第592話 捕虜の受け入れ方針
統一歴九十九年五月六日、午前 -
マニウス要塞司令部の二階奥の会議室に参集したアルビオンニア属州ならびにアルトリウシア子爵領の首脳陣は、アルビオンニウムで起きている情況について現時点で分かっている限りの情報を共有した。
シュバルツゼーブルグ近郊の盗賊たちが何者かによって
それがライムント街道沿いの
そしてアルビオンニウムで盗賊団による大規模な襲撃事件が発生しており、ルクレティアの護衛部隊と現地に駐留していた
よって、曖昧な部分を推測で補いながら分析するほかないのだが、戦況自体は流石に戦のプロだけあって
ムセイオンから逃げてきたというのは全部で何人なのか?
誰が含まれているのか?
本当に降臨を起こそうとしているのか?
捕虜になった聖騎士とはムセイオンの誰なのか?
降臨を起こそうとしているというのなら、それを実際に起こせるのか?
何故、アルビオンニウムで降臨を起こそうとしているのか?
降臨を起こそうというのなら、何故ルクレティア一行を襲撃しているのか?
何故、盗賊たちを糾合して使役しているのか?
彼らの背後に何か存在しているのか?
本当にムセイオンは関係していないのか?
現在捕虜はどのような状態なのか?
捕虜の身柄はサウマンディアとアルビオンニアのどちらの管轄になったのか?
知りたいことは山ほどあった。が、ハーフエルフたちについては『数は多いがそれほどたくさんというほどでもない。ハーフエルフもヒトもいるが、どいつもこいつも大したことない奴ばっかりだ。』という程度にしか伝わって来ていないので、推測すらできないのだった。
だが、事が事だけに手をこまねいているわけにもいかない。エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人は壇上の自分の席に座ったまま家臣たちを見下ろして言った。
「ひとまず、このことは
我々も決められるかぎりのことは決めなければ…」
家臣たちは現状をどう解釈するかでまだ揉めていたが、エルネスティーネが会議の流れをそのように方向づけると、侯爵家筆頭家令のルーベルト・アンブロスが言いにくそうに言った。
「しかし、ムセイオンの
「ムセイオンへの報告はするしかないでしょう。
どれくらいかかるかしら?」
「
「つまり、仮にムセイオンから“迎え”が来るとしても、早くて半年後と言う事ですか?」
つまり、半年間はムセイオンの助勢を得られないということだ。仮にハーフエルフたちを捕えたとしても、最低でも半年は面倒を見なければならないことを意味する。その意味に気付いた子爵家家臣団の列に座るヒトが声を上げた。
「お待ちください!
リュウイチ様の御世話に、
この上、ムセイオンの聖貴族を半年もお預かりするなど…」
顔を青ざめさせてそう言ったのはアルトリウシア子爵家の財務官ユールス・イサウリクス・フィリップスだった。彼はアルトリウシア子爵家の家臣ではあるがホブゴブリンではなく、レーマから子爵家へ派遣されたヒトの財務官である。
ユールスが悲鳴に近い声を上げると、侯爵家の財務官ヴィンフリート・リーツマンがそれに続く。
「イサウリクス・フィリップス殿の言う通りです!
侯爵家とてもう余裕はありません。
そも、現時点で捕虜は一人ですが他にもハーフエルフがいらっしゃるのでしょう!?
いったい何人の貴い方々の面倒を見ねばならないというのですか?」
仮に大協約に反して降臨を起こそうとした犯罪者であったとしても、それが貴族となれば牢屋に入れるわけにはいかない。高貴な身分にふさわしい待遇で扱わねばならないのだ。ましてやそれが
ただでさえハン支援軍叛乱事件の復興事業とリュウイチの降臨で手一杯になっているところへハーフエルフに対処し、場合によっては半年間面倒をみなければならないとなると、その費用はとんでもないことになるだろう。リュウイチはまだ贅沢を好まないためにかかっている生活費は意外なほど抑えられてはいるが、リュウイチの存在を秘匿するための予算が思ったよりかかっていてトータルではリュウイチの遠慮によって節約できている分と大して変わらない状況だ。
リュウイチからの融資によって何とか回っているが、今年の出費は既に両領主家を破産に追い込むには十分なレベルに達している。
「落ち着きなさい。
まだ、捕虜をこちらで預かると決まったわけではありません。」
「ですが、アルビオンニウムで捕まったのでしょう!?
ならばアルビオンニアの管轄ではありませんか?」
戸惑いながらルーベルトが尋ねる。短期間とは言えムセイオンの聖貴族を迎え入れることのメリットは大きい。もしも
ルーベルトのそうした思惑を知ってか知らずか、
「そうとは限りません。
もしも、今回のこの盗賊騒動が先月のメルクリウス騒動と関りがあるとすれば、その管轄権はサウマンディア伯爵家にあります。」
ラーウスのこの説明に家臣団の反応は二つに割れた。聖貴族の身柄を預かることに、その後のメリットに期待を膨らませていた者たちは落胆し、逆にその負担に頭を悩ませていた者たちはホッとしたような表情を見せた。
「では、ムセイオンのハーフエルフを迎える準備は…」
「それよりも今は次の降臨を防ぎ、彼らの身柄を抑えることを考えましょう。
未練がましいルーベルトを
「いえ、これからです。」
ラーウスが首を振るとエルネスティーネは驚いた。
「何ですって!?
報告を持ってきた早馬はグナエウス峠ですれ違ったのではないの?」
「
早馬は確かにグナエウス峠で、それもキュッテル閣下がご宿泊になられたグナエウス砦ですれ違っています。ですが、早馬はキュッテル閣下が盗賊討伐に向かう途中であることは存じません。我々が救援部隊を送ったことも知らなかったでしょう。
キュッテル閣下が率いておられたのはアルトリウシアの復興支援に来た部隊でしたし、物資輸送のためにシュバルツゼーブルグへ向かう途中の部隊と思ったようです。」
ラーウスは残念そうに、申し訳なさそうにそう答えた。
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