第1230話 魔物呼びの笛(1)
統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/
ティフ・ブルーボールとスワッグ・リーは共に並んで荷馬車の前を進んでいた。二人は元々荷馬車を曳いていた馬と自分たちが乗っていた馬を交換している。荷馬車を曳いていた馬は既に疲れているから、このまま荷馬車を無理に曳かせていてはもしもダイアウルフと遭遇した時に逃げられない可能性が高かったからだ。
ティフ達の馬はシュバルツゼーブルグからずっと乗りっぱなしだったので、荷馬車などは曳いていなかったとはいえそれなりに疲れていたが、回復魔法や支援魔法を使っていたので、
ではティフ達が乗っている馬はイザという時に役に立てないかというとそうでもない。彼らは彼らで荷馬車のNPCたちの目を盗んで魔法を使って強化と回復とを施している。さらに暗視魔法もかけてやっていたから、並の馬よりずっと夜目が利くはずだ。仮にレーマ軍の騎兵と追いかけっこをしても逃げ切ることが可能だろう。
そのことを知らないNPCの牧師や修道女はもしもダイアウルフが出た時にティフ達が逃げられないのではないかと随分心配してくれたが、ティフは二人を安心させるためにダイアウルフに対する有効な手段を持っていると
「
「ん、何だ?」
「さっき、NPCどもに見せてらした笛って『
あれってダイアウルフにも効果があったんですか?」
『魔物呼びの笛』は文字通り吹くことで魔物を呼び寄せる笛、『魔物除けの笛』は逆に魔物を追い払う笛である。ティフが牧師に説明したように口で息を吹き込んでも音はならない。だが人間の耳に聞こえないというだけで、人間以外の耳には聞こえる……
それだけなら犬笛と同じだが、この魔導具は超音波に魔力を乗せることで魔物に対して効果を発揮する。『魔物呼びの笛』ならば魔物を引き寄せるように、『魔物除けの笛』ならば魔物を不快にさせて追い払うように作用するわけだが、どちらも絶対的な効果をもたらすわけではない。『魔物呼びの笛』はあくまでも魔物の興味を惹いて
ティフはレベル上げのためにコレを何度も利用していた。スワッグもそうした場面に居合わせたことがあり、使うところを見た事もあったしその恩恵にもあずかっている。
ティフはスワッグの質問にフフンと笑った。
「さぁな、試したことは無い」
そもそもティフ達は生きているダイアウルフを目の当たりにしたことは無いのだ。ダイアウルフのことは本で見て知っている程度である。
スワッグは「なぁんだ」と呆れて見せた。
「ハッタリだったんですか?
てっきりダイアウルフにも効くかと思った……」
『魔物呼びの笛』も『魔物除けの笛』も超音波に魔力を乗せて魔物に作用させる魔導具である。超音波は魔力を伝達させるための媒体であって、超音波が直接魔物に作用するわけではない。魔物は魔力が乗った超音波に反応するわけではなく、超音波に乗って伝わって来る魔力の波動に反応するのだ。聴覚ではなく、魔力を感じる第六感のような感覚器に作用するため、耳の聞こえない魔物でも反応するし、超音波を聞き取る聴覚を持っていても魔力を感じることができない動物ならば反応はしないこともある。実際、超音波が聞こえないはずのヒトでも、魔力を感じることができる神官ならば笛に気づくことができるのだ。
「分からないぞ?
『魔物呼びの笛』で犬や動物が来ることもあるんだ。
ダイアウルフにだって利くかもしれない」
スワッグがチラリと見るとティフの顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。多分、自分自身本気でそんなこと思ってるわけではないのだ。
「それって、笛の超音波に反応しただけでしょ?
魔力じゃなくて……」
スワッグはムセイオンに居た獣人たちを思い出して笑いながら答えた。それは魔力の無い獣人だったが、耳は良くて人間には聞こえない超音波を聞き取ることができたので、近くで『魔物呼びの笛』や『魔物除けの笛』を吹くと耳を抑えて嫌そうな顔をしていた。
これは魔物を呼んだり追い払ったりする魔法の笛だぞ!? この笛に反応するってことはお前ら獣人はやっぱり魔物なんだ! ……などと
スワッグが知っている騒動はその時の一度きりだが、同様の事件は十数年に一度ぐらいの間隔で繰り返されるものらしく、ティフは同じ騒動に加わったのが三回目だったとかで随分こっぴどく叱られていたのをスワッグは憶えていた。
ティフもそのことを思い出したのかもしれない。浮かべていた笑みを少し苦味のあるものに変え、胸元から笛を引っ張り出してそれを眺めた。
「それでも『効いた』ってことには変わらないだろ?」
月の光を受けてキラキラ輝くそれは、おそらく暗視魔法を使って無くても目立って見えた事だろう。手元にあるそれを見つめるティフの目は、どこか遠くを見ているかのようだ。その様子を眺めながらスワッグはふと思いついたことを口にした。
「……それって、《
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