第1229話 ソファーキングの不満

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス街道/西山地ヴェストリヒバーグ



 御者は少年たちから借りた馬を荷馬車に繋ぎ、それまで荷馬車に繋がれていた馬を少年たちに代わりに渡した。薄暗い中、御者は苦労して馬を荷馬車に繋いだのだが、少年たちはこの暗さをものともせず手際よく馬具を取り付け、御者たちを待たせることなく出発の準備を整えてしまう。メルキオルと修道女、御者そして少年たちが出立したのは、食堂で彼らが出会ってから一時間も経つ前の事だった。

 街道上にはすでに行きかう荷馬車の姿は無い。山荘グルグスティウムに入る前はまだ赤みを残していた空も、今はすっかり青白く輝く星々に支配されている。吐く息が白く見えるのは、月の光の冷たさのせいばかりではなかった。

 麓でさえ朝方は氷が張る寒さ。山の上ともなれば冷え込み様は既に真冬である。雪が降ってないのが不思議なくらいだが、実は時折粉雪が舞うくらいは既にしていた。同じ西山地の山々でも峠よりもさらに標高の高い西側の尾根は、先週あたりから白く染まりはじめている。その積雪部分が下がり始め、街道の雪が日中を通して溶け無くなれば、春まで街道は封鎖されることになるだろう。それは来週かもしれないし、月末かもしれない。逆に明日、そうなってしまうかもしれない。

 例年ならばそうなる前に街道を封鎖してしまうのだが、今年はハン支援軍アウクシリア・ハンの叛乱で被害を受けたアルトリウシアへ救難物資を運び込むため、封鎖はギリギリまで待つことになっていた。


 凍える様な寒風吹きすさぶ夜の街道を、四騎の騎馬と一台の二頭立て馬車が進む。序列は先頭に騎馬二騎、荷馬車、騎馬二騎の順である。騎馬が荷馬車を囲んで守る形だ。


デファーグエッジロード様」


 荷馬車の後ろでデファーグ・エッジロードと共に後衛を務めるソファーキング・エディブルスが呼びかけると、デファーグはどこか気の抜けた返事を返した。


「ん?」


ティフブルーボール様は何をお考えなのでしょうか?」


 ソファーキングはこの時点でも今の状況に納得がいっていない様子だった。

 彼らはこれからグナエウス砦へ向かう……それはいい。元々そのつもりだったのだ。《地の精霊アース・エレメンタル》や《地の精霊》を使役しているとおぼしきルクレティア・スパルタカシアとも交渉もしなければならないし、連れ去られたペイトウィンの安否を確認しなければならなかった。それらが無かったとしてもペトミー・フーマンやファドとの合流もしなければならないのだからグナエウス砦を目指すのは理解できる。だが、だからといって何でNPCに関わるのか……ソファーキングにはそれが分からなかった。

 彼ら、ゲーマーの血を引く聖貴族にとって、特に『勇者団』ブレーブスにとってNPCは実に不愉快な存在だ。聖貴族よりあらゆる点で劣るくせに尊大に振る舞う。色々と面倒な理屈をこねて聖貴族のやろうとすることを邪魔する。聖貴族を利用しようとしたり、聖貴族の財産を騙し取ろうとする。そして彼らの父祖たるゲーマーたちを、大戦争を引き起こし拡大させた悪人のように罵るのだ。

 現に今朝も不愉快なNPCがティフを騙し、金を巻き上げたうえで馬泥棒の濡れ衣を着せ、『勇者団』をシュバルツゼーブルグに居られなくしたばかりではないか!

 降臨を成し遂げ、彼らの父祖であるゲーマーたちを再臨させ、父祖との再会を果たすとともに世界中のNPCたちを見返してやる‥‥‥それが彼ら『勇者団』の今回の旅の目的だったはずだ。少なくともソファーキングはそう認識している。つまりNPCは潜在的な敵なのだ。

 だというのにティフときたら、今朝NPC商人に騙されたことも忘れたかのようにあの貧相なランツクネヒト族の御者に自ら親し気に声をかけ、馬を提供したうえに護衛まで申し出てグナエウス砦までの動向を申し出たのだ。


 ティフブルーボール様はハーフエルフの中でも一番のNPC嫌いじゃなかったのか!?


 ソファーキングは何度考えても納得できなかった。そのソファーキングにデファーグは気のない返事を返す。


「さぁなあ~……」


 デファーグ自身には他の『勇者団』メンバーのようなNPCに対する嫌悪感は無い。彼はハーフエルフには珍しく、育ての親には恵まれていたのだ。

 《竜喰いドラゴンイーター》……それが彼の育ての親ゴルドが持っていた異名だった。デファーグの父デファーク・エッジロードの供回りをしていたゴルドはある冒険でデファークが倒したドラゴンの血を浴びてしまい、まるでゲーマーのような頑強な身体と高い戦闘力を得た。それにより《竜喰い》の称号を得てデファークの忠実なる家来としてデファークと共に栄光の時を生きることとなる。だが栄光はそれほど長く続かなかった。デファークが《暗黒騎士ダーク・ナイト》に討たれてしまったのだ。

 たまたま別命を受けて主君の元より離れていたゴルドは幸か不幸か難を逃れ、大戦争を生き延びてしまう。主君を失ったゴルドは悲しみに打ちひしがれ、喪に服したまま隠遁いんとんしてしまうのだが、戦後に主君の忘れ形見デファーグが生まれたと知るや駆け付け、デファーグを守護しつつ新たな主君とし忠節を捧げ続けたのだった。

 ハイエルフと供に冒険を重ねたゴルドはその息子から何かを奪おうとはしなかった。騙そうともしなかった。ただ、自らに栄光の人生を与えてくれた主君デファークへの恩を、その忘れ形見へと返し続けた。そしてデファーグに不届き者が寄るのを事あるごとに阻み続けた。デファーグにとって《竜喰い》ゴルドは第二の父であり、剣の師匠であり、人生の目標でありつづけた。

 百歳を超えてなお歴戦の老騎士といった佇まいでデファーグを守り育て続けたゴルドは、十年ほど前に病を得て没している。ドラゴンの血の影響か、ゲーマーの血を引く聖貴族たちと同様に常人の倍以上生き、死ぬ間際でも風貌はせいぜい初老といったところだった。残念ながら二代目竜喰いは父ほどの人格者ではなく、むしろ父の愛情を奪ったデファーグに憎悪に近い感情を抱いていた。愛すべき育ての親の息子との関係に苦しんだデファーグは、そこから逃れるために『勇者団』へ加わって今に至っている。


 NPCに対して特別嫌悪感を抱かないデファーグにとって『勇者団』メンバーのNPC嫌悪は好ましいものではなかった。それぞれの事情を知っているがゆえに、強くいさめることもとがめることも出来なかったが、何とかなればよいのにとは思い続けていた。

 その彼の目の前でティフが困っているNPCに自ら声をかけ、助けようとするのは良いことのように思えた。だが同時に、ティフがNPCに安易に声をかけるはずはないとも知っていたので、何か良からぬことを考えているのではないかという不安も抱いていた。しかし、何を考えてのことかはデファーグにも分からない。


「俺にもよくわからんが、ティフにはティフの考えがあるんだろう」


 良からぬことを企んでいるのではと不安には思っていても、仲間のことは疑いたいとは思わない。一応、ティフがやっていることは“善行”そのものだ。それを証拠も無しに「悪いことを考えてないか!?」などと追及するわけにはいかないだろう。今は信じて見守ってやるしかない……それがデファーグがつむいだ言葉の根源にある。

 しかしソファーキングはそこまでは想像が及ばない。


 デファーグこの方はやはりあまり考えるのが得意ではないのか……

 剣術以外のことは分からんと常日頃言っておられるのも、謙遜けんそんじゃなかったってことなのかな……


 一人勝手に失望し、人知れず溜息をつく。


「いいんですかね、このままで……

 このまま行ったらグナエウス砦フォート・グナエウスです。

 《地の精霊アース・エレメンタル》が居るんですよ?

 下手に近づいたら俺たち絶対に見つかります。

 ほら、なんだか地属性の魔力が強くなってきた感じだ……

 もう見つかってるかもしれない。

 もし《地の精霊アース・エレメンタル》が何か仕掛けてきたら……」


 このNPCどもを巻き込んでしまいませんか?……そう言葉を続けようとしてソファーキングは言葉を飲んだ。


 そうか、このNPCどもを人質か、盾に使うつもりなのか!?

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