第1163話 逆尋問?

統一歴九十九年五月十日、午後 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



「お前、いつの間にこんなに魔法を使えるようになった?

 それとも実力を隠してたのか?」


 フーッと長い溜息の後にティフの吐いた言葉は、そしてその態度は、とてもではないが降参を余儀なくされた敗者のものとは思えなかった。ふてぶてしく反抗的な態度はまるで状況を分かっていないかのようだが、その実は先ほど地面に叩きつけられた時の痛みを隠すための虚勢でしかない。だがそうした態度はこういう状況では決して褒められるようなものではなかった。もしもティフが只の普通の人間で見た目通りの少年なら、今頃盗賊たちに袋叩きにされていたことだろう。見た者にはただ単に生意気だとしか感じないだろうからだ。

 しかし幸運な事にクレーエも盗賊たちもティフが只の少年ではないことを既に知っていたし、何よりもクレーエがティフの虚勢とその理由とを見抜くことが出来ていた。クレーエはティフの見せた根性に半ば感心し、半ば呆れながら眉を持ち上げ、鼻で笑うのを辛うじて堪える。


「たしかにアタシの実力を見せたこたぁありませんでしたがね、別に隠してたってわけでもありやせんよ。

 アタシの実力なんざ旦那様方ドミナエに自慢できるほどのモンでもありやせんからね。」


 ティフ達が攻撃を始める前まではたしかにクレーエの態度には多少なりとも緊張がにじんでいた。常人を凌駕りょうがする戦闘力を誇る『勇者団』ブレーブスの機嫌を損ね、それでも逃げず譲らずにいなければならなかったのだから無理もあるまい。しかし、今のクレーエの態度からはそうした緊張感は感じられない。それを勝者の余裕と見做みなすのは、無様に敗れたティフのひがみでしかないのだろう。クレーエ自身は別に勝利を誇っているわけではなく、ただ単に無事に難局を乗り越えられたことに安堵しているに過ぎなかったからだ。


「クッ……謙遜するな。

 《森の精霊ドライアド》様から貰ったを使ったからって、あれだけ上手く魔法を使いこなすことなんて出来ない。」


「そんなもんですか?」


「剣だって同じだろう?

 手に持てば誰だって人を傷つけることはできる。

 だが、使いこなして戦って勝利するには鍛錬が必要だ。

 素人が剣を手にしたところで、戦いになるわけがない。」


「なるほどねぇ」


 チッ……盗賊たちの耳に入らない程度に小さく舌打ちし、ティフは地面に頭を預けると、目を閉じてフーッと息を吐く。身体の痛み、今まで見下していたNPCの盗賊に敗れて降参させられた屈辱、そして地面に仰向けになったままクレーエを見上げるために地面から頭を浮かし続けることに首が疲れた事もその理由である。

 ティフの態度は盗賊たちを不快にさせても仕方のないものだったが、しかしクレーエは特に気にしてはいなかった。それは少年が悔しさに堪えながら己の敗北や失敗を受け入れる努力をしている時に露わにしてしまう態度と同じだったからだ。ティフが少年の見た目をしていることも、そしてこれまでの『勇者団』の言動から彼らの精神年齢が見た目通りの幼いものであることが盗賊たちに既に知られていることも、クレーエたちに多少の寛容をもたらしていたのかもしれない。もっとも、今のティフの頭に反省などという殊勝しゅしょうな考えは無かったが……。


「しかし、謙遜なんか別にしちゃぁいねぇですよ。

 たしかにのおかげで多少は魔法って奴を使えちゃいますがね。」


 クレーエが右手で顎をさすりながら左手に持ったワンドを小さく振りながら言うと、ティフは目を開けてクレーエを見た。不貞腐れているような表情のままだが、睨んでいるというわけではない。そのクレーエにティフは小さく笑う。


「今のはアタシじゃねぇもんで。」


「……なんだと?」


 ティフは訝しむように眉を寄せると、少し離れたところで《蔦の磔刑ソーン・バインド》で拘束されたままのソファーキングが呻くように告げた。


ティフブルーボール様、さっきの魔法はクレーエソイツじゃありません。

 精霊エレメンタルです。

 クレーエソイツ精霊エレメンタルが力を貸してる。」


「何ッ!?」


 驚いたティフは目を見開いてソファーキングを見、その後すぐに視線をクレーエに戻す。同じく一度ソファーキングを見、ティフに視線を戻したクレーエはティフと目が合うと両眉を持ち上げて「まぁね」と言うように小さく笑う。


「さすがはゲイマーガメルの血を引く聖貴族コンセクラトゥス様だ。

 ご賢察の通り、さっきのぁ精霊エレメンタル様の魔法でさぁ。」


 クレーエは今度こそ自慢するかのようにせせら笑った。


「ド、《森の精霊ドライアド》様か!?」


 いつかの《森の精霊》を思い出したティフは表情を消し、あげていた手を降ろして上体を起こしながら訊くと、驚いた盗賊たちが改めて銃を構えなおす。不満げに背中を地面に預け、手を挙げなおすティフを見ながらクレーエは盗賊たちを手で制しつつ答えた。


「《森の精霊ドライアド》様も御力を御貸しくださっちゃいやすがね。」


 クレーエが途中まで答えたところでソファーキングが他人のズルを告げ口するかのように割り込む。


クレーエコイツから精霊エレメンタルの気配がします!

 クレーエコイツに、何か精霊エレメンタルが憑いてるんだ!」


 他人の話の途中で割り込んでくる無礼を働いたソファーキングにクレーエは呆れて苦笑いを浮かべたが、クレーエがそれ以上の反応を示す前にティフはクレーエを問い詰める。


「どうなんだ!?」


 やれやれ……これじゃどっちが降参したんだか分からんな……


 思わず笑みを消したクレーエがソファーキングから視線をティフに戻すと、ティフはまた仰向けで両手をあげる姿勢に戻りながら口をへの字に結ぶ。


「おっしゃる通り、《木の小人バウムツヴェルク》ってぇ精霊エレメンタル様の御加護でさぁ」


「……知らないな、そんなの……」


 ティフが面白くなさそうにそう言うと、クレーエの頭の中の《木の小人》のイメージがムスッと不機嫌そうに腕組みした。


「《地の小人ノーム》の御親戚みたいな精霊エレメンタルだそうですよ。

 本来、大した力のない精霊エレメンタルだそうですが、アタシにとっちゃ守護天使みたいなもんでさぁ。

 御存知ないというのならまあ、今度から覚えるんですな。」


 小さな相棒の誇りを傷つけられたクレーエはわざとティフのプライドをチクリと刺激する。それに反発するように、ティフは不満を露わにした。


「お前は! お前は一般人NPCの癖に二柱もの精霊エレメンタルから加護を貰えているのか!?

 しかもあれだけ魔法を使う精霊エレメンタルから!?

 何で今までその力を隠してたんだ!!」


 そんなの不公平だ! 理不尽だ!! ティフはそう言いたそうだった。実際彼はそれに近いことを考えていただろう。


「あいにくと!」


 いい加減、子供のイヤイヤの相手を続けることに限界を感じ始めていたクレーエは少し語気を強めた。ティフとソファーキングがビクッとしてクレーエを見る。


「《森の精霊ドライアド》様とお会いしたのは以前、ティフ様ドミヌス・ブルーボーと森へ入った時が初めてでさぁ。

 んで、《木の小人バウムツヴェルク》はその《森の精霊ドライアド》様がつい昨日、アタシにつけて下すったばかりでしてね。」


 クレーエは困ったなぁと言いたげではあるが、しかしティフたちの目には今度こそ本当に勝ち誇っているようにも見えた。本意ではない……それなのに他人には受けられない特別な恩恵を受けている。卑怯なことをしているわけではないと言い訳しながら自慢をされているような、そんな神経を逆撫でするようなクレーエの態度にティフはギリッと歯ぎしりする。


「なんで……なんでお前ばっかり精霊エレメンタル様の加護が貰えるんだよ!?」


 その声に驚いた盗賊たちは改めてティフに銃口を向けたままの銃を構えなおした。が、ティフは今度は盗賊たちのそうした動きには気づかない。あるいは気づいていても無視しているのか、ともかくこれまでのように仰向けで手をあげなおすことはしなかった。

 そんなティフを見下ろしながらクレーエは、片眉だけヒョイと持ち上げて口をわずかに尖らせると、フンッと小さく鼻を鳴らした。


「その辺も含めて、落ち着いてお話したいんですがね。

 このままそうやって地面に寝転がったままお聞きになりやすか?」

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