第1162話 脆さの理由
統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『
クレーエにとっても、彼と行動を共にしている盗賊たちにとっても、それはあまりにも呆気なく終わってしまった。突然、轟音と共に目の前にできた見上げるほどの土塁がゆっくりと元通りの平らな地面に戻っていく。クレーエから向かって左手には、土塁の上あたりから突然生えた木のお化けみたいなのがいて、その腹からスワッグの手や足が生えてぶらぶらしている。逆に右手の方には、昨夜森の中で見たのと同じマッド・ゴーレムの上半身が地面から生えている。下半身は地面に開いた穴に
おいおい、大丈夫なのかよ?
『大丈夫だ、大きいヒト。
誰も死んでない。
アイツ等ちゃんと殺さずに捕まえた。』
頭に響く《
ソファーキングは立ったまま魔法の
すげぇな……
『ふふん♪』
クレーエが素直に感心すると《木の小人》が上機嫌になっているのが伝わって来る。あれだけ盗賊たちが恐れた『勇者団』は誰もが想像もしていなかったほど短時間で簡単に取り押さえられてしまった。あまりにも呆気なさ過ぎて『勇者団』が動いた瞬間、一瞬でも身構えてしまった自分が恥ずかしくなるくらいだ。
まだ目の前で起こったことが信じられないくらいだが、しかし呆けていられるわけでもない。クレーエは呆れを隠すこともなく首を振りながら、山荘の玄関前からティフが倒れている方へ歩き出した。
盗賊たちはクレーエを含め『勇者団』がどれだけ強いか知っている。実際に戦い敗れて軍門に降った者もいるし、クレーエのように直接は戦わなかったが『勇者団』が他の盗賊を攻撃するのを見た事があるだけの者もいた。
ティフはアサシンらしく姿を捕えさせない。目の前にいたと思ったら次の瞬間には姿を消し、気が付けば誰かが切り殺されている。目にもとまらぬほど速く、そしてトリッキーな動きで盗賊たちを
スワッグもまた異常に素早く、こちらの攻撃を信じられないほど巧みに掻い潜って懐に踏み込み、致命的どころかオーバーキルな一撃を繰り出してくる。武器を使わずに拳で殴り、あるいは足で蹴るなどしてくるくせに、下手な武器の一撃よりもずっと威力が大きい。体格は小さいくせにその一撃一撃の重さはまるで石切り場で岩石を砕く大槌のようだ。
ソファーキングの魔法は大砲や投擲爆弾にも引けをとらない威力だ。実際、クレーエは『勇者団』から逃げようとした盗賊がソファーキングの魔法によって隠れた納屋ごと吹き飛ばされるのを見たことがある。
そしてデファーグ・エッジロード……
しかし、蓋を開けてみれば何とやら……四人が四人とも、その実力を発揮する間もなく戦闘不能に陥ってしまった。これは
ムセイオンに収容されている
剣術や格闘術といった魔力を持たない一般人でも出来る戦い方についてはおおむね問題ない訓練が出来ていると言えるだろう。剣術や武術なんかで実戦に近い訓練が行えるのは手加減をすることができるからだ。たとえば剣術なら真剣ではなく当たっても怪我をしないような木剣などを使ったり、あるいは攻撃を互いに寸止めにしたりといった方法で安全に実戦を再現することが可能だ。しかし魔法はそうはいかない。
魔法は一般に魔力を精霊に献じて何らかの現象を引き起こすものだ。火の玉を創り出して敵にぶつける魔法を戦闘に用いるとして、その訓練はというとただ的に向かって魔法を撃つだけになってしまう。同じ魔法を繰り返し撃つことでイメージを固めていけば、そのうち深く精神を集中しなくても反射的に魔法を撃つことができるようになる。そして自分の中に魔法を撃ちだすプロセスをルーチン化していくことで、効率化が進み、高い威力の魔法を短時間で正確に撃ち出すことを可能としていくというものだ。
ではその魔法を剣術や格闘技のように実戦形式で訓練できるかというと出来ない。魔法には木剣に相当するような当たってもダメージを及ぼさないようにする手段もなければ、寸止めにすることもできないからだ。全くできないというわけではもちろんないが、しかし前述のように反復して火の玉を撃ちだす訓練を続けてやっと自分の中でルーチン化が出来たというのに、相手にダメージを与えない訓練用の魔法なんてものを覚えたら、せっかく自分の中でルーチン化した本来の攻撃用の魔法の練度が下がってしまう。訓練がかえってマイナスに作用してしまう。
このため、魔法を撃ちあうような対戦形式の訓練はムセイオンでは行われないし、むしろ禁じられている。魔法を使える彼らは一人一人が世界にとって貴重な人材であり、不用意なことで怪我などさせるわけにはいかないからだ。
結果、攻撃魔法の訓練はただ的に向かって撃つだけ、防御魔法の訓練もただ結界や
彼らムセイオンの聖貴族にとって数少ない実戦に近い戦闘訓練は動物相手の狩りか、大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフが所有するダンジョンでのモンスター相手の戦闘しかない。動物は魔法なんか撃ってこないし、ダンジョンのモンスターも、
ゆえに『勇者団』の戦い方も、圧倒的な攻撃力で一般人を一方的に翻弄するという単調なものでしかなかった。魔力で強化した肉体と魔法の力は、彼らから戦術の必要性を奪っていたのだから、戦い方に関する彼らの関心は「いかに(かっこよく)勝つか」のみになってしまっていたのも当然だったと言えよう。そんな彼らが魔法を駆使する敵とぶつかれば、勝てる道理など最初から無かったのである。
本来防御魔法のはずの《
ティフ達からすればペテンにかけられたようにしか思えない。盗賊たちだって『勇者団』に狩られた時は、同じように思ったのだ。実際、クレーエがティフの近くまで歩み寄り、両手をあげるポーズをとったまま地面に
それを見下ろしながらクレーエは溜息交じりに尋ねる。
「
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