第592話 捕虜の受け入れ方針

統一歴九十九年五月六日、午前 - マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



 マニウス要塞司令部の二階奥の会議室に参集したアルビオンニア属州ならびにアルトリウシア子爵領の首脳陣は、アルビオンニウムで起きている情況について現時点で分かっている限りの情報を共有した。


 シュバルツゼーブルグ近郊の盗賊たちが何者かによって糾合きゅうごうされ、三百人にも及ぶ大勢力に成長している事。そしてその何者かとは、実の親の顔見たさに降臨を起こそうとムセイオンから脱走して来たハーフエルフたちらしいということ。

 それがライムント街道沿いの中継基地スタティオを襲撃し武器弾薬等を奪取、第五・第四の二つの中継基地が既に壊滅していること。そして第三中継基地スタティオ・テルティアとブルグトアドルフの街が襲撃を受け、現地の警察消防隊ウィギレスと住民たちに甚大な被害が生じていること。住民と警察消防隊はルクレティア・スパルタカシア・リュウイチアの一行に随行する形で一旦アルビオンニウムへ避難したこと。

 そしてアルビオンニウムで盗賊団による大規模な襲撃事件が発生しており、ルクレティアの護衛部隊と現地に駐留していたサウマンディア軍団レギオー・サウマンディア、そして《地の精霊アース・エレメンタル》の力によって撃退され、ハーフエルフと行動を共にしていたヒトの聖騎士が一人捕虜になったらしいこと。


 西山地ヴェストリヒバーグを挟んだ向こう側、船でも二日、馬でも三日はかかる彼方で起きた昨夜の出来事と考えれば、これ以上は望みようがないほど詳細ではあったが、事件の全容を掴むには十分とは言えない。むしろ、分からないことの方が圧倒的に多いと言っていいだろう。それらの情報は《地の精霊》からリュウイチに念話で報告された物だったのだが、《地の精霊》は数を数えることができない。また、魔力に乏しい普通の人間に対する興味関心といったものがまるでなく、リュウイチと特別な関係にある人物…たとえばルクレティアやヴァナディーズ、リウィウスら以外については明確に識別できない。関係者について「ヒトの兵士の偉い奴」とか「ホブゴブリンの偉そうな奴」といった大雑把なニュアンスでしか伝えてこないので、具体的に誰がどこでどう行動したのかとかは分からない。捕虜になった聖騎士についても「ヒトの聖騎士だが、大したことない」という程度のことしかわかっていなかった。

 よって、曖昧な部分を推測で補いながら分析するほかないのだが、戦況自体は流石に戦のプロだけあって軍団幕僚トリブヌス・ミリトゥムでなんとかかなりの部分まで分析できはするものの、ムセイオンから逃げて来たハーフエルフたちに関しては情報も何も無いので分析のしようがない。


 ムセイオンから逃げてきたというのは全部で何人なのか?

 誰が含まれているのか?

 本当に降臨を起こそうとしているのか?

 捕虜になった聖騎士とはムセイオンの誰なのか?

 降臨を起こそうとしているというのなら、それを実際に起こせるのか?

 何故、アルビオンニウムで降臨を起こそうとしているのか?

 降臨を起こそうというのなら、何故ルクレティア一行を襲撃しているのか?

 何故、盗賊たちを糾合して使役しているのか?

 彼らの背後に何か存在しているのか?

 本当にムセイオンは関係していないのか?

 現在捕虜はどのような状態なのか?

 捕虜の身柄はサウマンディアとアルビオンニアのどちらの管轄になったのか?


 知りたいことは山ほどあった。が、ハーフエルフたちについては『数は多いがそれほどたくさんというほどでもない。ハーフエルフもヒトもいるが、どいつもこいつも大したことない奴ばっかりだ。』という程度にしか伝わって来ていないので、推測すらできないのだった。

 だが、事が事だけに手をこまねいているわけにもいかない。エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人は壇上の自分の席に座ったまま家臣たちを見下ろして言った。


「ひとまず、このことはキュッテルアロイスにも伝えなければなりません。

 我々も決められるかぎりのことは決めなければ…」


 家臣たちは現状をどう解釈するかでまだ揉めていたが、エルネスティーネが会議の流れをそのように方向づけると、侯爵家筆頭家令のルーベルト・アンブロスが言いにくそうに言った。


「しかし、ムセイオンの聖貴族コンセクラトゥムが絡んでいるとなるとムセイオンと連絡を取らねばなりません。ムセイオンまでは帝都レーマよりも遠おございます。」


「ムセイオンへの報告はするしかないでしょう。

 どれくらいかかるかしら?」


おそれながら、ムセイオンはレーマ帝国の外…帝国の郵便網タベラーリウスは及んではおりますまい。ここからレーマまですら早馬タベラーリウスを使っても片道で一月ひとつきはかかります。早馬も無しにムセイオンまでとなると、片道で二、三か月はゆうにかかりましょう。」


「つまり、仮にムセイオンから“迎え”が来るとしても、早くて半年後と言う事ですか?」


 つまり、半年間はムセイオンの助勢を得られないということだ。仮にハーフエルフたちを捕えたとしても、最低でも半年は面倒を見なければならないことを意味する。その意味に気付いた子爵家家臣団の列に座るヒトが声を上げた。


「お待ちください!

 リュウイチ様の御世話に、ハン支援軍アウクシリア・ハン対策と復興事業とで既に子爵家の財政には余裕などありません。

 この上、ムセイオンの聖貴族を半年もお預かりするなど…」


 顔を青ざめさせてそう言ったのはアルトリウシア子爵家の財務官ユールス・イサウリクス・フィリップスだった。彼はアルトリウシア子爵家の家臣ではあるがホブゴブリンではなく、レーマから子爵家へ派遣されたヒトの財務官である。

 ユールスが悲鳴に近い声を上げると、侯爵家の財務官ヴィンフリート・リーツマンがそれに続く。


「イサウリクス・フィリップス殿の言う通りです!

 侯爵家とてもう余裕はありません。

 そも、現時点で捕虜は一人ですが他にもハーフエルフがいらっしゃるのでしょう!?

 いったい何人の貴い方々の面倒を見ねばならないというのですか?」


 仮に大協約に反して降臨を起こそうとした犯罪者であったとしても、それが貴族となれば牢屋に入れるわけにはいかない。高貴な身分にふさわしい待遇で扱わねばならないのだ。ましてやそれがゲイマーガメルの血を直接引く聖貴族…この世界ヴァーチャリアでもっとも高貴とされる人間である。

 ただでさえハン支援軍叛乱事件の復興事業とリュウイチの降臨で手一杯になっているところへハーフエルフに対処し、場合によっては半年間面倒をみなければならないとなると、その費用はとんでもないことになるだろう。リュウイチはまだ贅沢を好まないためにかかっている生活費は意外なほど抑えられてはいるが、リュウイチの存在を秘匿するための予算が思ったよりかかっていてトータルではリュウイチの遠慮によって節約できている分と大して変わらない状況だ。

 リュウイチからの融資によって何とか回っているが、今年の出費は既に両領主家を破産に追い込むには十分なレベルに達している。


「落ち着きなさい。

 まだ、捕虜をこちらで預かると決まったわけではありません。」


「ですが、アルビオンニウムで捕まったのでしょう!?

 ならばアルビオンニアの管轄ではありませんか?」


 戸惑いながらルーベルトが尋ねる。短期間とは言えムセイオンの聖貴族を迎え入れることのメリットは大きい。もしも側仕そばづかえの女にでもあれば、アルビオンニア出身の聖貴族が増えることになるかもしれないし、それが無かったとしてもムセイオンとの間にコネクションを作れる機会自体が大きなチャンスにもなる。今後のアルビオンニア属州と侯爵家の発展の可能性を考えれば、たとえ今ある家財をすべて処分しなければならなくなったとしても、迎え入れたい…ルーベルトはそう考えていた。

 ルーベルトのそうした思惑を知ってか知らずか、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシア筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスラーウス・ガローニウス・コルウスが答える。


「そうとは限りません。

 もしも、今回のこの盗賊騒動が先月のメルクリウス騒動と関りがあるとすれば、その管轄権はサウマンディア伯爵家にあります。」


 ラーウスのこの説明に家臣団の反応は二つに割れた。聖貴族の身柄を預かることに、その後のメリットに期待を膨らませていた者たちは落胆し、逆にその負担に頭を悩ませていた者たちはホッとしたような表情を見せた。サウマンディア軍団レギオー・サウマンディアの客将バルビヌス・カルウィヌスは興味がないのか、特に何の表情も見せることなくブスッとした仏頂面のままだ。


「では、ムセイオンのハーフエルフを迎える準備は…」


「それよりも今は次の降臨を防ぎ、彼らの身柄を抑えることを考えましょう。

 軍団長アロイスにはどこまで伝えてあるのですか?」


 未練がましいルーベルトをたしなめるように言うと、エルネスティーネは話題を次へ進めた。


「いえ、これからです。」


 ラーウスが首を振るとエルネスティーネは驚いた。


「何ですって!?

 報告を持ってきた早馬はグナエウス峠ですれ違ったのではないの?」


侯爵夫人マルキオニッサ、申し訳ありません。

 早馬は確かにグナエウス峠で、それもキュッテル閣下がご宿泊になられたグナエウス砦ですれ違っています。ですが、早馬はキュッテル閣下が盗賊討伐に向かう途中であることは存じません。我々が救援部隊を送ったことも知らなかったでしょう。

 キュッテル閣下が率いておられたのはアルトリウシアの復興支援に来た部隊でしたし、物資輸送のためにシュバルツゼーブルグへ向かう途中の部隊と思ったようです。」


 ラーウスは残念そうに、申し訳なさそうにそう答えた。

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