第1159話 衝撃の事実
統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『
四人の顔が、視線が、一斉にクレーエに向けられた。
食事……
ティフとスワッグとソファーキングの三人は昨日の昼、シュバルツゼーブルグで食事を摂って以来何も食べてなかった。そのくせ昨日の夕方からずっと歩きっぱなし走りっぱなしなのである。腹が減ってないわけが無かった。
誰かの腹がグゥ~と鳴り、それを皮切りに次々と他の者の腹もなり始める。しまいには四人の中で唯一、シュバルツゼーブルグの醸造所でたらふく夕食を取ったはずのデファーグの腹さえも鳴り、四人は四人とも罰の悪そうな表情を浮かべ己の腹を恥じた。
もちろん腹の虫の音など離れたところにいるクレーエの耳には届かない。だが四人の表情から四人が腹を空かせていることを察するのは難しくなかった。四人の腹具合を見透かしたクレーエは頬を綻ばせる。
「さあ
大したものは無いが持てる全てで御馳走を用意します。
さっそくジャガイモを蒸かしましょう。
そしてたっぷりのバターと一緒に磨り潰し、塩と胡椒をふんだんに振りかけて香り豊かなマッシュポテトにします。口に入れれば途端に
ザワークラウトも添えましょう! 育ちのいいお上品な
スライスしたハムで巻けばちょっとした御馳走です。
マスタードを塗れば美味しいでしょうね。
パリッとして、噛めば中から肉汁がたっぷり溢れますよ!?」
クレーエが謳うメニューはランツクネヒト族の平民が口にするような粗末なものばかりだ。実際、今この山荘にある食材はブルグトアドルフの街から略奪してきたものばかりなのだから上等な食材などあるわけもないし、調理するのも盗賊だ。貴族が満足するような御馳走など期待すべくもない。だがクレーエの目の前にいるのは腹を空かせた少年だ。四人が四人ともクレーエよりも年上だったが、箱入り貴族の精神年齢を考えても十代の少年と全く同じ若い肉体を考えても、子供といって差し支えないだろう。
昨日から二十四時間以上何も食べずに歩き続けた彼らにとって、クレーエの謳い文句は強烈だった。その脳裏にはクレーエが言った通りの料理が浮かび上がり、実態以上の豊潤な香りとともに眩い輝きを放ち始める。
ゴクリ……気づけば口中に湧き出る唾を飲み込んでいた。スワッグとソファーキングの二人に至ってはもう既にその料理が出来上がって待っているような気になって山荘へ入ろうと足を踏み出してしまう。が、それをティフが手を伸ばして押しとどめた。
「ま、待てクレーエ!」
「なんでしょう
ああ、大丈夫! 御安心を!
ちゃんとデザートも用意しますよ!」
「デ、デザートだと!?」
「お前は黙ってろソファーキング!」
話の腰を折られたティフは少し強めにソファーキングを𠮟りつけた。そしてクレーエに人差し指を突き付ける。
「ペイトウィンとエイーが昨日こっちに来たのは確かなんだ。
来てないはずはない、どこにいる!?」
クレーエは先ほどと同じように困ったなと言わんばかりに天を仰ぎ、溜息をついて見せた。
「そうはおっしゃられても
「嘘をつくな!」
今度はスワッグが声を荒げた。
「そっちに蹄の跡があるぞ!?
まだ新しい跡だ。多分、一日も経っていない。
俺たちは一昨日、この前を通ったが山荘には立ち寄らなかったんだ。
その前にここを使った時は蹄の跡は消したはずだ!
レーマ軍のパトロールが来ても怪しまれないようにな!!
あの蹄の跡は何だ!?」
スワッグの指さした先にはたしかに蹄の跡があった。蹄の跡はまだティフ達が踏み込んでないところまで伸び、山荘の玄関前に集中し、それから山荘の裏手の馬房の方へ伸びている。それは昨夜、盗賊たちがペイトウィンから受け取った馬を連れて山荘へ戻り、その背に積まれていた荷物を降ろした際にできたものだった。
ティフ、デファーグ、ソファーキングの三人はスワッグの観察力に素直に驚き、思わず目を丸めてスワッグを見る。スワッグはそれに気づかぬフリをしてジッとクレーエを睨んだままだったが、内心ではちょっと誇らしく感じていた。わずかに耳が赤いのは、寒さのせいばかりではない。その視線の先で、クレーエは残念そうに苦笑いを浮かべた。
「ああ、それは
皆様方の
もちろん馬も皆様方の行李も無事で、ちゃんとこの山荘で保管してますよ。」
四人はクレーエの説明にギョッとした。
「やっぱり来てたんじゃないか!?」
「ペイトウィンはどこだ!?」
「嘘をつくとためにならんぞ!!」
抗議というより威嚇の声をあげながら四人はそれぞれが連れていた馬の
「待ってください
アタシらはここに来る途中の
説明している間にもスワッグとデファーグがティフを中心に左右に広がり始め、ソファーキングも馬を追い払うように押しのけると杖を構える。仲間たちが戦闘態勢を整え終えるのを待たずにティフは胸を張り、声を張った。
「クレーエ!
お前に訊きたいことが三つある。」
「お答えしましょう。」
クレーエは開き直ったかのように落ち着いた声で答えた。その余裕がティフ達には納得できないし気に食わないが、今はクレーエから聞き出さねばならない仲間の安否情報の方が優先だ。ティフはドスを利かせた声で尋ねる。
「一つ目だ。
ペイトウィンはどこにいる!?」
クレーエは両眉をヒョイとあげ、目を丸くしてから「何だそんなことか」とでも言うように肩を落とした。
「今、おそらくグナエウス峠へ運ばれている途中でしょう。」
「グナエウス峠!?」
「馬鹿な、俺たちはグナエウス峠から来たんだぞ!」
「何でそんなところに?」
「待て!」
次々と声をあげる仲間たちをデファーグが制した。ペイトウィンはデファーグと別れた後、北へ向かって盗賊たちと合流し、デファーグが呼び戻したティフたちを待つ手筈になっていた。ペイトウィンはシュバルツゼーブルグから直接ティフを追いかけようというデファーグの提案を冷静に却下して見せたのだ。そのペイトウィンが自らグナエウス峠へ向かうはずがない。
「今運ばれていると言ったな!?
ペイトウィンに何があった!
何でグナエウス峠へ運ばれている?
運んでいるのは誰だ!?」
四人の脳裏に不吉な予感がよぎる。デファーグを見下ろしながら深呼吸するように息を大きく吸ったクレーエは、彼らの予感を裏付ける答を告げた。
「
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