ軍は捕えたメークミー・サンドウィッチをサウマンディウムへ船で送るかのように偽装し、『勇者団ブレーブス』の裏をかいてアルトリウシアへ向かおうとしている。だから、レーマ軍は自分たちが襲撃されるとは予想していないはずだ。おまけに護衛の兵力は四百を下回っていて、アルビオンニウムに半分以上の兵力を残したままになっている。そして移動中だから防衛体制も弱体化しているはずだ。

 つまり、『勇者団』の裏をかこうとするレーマ軍の更に裏をかくことになる。おそらくメークミーを力づくで救出するとしたら、この作戦以上の好機はもう二度とないだろう。


 だが、この作戦は失敗する…ティフにはそれが分かっていた。ただでさえ自分たちが束になってかかっても勝てそうにない《地の精霊アース・エレメンタル》がいる。まあ、そいつ一体だけなら作戦次第でどうにかなるだろう。問題は正体不明の、更に強力な敵が背後にまだ隠れているということだ。


 アルビオーネが言っていた「御方おかた」とかいう存在…あの《地の精霊》やアルビオーネを上回るであろう黒幕が何者で、いったいどう絡んで来ているのか、そして何ができて何ができないのか…それが分からない限りどんな作戦も勝算は無いだろう。だからティフはスモルが独断で決行しようとしているこの作戦を止めに来たのだ。

 だが間に合わなかった。スモルも理解してくれなかった。スモルを説得するだけの時間が無かった。もう止めることはできない。ならば、せめてこちらの損害をなるべく極限しなければ…。


「俺たちが行動しなきゃ、スワッグが一人であの中に突っ込むことになってしまう。メークミーを助けるどころか、スワッグが逆に捕まりかねない。」


 ティフはコクリと頷き、腰に下げた舶刀カットラスの柄に手をかける。


「分かってる。《地の精霊》の注意をこっちに引き付けるんだろう?」


「ああ、分かってくれてよかったよ。

 勝手に作戦を始めちまった事、恨まないでくれよ?」


「恨まないさ。俺は不在だったんだし、俺が居ない時はお前が俺の代わりをするのは当然だ。それに、俺がお前の立場でも同じ作戦を立てただろうさ。」


 ティフは言葉と裏腹に残念そうな表情を浮かべてそう言うと、スモルはティフの肩を優しくポンポンと叩いた。


「大丈夫さ。スワッグは素早い。スワッグがメークミーを助けるまで、そんなに時間はかからんさ。

 ほんの数分…それだけ時間を稼ぎさえすればいいんだ。」


 スモルが慰めるように言うと、ティフは今更ながら作戦について訊き忘れていた事柄があることに気付いた。


「スワッグが救出成功したら、何か合図があるのか?」


 彼らの仕事はスワッグがメークミーを救出するまで、《地の精霊》を引き付けて時間を稼ぐことだ。だが、あの強力過ぎる精霊エレメンタルが相手では、あまり長時間は彼らでももたない。逆に自分たちが捕まってしまうだろう。

 スモルはティフがやる気を出してくれたらしいことに安心したのか、表情をことさら明るくして答えた。


「ナイスが南の森に潜んでいる。

 スワッグを弓で援護するのが仕事だが、救出に成功したら花火を打ち上げて合図してくれる予定だ。」


「分かった。」


 ティフの返事を聞いたスモルは満足し、もう一つの懸念材料に顔を向けた。


「だけど、ペトミーはあそこに置いておくしかないな。」


 ペトミー・フーマンはティフをここに運んで来るために魔力を使い果たしてしまい、魔力欠乏によって草地に身体を横たえていた。とてもではないが戦える状態ではない。

 ティフはペトミーの様子を確認すると、小さくため息をついた。


「見つからないように俺の指輪を貸しておこう。

 既に俺たちが気づかれてるとしたら、今更無駄かもしれないが…」


「そうしてくれ。」


 二人はペトミーの方へ向かって歩いた。歩きながらティフはグローブを外し、自分の指に嵌った『魔力隠しの指輪』リング・オブ・コンスィール・マジックを抜き取る。


「ペトミー、悪いがひと暴れしてこなきゃいけなくなった。」


 ペトミーのすぐ横に片膝をつくようにしゃがみ込みながらティフが言うと、ペトミーは仰向けになったまま額に乗せていた腕をずらしてティフの顔を見上げる。


「ああ、悪いが俺…」


「大丈夫だ。悪いがコレ嵌めてここで待っててくれ。」


 申し訳なさそうに謝るペトミーにティフは微笑みながら指輪を渡す。


「ああ、分かった。

 気を付けてくれよ?」


「任せてくれ。」

「帰りは俺の馬に乗せてやるよ。」

「必ず戻ってまいります。」


 指輪を受け取ったペトミーに、ティフとスモルとスタフ・ヌーブは意気揚々といった様子で相次いで挨拶をし、立ち上がった。


「じゃあ行くか!」

「「おうっ!」」


 ハーフエルフのアサシン、ティフ・ブルーボール…ハーフエルフの聖騎士、スモル・ソイボーイ…ヒトの戦士、ルイ・スタフ・ヌーブ…前衛武器攻撃職ばかり三人という、冒険者チームとしてはかなりアンバランスな編成ではあった。しかし、この三人は前衛武器攻撃職の冒険者としては現在世界でもトップレベルの実力の持ち主たちである。(最も、今現在ヴァーチャリア世界には彼ら以外に「冒険者」を専業としている者は存在しないのだが…。)

 ルクレティア・スパルタカシアの馬車に襲い掛かると見せかけて《地の精霊》の注意を引きつけ、時間を稼いで逃げる…それだけなら、一昨夜のゴーレムとの戦闘を考えればやってやれなくはない筈である。


 三人はペトミーが休んでいるところから離れ、行動を開始すべく土手へ向かった。作戦は既に始まっており、盗賊たちは既に戦闘状態に入っているのだ。もしかしたらエドワード・スワッグ・リーも敵のど真ん中に突入しているかもしれない。既に一刻を争う状況なのだ。

 彼らは土手を登り始めた。土手を越えれば街道まで平坦な牧草地が続いている。ルクレティアの馬車まで一直線で行けるはずだ。

 しかし、彼らはルクレティアの馬車目掛けて突撃するどころか、土手を登りきることさえ無かった。


 土手を登り始めるのとほぼ時を同じくして、背後でゴロゴロと石が転がる音がし始めたのだ。それに気づいて振り返った時、そこにはさっきまでいなかったはずの人影に三人は驚き、そして呻いた。


「ゴ、ゴーレム!?」

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