第589話 緊急の軍議
統一歴九十九年五月六日、午前 -
レーマの
エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人をはじめとするランツクネヒト族の場合はその順序が少し異なる。朝食と伺候を受けるのが逆になるのだ。中には朝食を摂らない貴族もいる。
キリスト教徒である彼らは本来なら朝食を食べる習慣はない。キリスト教の戒律により昼までは
エルネスティーネの場合は被保護民はあまり多くは無いので伺候を受けることはそれほど多くない。朝食も普段は昼の少し前にとっている。最近に限って言えば、
だが今日は違った。リュウイチを収容している
「では、住民の半数が殺されたと言うのですか?!」
早馬の到着を受けて
「約四割です、
肘掛けを掴んで椅子から身を乗り出し、平静を失ったエルネスティーネに報告者である
「半数と変わらんではありませんか!
そこに行方不明者の数は含まれておらんのでしょう!?」
「
生き残った住民の中の負傷者の数も無視できません!!」
「それよりも、
「
ラーウスの報告の中に聞き覚えのある名前があることに気付き、家臣団がざわめき続ける中でエルネスティーネは前のめりになっていた上体を戻し、独り言ちる。
「シュテファン・ツヴァイク…」
「ハ、侯爵夫人におかれましては、その名を御記憶でございましたか?」
「はい、もちろんです…
幾度かお会いしたことがありましたわ。
歴戦の勇者と、亡き夫から紹介されましたの。
傷を負われたとのことですが、大丈夫なのですか?」
「現地のセプティミウス・アヴァロニウス・レピドゥスによれば軽傷で、その後も警察消防隊を指揮し続けておるとのことです。」
ルクレティアと共に一行に加わっていた
「それにしても被害が甚大だ!
侯爵家の財務官ヴィンフリート・リーツマンによるこれは理不尽な責任追及だった。ラーウスはピクリと眉を動かし、ため息を飲み込んで答える。
「
現地ライムント街道の治安維持は現地警察消防隊の管轄です。」
「なんと無責任な!
たかが四十名の警察消防隊に三百もの盗賊の対処などできるわけないではありませんか!!
十分な兵力を持ちながら、目の前の暴虐に対処しないなど「およしなさい!」」
現地に居ながら対処しきれなかった
「彼のおっしゃる通り、現地の特務大隊はルクレティア様の警護のための部隊です。いかな住民のためとはいえ、その役目をおろそかにすることはできません。」
「ですが、侯爵夫人!「それに!」」
思わぬところから
「予算の不足を理由に現地の警察消防隊を縮小させたのは我々です。
その責任は私にあります。」
これにはヴィンフリートもそれ以上何も言えなかった。実際のところ、予算削減のために現地警察消防隊の縮小を提案し、エルネスティーネに了承させたのはヴィンフリート自身だったのだ。そのことはこの会議に出席している全員が知っている。エルネスティーネは「責任は私に」と言ったが、これ以上何かを言えばヴィンフリートの責任追及の声が上がるだろう。ここでエルネスティーネがあえて「責任は私にあります」と言ったのは、要はお前の責任は追及しないでおいてやっているのだから黙っていなさいということだった。
全員の冷たい視線が集まっていることに気付いたヴィンフリートは言葉を飲み込み、素直に引き下がった。
「ぐぐ…し、失礼しました。
この通り謝罪する。許されよ。」
「…いえ、領民のことを思えばこそのことでしょう。どうかお気になさらずに…」
「かたじけない。」
場がひとまず収まったところでエルネスティーネの隣に座って黙って様子を見ていたアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵公子が議事の進行を促す。
「責任の所在については後で暇が出来た時に追求すればよいでしょう。
今はこれからどう対応するかだ…生き残った警察消防隊が二十名ではブルグトアドルフを守り切れないのではないか?」
アルトリウスの指摘に全員がハッとなって報告者のラーウスに注目する。
「ハ、ツヴァイク殿の提案により、生き残った全住民を引き連れてシュバルツゼーブルグへ一時避難することとなったようです。その…アルビオンニウム経由で…」
「アルビオンニウム経由ですと!?」
「シュバルツゼーブルグとは逆方向ではありませんか!」
「はい、シュバルツゼーブルグまで安全に避難するため、ルクレティア様の御一行と行動を共にするとのことです。」
家臣団から上がった疑問にラーウスが答えると、会議室には呻き声ともため息ともつかぬ声が満ちた。
なるほど、リュウイチ様がおっしゃられた『住民と守備隊がアルビオンニウムまでついてきた』というのはこのためか…
決定そのものは妥当と言える。ブルグトアドルフ近郊に十分な戦力なぞ存在しない。唯一の例外はルクレティアの護衛部隊だが、それを盗賊対応に充てるわけにもいかないのだ。となれば警察消防隊の生き残りわずか二十名程度で百余名の住民を三百の盗賊から守らねばならなくなる。
だが、ルクレティアの一行と一緒にアルビオンニウム経由で避難するのならば、特務大隊の戦力をアテにすることもできるだろう。特務大隊もルクレティア警護の任務を果たしながら住民を守ることが可能になる。
「では、当面はこれ以上の被害拡大の心配はないと考えてよろしいのですか?」
「さすがに盗賊団も警察消防隊と三個
「問題はまだ被害を受けていない
それと、壊滅させられた第四、第五中継基地の復旧を急がねばならん。」
「フォン・シュバルツゼーブルグ卿とて三百の盗賊なぞ対処しきれんだろう。」
「まて、そのためにキュッテル閣下が
「然り、まずはキュッテル閣下に盗賊団を掃討していただき、復旧はそれからとなるだろう。」
「それまで戦など起きねば良いのですが…」
ブルグトアドルフでの事件のあらましを聞き、当面の対応は現地で既に済んでいると判断した侯爵家・子爵家の家臣団たちは思い思いに感想を述べあった。彼らは未だ、住民たちが避難したアルビオンニウムで既に戦闘があったことについてまだ知らされていない。
「オホンッ」
ラーウスは上座に座るアルトリウスとエルネスティーネ、二人の領主と目配せするとやや大げさに咳ばらいをし、言いにくそうに次の説明に移った。
「それでは、昨夜アルビオンニウムで起きた戦について、ご説明いたします。」
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