ブルグトアドルフの戦い・・・勃発

第537話 虎口

統一歴九十九年五月七日、夕 - ブルグトアドルフ/アルビオンニウム



 ブルグトアドルフの街の造りはライムント街道を挟んで両脇に商店が立ち並ぶ典型的な宿場町そのものだ。ライムント街道はレーマ軍の規格に準じて建設された軍用道路ウィア・ミリタリスであり、完全武装した重装歩兵ホプロマクスが八列縦隊で行進できるだけの広さがある。ブルグトアドルフの街中では軍隊が行軍中でも人の行き来に問題が無いように、その外側に更に幅一ピルム(約一・九メートル)の歩道があり、更に外側に商家が軒を連ねている。ただし、それらの建物は住民たちが全員避難してしまったため、現在ではすべて空き家だ。

 ライムント街道はブルグトアドルフの街中で二回ほど屈曲しており、街の外からはもう一方の側の様子はもちろん、街の中央付近の様子を見通すことも出来ない。


 空は未だ燃えるような赤に染まっているが、赤黒い夕闇に染まってしまった無人のブルグトアドルフの街を、サウマンディア軍団レギオー・サウマンディア軽装歩兵隊ウェリテス二個百人隊ケントゥリアに守られながらサウマンディア伯爵公子カエソー・ウァレリウス・サウマンディウスとジョージ・メークミー・サンドウィッチを乗せた馬車が進んでいく。


 護衛の百人隊長ケントゥリオたちは部下たちに武装を点検させたうえ、短小銃マスケトーナには弾を込めさせて警戒態勢を取らせていた。先ほど、後方のルクレティアたちが精霊エレメンタルからの神託を受けたという報告により、ひょっとしてこの先に何かあるのではないかと警戒したためだった。

 ルクレティアたちがアルビオンニウムへ来て以来、彼らは精霊の加護に助けられてきた。敵の位置を事前に教えてもらい、敵の作戦を予想し、先手を打つことができていた。その上、負傷者は彼らに精霊の加護をもたらした聖女サクラルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアによる治癒魔法によって救われていた。


 そのルクレティアに精霊が御遣みつかいを使わしてまで何かを報せた…ならば、再び『勇者団ブレーブス』が襲い掛かろうとしているのではないか?


 彼らはそう考えたのだった。残念ながら道を急ぐカエソーの判断によって神託の内容を確認することはできなかったが、もしもこれから先に罠が待ち構えているのだとしたら、せめて反撃できるようにせねばならない。

 そして、彼らのそうした考えは、功を奏することとなる。


 ピィィィィーーーーーーーッ!!!!


 隊列がブルグトアドルフの街に入り、最初のカーブを曲がり切ったところでどこからともなく甲高い笛の音が鳴り響いた。それは彼らが一昨日の夜、アルビオンニウムの廃墟で幾度となく聞いた、盗賊たちが攻撃を開始する合図の笛だった。


密集隊形テストゥッド!!」


「テストゥーッド!!」「テストゥーッド!!」


 百人隊長が咄嗟に号令し、下士官セスクィプリカーリウスたちが復唱する。馬車を囲んでいた軍団兵レギオナリウス天秤棒フルカくくりつけて担いでいた個人用荷物サルキナ松明たいまつを道端へ一斉に投げ出すと、馬車を守るべく一斉に馬車へ殺到した。驚いた馬がいななき暴れようとするのを近くにいた百人隊長がくつわを掴んで抑えつける。


「馬を抑えろ!!」

「閣下を守れ!!」

「テストゥーッド!!」「テストゥーッド!!」


 軍団兵が馬車を中心にくらまんじゅうでもするように背中を馬車や馬に預け、全方位に向けて円盾パルマを構える。

 そうしている間にも周囲の空き家の窓や扉が一斉にバンバンと勢いよく開かれ、中から数十もの銃口が突き出された。


 パッパパパパパパパッパパッパッパパパッパッ


 ブルグトアドルフの家々から突き出され二十を超える銃口が一斉に火を噴き、彼らに容赦なく銃弾の雨を浴びせかけた。


 レーマ軍が装備してる盾は銃弾や砲弾といった、自分の方に向かって飛んで来る物を減速させる効果を持った魔道具マジック・アイテムだ。取っ手を握っている使用者から有無を言わさずに魔力を奪い取って自動的に効果を発揮し、大砲の弾であっても防ぐことができるという噂もある。

 軽装歩兵が装備している円盾は重装歩兵ホプロマクスが装備している大楯スクトゥムと正面から飛んで来る銃弾を減速させる効果自体は同じとされていた。だが、機動力を要求される軽装歩兵用に小型化された円盾は重装歩兵用の大楯に比べて面積が小さい分だけ効果範囲が狭い。また、効果は同じとは言っても距離が近すぎれば減速が間に合わず、銃弾は殺傷力を保ったまま着弾することになる。

 このため、一個百人隊の軽装歩兵八十人が装備する四十枚の円盾では、全方位からの銃撃を守りきることはできなかった。


 軍団兵が鎖帷子ロリカ・ハマタの下に着ている鎧下イァックは麻布を二十七枚重ね、間に適度に綿を詰め込んだジャケットである。それだけでも刀剣による斬撃ざんげきには十分な防御力があり、散弾ならばかなりの割合で防げる程度の防弾性能を誇っている。

 しかし、盗賊団が放ったのは散弾ではなく、一丸弾だった。彼らは散弾など持ってなかったからだ。円盾の魔法効果である程度減速したとはいえ、威力の高い一丸弾はレーマ軍の誇る鎖帷子も鎧下をも貫き、兵士たちの体内に食い込んでいく。そして銃弾を浴びた軍団兵の何人かは呻き声を漏らしながら崩れ落ちた。


 盗賊たちは馬車に救出すべき要人が乗せられていることを知らされていたため、あえて馬車は狙わないようにはしていたが、彼らの攻撃目標である軍団兵が馬車に殺到してしまったために何発かが馬車のキャビンにも命中してしまう。そして突然周囲の人間に押し寄せられ、更に銃声に驚いた馬車馬はパニックを起こし、嘶き逃げようと暴れ出す。


「閣下を守れーーっ!!」

「馬を抑えろ!!」

「御者がやられた!!」

「盾を拾え!代わりに構えろ!!」


 バンッ!!バババンッ!バンッババンッ!!


 笛の合図を受けて投げられていた十二発の投擲爆弾グラナータが馬車と馬車を守る軍団兵たちの周囲で立て続けに爆発し、破片と煙を盛大にまき散らす。これによって一番外側で盾を構えていた軍団兵と暴れる馬を抑えるために取りついていた下士官たちの半数が傷つき、倒れる。


「馬を!馬を抑えろ!!誰か手を貸せ!!」

「倒れた奴の盾を拾え!壁になれ!!」

「テストゥーッド!!」「テストゥーッド!!」


 百人隊長が、百人隊副長オプティオが、そして生き残っていた十人隊長デクリオが兵士らに叫ぶ。だが、間近で爆発した投擲爆弾の爆音によって彼ら自身はもちろん、軍団兵たちも耳をやられていた。既に誰も音が聞こえていない状態だった。それでも、自分の目の前の盾持ちパルマトゥスが倒れた事に気付いた兵士が自発的に倒れた兵士から円盾を奪い取って構える。


 パパパパッパパッパッパパッパッパパパッパッ


 突然の銃撃に損害を出し、硝煙に視界を完全に塞がれ、爆音に聴覚を奪われながらも軍団兵は懸命に馬車を守る。そこへ更なる銃撃が加えられた…どうやら盗賊団は二~三人一組で交互につるべ撃ちにすることを知っていたようだ。彼らに立ち直りの時間などやるものかとばかりに畳みかけにかかってくる。


 そうしている間にも彼らの後方…ブルグトアドルフの北口では路地裏に隠れていた盗賊たちが油とを満載した荷車を引き出し、道路を塞ぐように置いてバリケードを築くと、バリケードと周囲の住居に次々と火を放ち始める。

 これによりレーマ軍は街の外と内で分断され、罠は口を閉ざしたのだった。

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