第591話 捕獲情報
統一歴九十九年五月六日、午前 -
バルビヌス・カルウィヌスは
しかし、
テーブルに広げられた地図からパッと顔を上げて疑問を呈したバルビヌスにゴティクスは軽く会釈して答えた。
「その通り、神殿の北側は崖です。」
「ですが、その崖から攻撃してきたのですか?
あそこは少人数ならともかく、部隊が行動するのは…」
「ご指摘の通り、部隊が行動するのは無理でしょう。
崖から攻撃してきたのは少人数の精鋭部隊です。」
バルビヌスは一度前のめり気味に伸びあがった上体をゆっくりと戻し、視線を地図へ向けなおす。
「うう~む…只者ではないようですな。
素人の盗賊でこれだけの作戦を指揮し、自らはそれらから一番離れた神殿北から通行困難な崖をよじ登って攻めて来るとは…」
自分に同じことが出来るかと問われれば、答える前に笑うだろう。その質問自体が冗談としか思えない…そういう類の作戦だ。
もしも途中で崖上の守備兵に気付かれれば、上から攻撃を受けてしまうだろう。そんなところから攻撃すること自体が自殺行為としか思えない。反対側へ敵を誘引する陽動作戦に絶対の自信を持ち、なおかつ崖上の守備兵に気付かれたとしても対応できる目途が無ければ絶対にできない作戦だ。
ゴティクスは上座のアルトリウスとエルネスティーネの方を一度見、視線だけで了承を得てから咳払いした。
「オホン…はい、その通り敵は只者ではありません。
ムセイオンを脱走してきた、ハーフエルフたちだそうです。」
「何ですと!?」
「ハーフエルフ!?」
「いったい何を根拠に!?」
「間違いないのですか!?」
アルトリウシア軍団の幕僚と上座の二人の領主…アルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子とエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人以外の全員が驚き、どよめいた。アルトリウスとエルネスティーネ、そして幕僚たちは昨夜、リュウイチからアルビオンニウムでの戦況を中継してもらった際に盗賊団を率いているハーフエルフについて説明を受けていたが、それ以外の者たちにとっては全くの初耳である。
話を続けようとしたゴティクスだったが、出席者の動揺が予想より大きかったことに面食らい、たじろぐと、すかさず司会進行役を務める
「リュウイチ様がルクレティア様に御付けになられた《
「バカな…そんなことが?」
「そ、それでは女史はハーフエルフが来ている事を知っていたのですか!?」
「ハーフエルフが何でアルビオンニアに!?」
「まさか、ムセイオンが絡んでいるのか?」
「ひょっとしてリュウイチ様の降臨と関係が!?」
アルビオンニアがレーマ帝国の中でも辺境であることは彼らは皆自覚している。そこにコンプレックスのようなモノがあるわけではない。むしろ、帝国の版図を拡げる最前線という自負があるくらいだ。が、帝国の中心から最も遠く離れた辺境であることには違いが無い。まして、世界の中心と位置付けられたケントルム…その中核とも言うべきムセイオンからとなれば、まったくアルビオンニアなど縁も
ムセイオンは《レアル》から
「お静かに!!静粛に願います!!」
「彼らの目的は、分かっているのですか!?」
ラーウスが場を鎮めようと呼びかけると、どよめきは多少収まりはしたが、それでも混乱した何人かは答えを求め続ける。
「残念ながらハーフエルフについての詳細は把握しきれておりません。
ただ、《地の精霊》様からリュウイチ様がお聞きになられたヴァナディーズ女史の話によると、ハーフエルフはムセイオンを脱走して来たもののようです。
おそらく、ムセイオンが背後にいるということはなさそうです。」
「脱走!?」
「いったいどうして?」
「逃げ出してきたと言うのか?」
「彼らの目的は…これもヴァナディーズ女史のお話ですが…
降臨を起こし、自分たちの父母との再会を果たすことであると推測されております。」
「なんと!」
「まさかハーフエルフが降臨を!?」
ムセイオンは《レアル》の
つまり、ムセイオンは全世界が降臨阻止に協力するための象徴的な存在なのだ。よりにもよってそのムセイオンに所属するハーフエルフが自ら降臨を起こそうと画策するなど、大協約体制を根底から覆しかねない大スキャンダルである。聞けば誰もが驚くのは当然だった。
渋々と…といった感じで口を閉ざした家臣団がアルトリウスの方を見上げて次の言葉を待ち始めたのを確認すると、アルトリウスはその辺のことを説明する。
「残念なことに詳しいことはまだ分かっていない。
私がリュウイチ様からお伺いした話では…どうもムセイオンにいるはずの
そして、その連中が今回の盗賊騒ぎに関わっているようだと…
つまり、おそらくハーフエルフが関っている事は間違いないが、それ以外の事はまだ確定したわけではない。彼らの目的も、私がリュウイチ様からお聞きした限りでは、ヴァナディーズ女史の推測であるかのようであった。
少なくとも、ムセイオンが今回の件に関っているという可能性は、現時点では考えなくてよいだろう。そして、ハーフエルフは降臨を起こすために行動をしている…ということは、リュウイチ様の降臨と彼らが関係している可能性はないだろう。今、我々はそのように考えている。
その報告は、近いうちに詳細なものが届くはずだ。」
「しかし、詳細はそのハーフエルフを捕まえでもしない限り分からないのではありませんか?
彼らに従っている盗賊たちだって、どうせ使われているだけで全てを知らされて協力しているというわけでもないのでしょう?」
子爵家の
だが、少なからぬ盗賊たちが新興勢力に統合されつつあることは分かっても、その首領の正体や目的などはさっぱり伝わって来ていなかった。仮にその新興勢力の首領が盗賊たちに自分の素性や目的を明かし、その上で協力を得ていたのならば、その情報は多少なりともアグリッパの下へ届いてなければおかしい。なのに伝わって来ていないと言う事は、そのハーフエルフたちは盗賊たちに自分たちの素性や目的を明かさないようにしているに違いない。
だとすれば、彼らの目的や素性を知るには彼ら自身を捕まえるしかない。盗賊をいくら捕虜にしたところで、そこからわかることはたかが知れているだろう。
アルトリウスはアグリッパの指摘に
「その通りだ。が、大丈夫だろう。
ハーフエルフの一味を一人を、どうやら捕虜にすることに成功したようなのだ。」
その説明に「おおっ!?」っと低くどよめきが起こり、アルトリウスがゴティクスに向かって目配せすると、ゴティクスはアルトリウスに軽く会釈してから戦況の説明を再開した。
「はい、突入して来た敵本隊ですが、神殿前で《
どうやら《地の精霊》様はルクレティア様よりハーフエルフたちを殺傷せぬよう頼まれたそうで、かなり手加減をなさったそうです。」
「ハーフエルフ相手に手加減!?」
「そして敵本隊は撤退、その際に敵本隊の一人が魔力欠乏で力尽きていたのを捕えたそうです。
ただ、残念ながらハーフエルフではなくヒトだったそうですが、ムセイオンの聖騎士で
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