第1160話 ヒートアップ

統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



「捕まっただと!?」

「嘘だ!!」

「誰だグルグリウスって!?」

「何で隠してた!?」


「落ち着いて!」


 一斉に激昂する『勇者団』ブレーブスにクレーエは先ほどまでの苦笑いを引きつらせた。クレーエは盗賊の中では腕の立つ方だが、さすがに『勇者団』相手に立ち回れるほどの実力は無い。クレーエ自身、それが分かっているから『勇者団』に抵抗することなく恭順し、今もこうして生き延びていられるのだ。


「質問には答えているじゃありやせんか!?」


「いいや、答えてなかった!

 わざとたんだ!!」

「正直に言え!

 ペイトウィンはどこだ!?」

「答えないとただじゃ済まんぞ!?」


「答えますとも!

 でもアタシゃ口は一つしかねぇんだ。

 いっぺんに訊かれても一つずつしか答えられねぇんでさ!」


「おい!」


 言い訳がましいクレーエに我慢も限界に達したのか、ティフが舶刀カットラスを引き抜き、クレーエに向けて突き付けた。


「そのふざけた態度と減らず口を今すぐやめろ!」


 ティフの警告に続き、デファーグも愛剣ティルヴィングを鞘から引き抜いた。盗賊狩りに参加していなかったデファーグが人間相手に剣を抜くのは、アルビオンニアに来て以来初めてのことである。スワッグは格闘家なので構える武器は無く、そのガントレットに包まれた握り拳こそが武器と言える。そして魔法攻撃職のソファーキングの武器は最初からむき出しで用意されていた杖……つまり、この場にいる『勇者団』四人全員が武器を構えたに等しい状況となった。

 するとその直後、車回しの周囲の茂みから、山荘の建物の影から、次々と盗賊たちが姿を現し銃を構えた。その銃口はもちろんティフ達『勇者団』に向けられている。それに怯む『勇者団』ではないが、突然のことに緊張の度合いは一気に高まった。


「ど、どういうつもりだ!?」

「裏切ったな、薄汚いNPCめ!」

ティフブルーボール様!?」


 『勇者団』も怯みはしないがさすがに動揺しないわけにはいかないようだ。構えは解かず毒づきながらも、姿を現した伏兵を慎重に観察しはじめている。


「どういうつもりだクレーエ!?」


「まあ落ち着いてくださいよ旦那様方ドミナエ

 アタシらだってこんな事ぁしたくねぇんだ。

 旦那様方ドミナエが武器なんか持ち出さなきゃこっちも何もしなてく良かったんだが、旦那様方ドミナエぁどうもアタシらみたいなモンの話を聞いてくださらねぇんでね。」


 心底困った様なクレーエの言い様がティフ達の神経を逆撫でする。ギリッと歯を食いしばったティフは周囲の銃を構えた盗賊たちに警告を発する。


「お前ら、そんなモノで俺たちに勝てると思ってるのか?」


 返事の言葉は無かった。盗賊たちは無言のまま一斉に撃鉄を引き起こしたのだ。あとは引き金を引くだけで発砲できる状態……それぞれ距離は十メートル以上離れているが、装填されているのが散弾なら被弾は免れないだろう。


「おおっとぉ!!」


 クレーエが大きな声をあげ、『勇者団』の注意を惹きつける。


「勝つの負けるのなんてしやしょうや。

 アタシらぁ別に旦那様方ドミナエと事を構えようってえんじゃねぇんだ。」


 『勇者団』を落ち着かせようとクレーエはなだめるが、『勇者団』はむしろヒステリックになっていく。


「じゃあコイツラは何だっ!?」


旦那様方ドミナエが事を荒立てちまわないようにってぇ備えでさぁ。

 どうも旦那様方ドミナエぁすぐに暴力に訴えていけねぇ。

 さっきも言ったが、アタシらぁ旦那様方ドミナエに逆らうつもりはねぇんで。

 むしろ大人しく話を聞いてほしいぐらいでね。」


「だったらコイツラを引っ込めろ!」


 ヒステリックに喚く少年たちの相手がいい加減嫌になったのか、クレーエの声も低くドスの利いたものに変わった。


「武器を持ちだしたのは旦那様方ドミナエでさぁ。」


 『勇者団』のメンバーたちは身構えたまま視線だけで互いを見合う。

 戦えばこの状況からでも『勇者団』が勝つだろう。無傷では済まないだろうが、武器攻撃職の三人は誰であれクレーエを一瞬で討ち取れるはずだ。ただ、盗賊たちが発砲すればソファーキングが間違いなく被弾することになる。盗賊たちの銃に込められたのが一丸弾スラッグ・ショットなら、そしてソファーキングが幸運に恵まれれば、あるいは無傷で済む可能性も無くは無いが、散弾バックショットなら助かるまい。


「話を聞いてもらおうって態度じゃないぞ?」


「話を聞く気の無ぇ御人おひとに語って聞かせるほど、アタシらも暇じゃねぇんで。」


「俺たちを……俺たちを捕まえてレーマ軍に売る気か?」


「それならもっと上手いやり方がありまさぁ。」


 ティフ達は再び視線だけで互いを見合った。


 どうする……コイツラ一旦制圧するか?

 一瞬で片づければ何とかなるんじゃないか?


 やってやれなくはない……ただ、やればソファーキングは確実に被弾する。他の三人も、不覚を取れば重傷を負うことになるかもしれないが、盗賊どもが引き金を引くより早く攻撃に踏み切ればクレーエを仕留めるくらいわけは無いはずだ。ただ、どうも攻撃に踏み切れないでいるのはクレーエの不敵さのせいだった。たかが一般人NPCが、『勇者団』の実力を分かっている癖にこうも自信たっぷりでいられる理由が分からない。


「……上手い方法だと?

 お前らに俺たちを捕まえられるっていうのか?」


 ティフが挑発するように半ば笑いながら尋ねる。カマをかけ、クレーエの自信の理由を探ろうというのだ。


 どうせハッタリに決まってる!


 だが、クレーエは苦も無くあっさりと返した。


「ええ、そんなの造作ぞうさもねぇことでさぁ。」


 ティフはクレーエのハッタリを見破ってやろうとカマをかけて見たわけだが、クレーエのその返答により逆に煽られてしまう。


「造作も無いだと?!」


「ええ、造作もありやせん。

 ただ、さっきも言ったがアタシらぁ旦那様方ドミナエに話を聞いてもらわなきゃいけねえんで、そんな風に旦那様方ドミナエを捕まえたら旦那様方ドミナエヘソ曲げちまって、きっと話なんか聞いてもらえなくなっちまいやすからねぇ。」


 明らかに見下したような物言いに『勇者団』は感情を昂らせる。


「おい! 馬鹿にしてんのか!?」

「無礼だぞNPCめ!!」

「捕まえられるだと!?

 やれるもんならやってみろ!!」


 単純な反応だ……クレーエはうんざりしたように溜息をつく。


「じゃあやってみますけど、アタシが旦那様方ドミナエを捕まえたら、ちゃんと話を聞いてくれるんですか?」


「くどいぞ!

 くだらないハッタリなんかかましてる暇があったら!?」


 ティフは最後に一言キメてクレーエに飛び掛かり、一気に形勢を逆転するつもりだったが、ティフがセリフを言い終える前に四人の足元からは魔法のいばらが飛び出していた。

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