第1161話 激突!『勇者団』VS盗賊団

統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



「う!?」

「お!?」

「あぁっ!?」


 『勇者団』ブレーブスの足元から地面を割って突然飛び出してきた魔法のいばらに四人は驚いた。『荊の磔刑』ソーン・バインド……敵を魔法の荊で拘束し、その棘で相手の魔力を奪い抵抗力を失わせる地属性の魔法である。四人のうちティフ以外の三人にとって初めての魔法だったし、ティフにしてもまさかクレーエが魔法を使うとは思ってもみなかったので完全に油断していた。いや、過去に『荊の磔刑』を受けたことがあるからこそ、身体が硬直して上手く反応できなかったのかもしれない。

 口角を引きつらせて『勇者団』を見下ろすクレーエの視線の先で、四人を拘束するはずだった魔法の荊のうちティフ、スワッグ、そしてデファーグに襲い掛かったものは、その身体に触れた途端に激しく弾かれて霧散してしまった。


「!?」


「なんだ!?」

「え!?」

「!」


 三人が『荊の磔刑』による拘束を免れたことにクレーエは驚いたが、しかし当の三人も何が起こったのか理解できずに驚き、困惑する。が、ティフはいち早く何が起きたのかに気づいた。彼ら『勇者団』のハーフエルフとヒトの武器攻撃職だけがペイトウィンから貸し与えられていた魔導具マジック・アイテム『地母神の御守』タリスマン・オブ・ガイアズ・プロテクションの効果により『荊の磔刑』が弾かれてしまったのだ。


 今の……クレーエアイツが魔法を使った!?


 ティフがクレーエを改めて見上げると、その左手には先ほどまで腰に差してあった例の《森の精霊ドライアド》から貰ったワンドが握られている。


「なるほど、ソイツがお前の切り札だったのか?」


 どうやら《森の精霊》から貰った杖はクレーエのようなNPC素人にも魔法を使えるようにする効果があるらしいと看破したティフは改めて手に持った舶刀カットラスを突き付ける。


「生憎だったな。

 俺たちにその魔法は効かんぞ?

 地属性の魔法を防ぐ魔導具マジック・アイテムを装備してるからな。」


 クレーエの手の内を見切ったと確信したティフは高らかに宣言した。


 おいおい、マジかよ!?……アテが外れて焦るクレーエの頭に幼い声が響いた。


『大丈夫だ大きいヒト!

 《森の精霊ドライアド》様から魔力を貰えているから、あんな奴らボクでも勝てる。』


 『荊の磔刑』を使ったのはクレーエではなく、《森の精霊》がクレーエに付けてくれた《木の小人バウムツヴェルク》だった。《木の小人》は精霊エレメンタルとしては小さな存在で魔力に乏しく、本来ならば魔法を使うことなどほとんどできない。だがこのブルグトアドルフの森の近くならば、『癒しの女神の杖』ワンド・オブ・パナケイアを通じて《森の精霊》から魔力を分けてもらうことで魔法を使うことができる。同じことはクレーエにも出来るが、魔法の素養の無いクレーエがやるよりは《木の小人》がやった方が効率よく上手くやれるだろうということで、今は《木の小人》にサポートを任せていたのだ。現に先ほどの『荊の磔刑』でもクレーエは一切詠唱をしていない。


クレーエヤツを捕まえろ!

 まだ聞くことがあるから殺すなよ!?」


 ティフが叫び、スワッグとデファーグがそれぞれ飛び出した。


 頼むぜ相棒……


『任せて!』


 相棒と呼ばれたのがうれしかったのか、クレーエの頭の中に響く《木の小人》の声が弾んで聞こえる。次の瞬間、クレーエと『勇者団』の間の地面が爆発でもしたかのような勢いで盛り上がった。


「むっ!?」

「うおっ!?」

「クソッ!?」


 ティフ達が銘々に驚きの声をあげる。敵と味方の間の地面を盛り上げて土塁を造る魔法『地の防壁』アース・ウォールだ。仲間に命令を発したせいで飛び出すのが遅れたティフの姿は『地の防壁』の向こうに隠れてしまう。ではティフよりもいち早く飛び出していたスワッグとデファーグはというと、突然盛り上がった地面によって空高く跳ね飛ばされていた。


「うっ、お、おお、お!?」

「く、クソッ!?」


 突然空高く跳ね飛ばされてしまった彼らは身動きが取れず、自分自身の軌道から自分が着地するであろう場所を探し始める。だが、彼らが未来の着地点を予想するよりも前に、次なる手が襲い掛かってきた。


「あっ!?」


 魔法『地の防壁』によって地面から盛り上がった土塁の上から幾筋もの太いつたが空中で藻掻くスワッグとデファーグに向かって伸び始めた。


「なんだっ、コイツっ!?」


 デファーグは愛剣ティルヴィングによって自らの身体に絡みつこうとする蔦を斬り払う。だが、デファーグのように剣を持たないスワッグに同じ真似は出来なかった。いくらガントレットで固めていたとはいえ拳では蔦は払えない。それどころは繰り出した拳を逆に絡めとられ、あっという間に拘束されてしまう。


「あああ、クソッ! くそぉぉぉぉっ!!!」


 スワッグにはその魔法に覚えがあった。一昨日の夜、ブルグトアドルフの森の中で不覚にも捕えられてしまった時と全く同じものだったからだ。


「スワッグ!!」


 成す術もなく魔法の蔦に絡めとられ、情けない悲鳴を上げるスワッグに気づいたデファーグが呼びかけるが、その時にはスワッグは蔦によってがんじがらめにされて見えなくなってしまっていた。しかし、そのデファーグも安心はしていられない。デファーグがおそらく自分が着地するであろう未来位置に視線を移した時、そこには一体のマッド・ゴーレムが立って見上げており、しかもその足元には先ほどまでは無かったはずの穴が開いていたからだ。


「え!? あ、ああああああっ!?」


 人間は空中では身動きなどとれない。空中に放り投げられた人間は、放物線を描いて飛ぶ自分の飛行コースを簡単には変えられない。おまけにティルヴィングを振って自分に絡みつこうとする魔法の蔦を無理やり斬り払ったデファーグは空中での姿勢も崩してしまっていた。一度は山荘の屋根ほどの高さまで飛ばされていたデファーグは何もできないまま、おそらくは受け身も取れないであろう姿勢のまま地面に開けられた穴へ飛び込んでいった。


「ぶはぁっ!?」


 案の定、穴の底で受け身も取れなかったデファーグは激しい衝撃で、うめき声にも聞こえるような息を吹き出し、そのまま気を失ってしまう。そしてデファーグを飲み込んだその穴に、マッド・ゴーレムが上から容赦なくドスンと飛び込み、穴に蓋をしてしまうのだった。


「スワッグ! スワーッグ!!」


 一人無事だったティフがスワッグを救出しようと土塁の上によじ登った時、既に勝負はついていた。ティフは何とかスワッグを助けようとスワッグを捕えた蔦に舶刀で切りつけたが、人の腕ほどもある蔦は刀などでは容易には両断することなどできず、表面をいたずらに傷つけることしかできない。そのうちに蔦同士が絡まり自ずから編みあがっていくことで巨人の姿をかたどった《藤人形ウィッカーマン》は、その太い腕でティフの身体を薙ぎ払った。


「ぶふぁあっ!?」


 ティフは土塁の上から振り落とされ、地面に身を躍らせる。辛うじて受け身をとったが数メートルの高さから叩き落とされてノーダメージでいられるわけもなく、ティフはしばらく全身を襲う鈍い痛みに耐えかねて呻き悶えた。


 クハァッ……何が……何が起こった!?

 全身が……痛い……息が……ハァァッ……クソッ……

 大丈夫だ、まだ、痛いだけだ。骨は折れてない……


 ヒトより体重の軽いハーフエルフは落下の衝撃に対して意外と耐性がある。落ちた高さといい地面に叩きつけられた速度といい、常人ならば致命傷を負ってもおかしくないほどの衝撃だったし、現にティフは全身を襲う痛みに悶絶してしまってはいたが、咄嗟に受け身をとることが出来ていたおかげか打撲だけで済んでいた。戦闘は続行可能だ。

 しかしティフが何とか気力を振り絞って起き上がろうとした時、既に彼の周囲には銃を持った盗賊たちが駆け寄っており、一斉に銃を突き付けていた。


「う、動かねぇでくだせぇ、ティフ様ドミヌス・ブルーボー


 盗賊は少し震えていたが、目はしっかりとティフを見据えており、引き金トリガーには指がかかっている。もしかしたらティフが全力で逃れようとすれば今からでも逃れられるかもしれないが、弾が込められ、撃鉄ハンマーの引き起こされた銃を持つ人間に、下手にちょっかいを出せばいつ暴発してもおかしくない。その時、被害を被るのは他でもないティフ自身だ。それに、ティフは握っていたはずの舶刀を受け身をとった瞬間に手放してしまっていた。

 せめてどうにかならないかとティフは救いを求めるようにソファーキングが居るはずの場所を見たが、そこに見えたのは『荊の磔刑』で拘束されて身動きの取れなくなったままのソファーキングの姿だった。

 ティフは地面に仰向けになったまま脱力させ、両手をあげた。

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