第590話 戦況説明
統一歴九十九年五月六日、午前 -
マニウス要塞司令部の二階の奥にある会議室から一斉にどよめきが沸き起こった。朝っぱらから緊急で呼び出され出席しているのはアルビオンニア侯爵家、アルトリウシア子爵家両領主の家臣団、そして
彼らがこの会議に出席して知らされたのはライムント街道での一連の盗賊騒ぎ…何やら異常な規模に膨れ上がった盗賊団がライムント地方北部に出没しており、それがアルビオンニウムへ向かったルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアの一行と接触しかねないため
三日前にライムント街道の
ところが、会議の議事進行役を務める
「『昨夜アルビオンニウムで起きた戦』ですと!?」
アルビオンニウムで昨夜起きた事件について、もしアルトリウシアで今知ることが出来るとすれば伝書鳩しかない。だが、ルクレティア一行は伝書鳩を持って行っていない。アルビオンニウムに駐留しているサウマンディア軍団は伝書鳩を持っているかもしれないが、彼らが持っている伝書鳩はサウマンディウムとの連絡用だけだ。伝書鳩は鳩の
もし、アルビオンニウムからアルトリウシアへ伝書鳩で伝文を送ることができるとすれば、アルビオンニウムから一度サウマンディアへ伝書鳩を飛ばし、サウマンディアからアルトリウシアを巣と認識している別の伝書鳩に手紙をつけなおして飛ばすくらいしかない。しかし、それにしたところで昨夜起きた出来事が伝わるとすれば早くて今日の夕刻以降のことだろう。それに、伝書鳩は長文を送ることができない。何かあったとしても詳細は分からない筈だ。
「ハイ、実はリュウイチ様がルクレティア様に御付けになられた《
「なんと!」
「現地と念話が!?」
「待ってください、昨日の会議でリュウイチ様は現地の詳細まではお分かりになられないような御様子ではありませんでしたか?」
出席者たちが動揺する中、昨日も会議に出席していた誰かが訝しむように発言すると、それについてはアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子が答えた。
「それについては私が説明しよう。
どうやらリュウイチ様は遠く離れた《地の精霊》様とは念話が出来ないと思い込んでおられたようなのだ。それで、昨日の会議の時までは《地の精霊》様と念話は交わしておられない。
あの後…昨日の夕方に《地の精霊》様が現地で大魔法を用いられた。」
「大魔法を!?」
「まさか、アルビオンニウムでの戦闘とやらで!?」
「いや、
どうやらアレを《地の精霊》様が魔法で復活させたらしい。」
「「「お、おおお~~~」」」
きっと凄いことなんだろうけど具体的にどう凄いのかピンとこない…そんな感じで出席者たちから感嘆の声が上がる。
「それで《地の精霊》様がリュウイチ様の魔力を御使いになられたため、リュウイチ様が何事かとご案じになられ…」
「それで、念話を試みられたそうです。」
アルトリウスはもう少し詳細に説明するつもりだったが、話が長くなりそうなのでエルネスティーネが途中から口を挟んで話を
「では、もう現地の状況は詳細が分かっておられるのですか?」
今まで黙って聞いていたサウマンディア軍団のバルビヌスが尋ねると、今度はラーウスが答えた。
「はい。残念ながら
戦況の詳細につきましては、ゴティクス・カエソーニウス・カトゥスよりご説明申し上げます。」
ラーウスがそう言って着席すると、同僚の軍団幕僚であるゴティクスが起立した。テーブルの上に地図を広げ、昨夜リュウイチから念話を通じて実況してもらった戦況の推移を説明する。ラーウスが言ったように数字については情報が無いので各部隊の人数などは推測にはなったが、彼我の兵力配置からどの部隊がどこでどう戦ったかといった流れは、それこそその目で見て来たかのように詳細に語られた。
「……そして神殿南東へ迎撃部隊が出撃します。
『一緒に来たホブゴブリン』で『半分より少ない』とのことでしたから、これは
これによって南東から来ていた敵右翼軍は一挙に壊走します。
しかし、これによって我が軍は神殿の南方、西方、南東の三方向へ兵力を
迎撃には『残っていたホブゴブリンのほとんど』とのことでしたので、おそらく
「ん、んん~~~…」
軍人ではない家臣団たちはどこか戦談義を聞く聴衆のようにいくらか興奮を覚えたようだったが、バルビヌスは一人地図を睨みながら顎に手を当てて唸る。歴戦の前線指揮官であるバルビヌスが唸ったのには二つの理由があった。一つは伝書鳩を使っても丸一日以上はかかるであろう遠方の地で起きた出来事を、実質半日も経ってない現時点でここまで詳細に知ることが出来ているという現実。そしてもう一つは敵側の作戦の見事さだ。
素人同然の盗賊を使いながらレーマ軍に対して二重三重の陽動を仕掛け、攻めるべき神殿をほぼ裸にしている。話を聞いている分には簡単そうだが、実際の作戦指揮の現実を知るバルビヌスにはそれがどれだけ困難か分かっていた。
陽動部隊の役割とは敵を
通常の軍隊であれば、誘き出した守備隊と戦うことで戻れないように釘付けにすることもできるだろう。誘き出せるかどうかはともかく、一度誘き出してしまった敵部隊と戦って時間を稼ぐくらい難しくはない。彼我の兵力数がほぼ同じなら
盗賊は戦には素人だ。軍隊とまともにぶつかったら
もしそれを実現するためには各盗賊団が陽動攻撃を開始するタイミングをかなり綿密にコントロールする必要がある。だが、無線通信機だの電話だのといった通信手段もなければ、人が戦場で持ち歩けるような時計が普及しているわけでもない
「
説明の途中であったが、サウマンディアからの客将バルビヌスが難しい顔をして唸っているのに気づいたゴティクスが尋ねる。バルビヌスは歴戦の現場指揮官だ。彼の戦歴を知る軍人ならば、彼に敬意を払わずにはいられない。その彼が何か気になる点があるとすれば無視することはできなかった。
「あ!?…ああ、失礼…いや何、敵側の作戦があまりにも見事なもので…
とても素人の作戦指揮とは思えませんな。
盗賊側の右翼軍、中央軍、左翼軍はそれぞれ離れすぎているし、廃墟を挟んでいるので互いに見えないはずだ。しかも真ん中には我が軍が居る。この状況でこれだけ見事に攻撃のタイミングを合わせるのは我が軍でも難しいでしょう。
しかも、本隊は陽動軍とは真反対の北側にいてそれを実現するとは…いや!」
ゴティクスに尋ねられたことで自分が我を失っていたことに気付いたバルビヌスは、恥ずかしそうに頭を掻きながら感想を述べ、そしてハタと気付いた。
「たしか、神殿の北側は崖ではありませんでしたか!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます