第590話 戦況説明

統一歴九十九年五月六日、午前 - マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 マニウス要塞司令部の二階の奥にある会議室から一斉にどよめきが沸き起こった。朝っぱらから緊急で呼び出され出席しているのはアルビオンニア侯爵家、アルトリウシア子爵家両領主の家臣団、そしてアルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムらと大隊長ピルス・プリオル以上の高級将校らと同軍団の兵站隊長の肩書を持つ御用商人ラール・ホラティウス・リーボー、そしてセーヘイムの郷士ドゥーチェにしてアルトリウシア艦隊提督プラエフェクトゥス・クラッセムクェ・アルトリウシアヘルマンニ・テイヨソン、さらに復興支援のためにサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアからアルトリウシアへ派遣されて来ている第二大隊コホルス・セクンダの大隊長バルビヌス・カルウィヌスだった。侯爵家の御用商人であるグスタフ・キュッテルは現在アルトリウシアを離れているため欠席している。

 ティトゥス要塞カストルム・ティティに居住する侯爵家家臣団やセーヘイムのヘルマンニなどは昨夜の内に早馬によって招集の報せをもたらされ、御苦労な事に日の出前から馬車を走らせてここに集まっており、中には朝食イェンタークルムを馬車の中で摂りながら来た者もいた。


 彼らがこの会議に出席して知らされたのはライムント街道での一連の盗賊騒ぎ…何やら異常な規模に膨れ上がった盗賊団がライムント地方北部に出没しており、それがアルビオンニウムへ向かったルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアの一行と接触しかねないためアルビオンニア軍団軍団長レガトゥス・レギオニス・アルビオンニアアロイス・キュッテル自ら一個大隊コホルスを率いて出立した…という程度の事はここに出席している全員が既に知っていたのだが、その続報である。

 三日前にライムント街道の第五中継基地スタティオ・クィンタが壊滅し、二日前にさらに第四中継基地スタティオ・クアルタが壊滅すると共にブルグトアドルフで大規模な襲撃事件が発生。それによって現地第三中継基地スタティオ・テルティア警察消防隊ウィギレスの半数と住民の三分の二が死傷するという被害説明は、今朝到着した早馬で届いた現地からの報告によるものだ。ルクレティア一行は伝書鳩を持って行って無いので、早馬が最速の情報伝達手段であり、その驚くべき内容は最新の情報である。


 ところが、会議の議事進行役を務める筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスラーウス・ガローニウス・コルウスはそれよりも更に新しい情報を告げたのだ。


「『昨夜アルビオンニウムで起きた戦』ですと!?」


 アルビオンニウムで昨夜起きた事件について、もしアルトリウシアで今知ることが出来るとすれば伝書鳩しかない。だが、ルクレティア一行は伝書鳩を持って行っていない。アルビオンニウムに駐留しているサウマンディア軍団は伝書鳩を持っているかもしれないが、彼らが持っている伝書鳩はサウマンディウムとの連絡用だけだ。伝書鳩は鳩の帰巣本能きそうほんのうを利用する通信手段であり、情報を送ることができる先は鳩が自分の巣と認識している場所のみである。つまり、現在アルビオンニウムからアルトリウシアへ伝書鳩を直接飛ばすことなどできない。

 もし、アルビオンニウムからアルトリウシアへ伝書鳩で伝文を送ることができるとすれば、アルビオンニウムから一度サウマンディアへ伝書鳩を飛ばし、サウマンディアからアルトリウシアを巣と認識している別の伝書鳩に手紙をつけなおして飛ばすくらいしかない。しかし、それにしたところで昨夜起きた出来事が伝わるとすれば早くて今日の夕刻以降のことだろう。それに、伝書鳩は長文を送ることができない。何かあったとしても詳細は分からない筈だ。


「ハイ、実はリュウイチ様がルクレティア様に御付けになられた《地の精霊アース・エレメンタル》より、昨夜リュウイチ様に直接念話で現地の状況の御報告があったのです。」


「なんと!」

「現地と念話が!?」

「待ってください、昨日の会議でリュウイチ様は現地の詳細まではお分かりになられないような御様子ではありませんでしたか?」


 出席者たちが動揺する中、昨日も会議に出席していた誰かが訝しむように発言すると、それについてはアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子が答えた。


「それについては私が説明しよう。

 どうやらリュウイチ様は遠く離れた《地の精霊》様とは念話が出来ないと思い込んでおられたようなのだ。それで、昨日の会議の時までは《地の精霊》様と念話は交わしておられない。

 あの後…昨日の夕方に《地の精霊》様が現地で大魔法を用いられた。」


「大魔法を!?」

「まさか、アルビオンニウムでの戦闘とやらで!?」


「いや、ケレース神殿テンプルム・ケレースの大水晶球が粉々になって砂になっていたという話があったであろう?

 どうやらアレを《地の精霊》様が魔法で復活させたらしい。」


「「「お、おおお~~~」」」


 きっと凄いことなんだろうけど具体的にどう凄いのかピンとこない…そんな感じで出席者たちから感嘆の声が上がる。


「それで《地の精霊》様がリュウイチ様の魔力を御使いになられたため、リュウイチ様が何事かとご案じになられ…」


「それで、念話を試みられたそうです。」


 アルトリウスはもう少し詳細に説明するつもりだったが、話が長くなりそうなのでエルネスティーネが途中から口を挟んで話を端折はしょる。アルトリウスは少し驚いてエルネスティーネの方をチラリと見、目が合うと二人は互いに小さく愛想笑いを浮かべた。


「では、もう現地の状況は詳細が分かっておられるのですか?」


 今まで黙って聞いていたサウマンディア軍団のバルビヌスが尋ねると、今度はラーウスが答えた。


「はい。残念ながら精霊エレメンタル様は数を数えるのは難しいらしく、数的な情報は手に入りませんが、昨夜起きた戦の状況はおおむね把握できております。

 戦況の詳細につきましては、ゴティクス・カエソーニウス・カトゥスよりご説明申し上げます。」


 ラーウスがそう言って着席すると、同僚の軍団幕僚であるゴティクスが起立した。テーブルの上に地図を広げ、昨夜リュウイチから念話を通じて実況してもらった戦況の推移を説明する。ラーウスが言ったように数字については情報が無いので各部隊の人数などは推測にはなったが、彼我の兵力配置からどの部隊がどこでどう戦ったかといった流れは、それこそその目で見て来たかのように詳細に語られた。


「……そして神殿南東へ迎撃部隊が出撃します。

 『一緒に来たホブゴブリン』で『半分より少ない』とのことでしたから、これは特務大隊コホルス・エクシミウス軽装歩兵ウェリテス一個百人隊ケントゥリアであろうと推測しております。この指揮を執ったのがどうやらカウデクスらしいので間違いないでしょう。彼は軽装歩兵の百人隊長ケントゥリオでしたから。


 これによって南東から来ていた敵右翼軍は一挙に壊走します。

 しかし、これによって我が軍は神殿の南方、西方、南東の三方向へ兵力を誘引ゆういんされた形となりました。この、神殿が最も手薄になったタイミングで神殿北方から敵本隊が突入してきます。


 迎撃には『残っていたホブゴブリンのほとんど』とのことでしたので、おそらく重装歩兵ホプロマクス二個百人隊が充てられたものと思われます。ただ、この迎撃の指揮を執った人物の氏名等はハッキリしませんが、『ヒトで一番偉そう』とのことでしたので、おそらくサウマンディアから派遣予定だった第八大隊コホルス・オクタウァのペドー殿かと思われます。」


「ん、んん~~~…」


 軍人ではない家臣団たちはどこか戦談義を聞く聴衆のようにいくらか興奮を覚えたようだったが、バルビヌスは一人地図を睨みながら顎に手を当てて唸る。歴戦の前線指揮官であるバルビヌスが唸ったのには二つの理由があった。一つは伝書鳩を使っても丸一日以上はかかるであろう遠方の地で起きた出来事を、実質半日も経ってない現時点でここまで詳細に知ることが出来ているという現実。そしてもう一つは敵側の作戦の見事さだ。

 素人同然の盗賊を使いながらレーマ軍に対して二重三重の陽動を仕掛け、攻めるべき神殿をほぼ裸にしている。話を聞いている分には簡単そうだが、実際の作戦指揮の現実を知るバルビヌスにはそれがどれだけ困難か分かっていた。


 陽動部隊の役割とは敵をおびき出し、本来その部隊が居るべきであり、かつ攻撃側にとっては居てほしくない場所から引き離すことにある。誘引抽出ゆういんちゅうしゅつされた守備隊をそのまま戻れないところまで引っ張り出すか、戻りたくても戻れないように釘付けにしなければならない。せっかく誘き出したとしても、即座に戻られては意味がないのだ。

 通常の軍隊であれば、誘き出した守備隊と戦うことで戻れないように釘付けにすることもできるだろう。誘き出せるかどうかはともかく、一度誘き出してしまった敵部隊と戦って時間を稼ぐくらい難しくはない。彼我の兵力数がほぼ同じなら猶更なおさらだ。だが、今回の“敵”は盗賊団を使ってそれをやっているのである。

 盗賊は戦には素人だ。軍隊とまともにぶつかったら鎧袖一触がいしゅういっしょくなのは間違いない。実際、盗賊側の中央軍、右翼軍ともに接触と同時に壊走している。左翼軍は遅滞防御ちたいぼうぎょを行っている節があるが、ほぼ後退一辺倒なことに変わりはない。そんな脆弱な集団を使ってレーマ軍を誘き出し、神殿に戻る隙を与えずに神殿を丸裸にする…とてもではないが、素人の指揮とは思えなかった。

 もしそれを実現するためには各盗賊団が陽動攻撃を開始するタイミングをかなり綿密にコントロールする必要がある。だが、無線通信機だの電話だのといった通信手段もなければ、人が戦場で持ち歩けるような時計が普及しているわけでもないこの世界ヴァーチャリアでそれは至難の業だ。しかし、この盗賊を指揮している者はそれを実現してみせている。各盗賊部隊は地形的にも距離的にも互いの様子を視認できない位置に分散しているのにもかかわらずだ。

 

カルウィヌスバルビヌス殿、どうかなされましたか?」


 説明の途中であったが、サウマンディアからの客将バルビヌスが難しい顔をして唸っているのに気づいたゴティクスが尋ねる。バルビヌスは歴戦の現場指揮官だ。彼の戦歴を知る軍人ならば、彼に敬意を払わずにはいられない。その彼が何か気になる点があるとすれば無視することはできなかった。


「あ!?…ああ、失礼…いや何、敵側の作戦があまりにも見事なもので…

 とても素人の作戦指揮とは思えませんな。

 盗賊側の右翼軍、中央軍、左翼軍はそれぞれ離れすぎているし、廃墟を挟んでいるので互いに見えないはずだ。しかも真ん中には我が軍が居る。この状況でこれだけ見事に攻撃のタイミングを合わせるのは我が軍でも難しいでしょう。

 しかも、本隊は陽動軍とは真反対の北側にいてそれを実現するとは…いや!」


 ゴティクスに尋ねられたことで自分が我を失っていたことに気付いたバルビヌスは、恥ずかしそうに頭を掻きながら感想を述べ、そしてハタと気付いた。


「たしか、神殿の北側は崖ではありませんでしたか!?」

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