マニウス要塞での事前会議
第1071話 出席の意向(1)
統一歴九十九年五月十一日、昼 ‐
先月来、土曜日のマニウス要塞は騒がしい。アイゼンファウスト地区の避難民を収容しているからというのもあるのだが、それは土曜に限らずいつものことだ。土曜日、それは
先月、
日曜礼拝のために侯爵家が一家そろってマニウス要塞へ毎週通うのは事実であったが、カールがマニウス要塞へ移ったのは叔父のアロイスに師事するためではなかった。降臨者リュウイチの“人質”となることでその加護を受け、その身体を犯していた病魔を取り除き、日の下へ出ることのできないアルビノという体質を克服するためであった。もちろんリュウイチの存在と降臨の事実は当面の間、秘匿されることになっていたため、カールがマニウス要塞へ移った理由は偽装されたものが発表されている。
通常、
ハン支援軍叛乱以降、侯爵家と子爵家への領民たちの人気はかつてないほど高まっている。理由は二つ……一つは叛乱事件の被害者たちの救済処置と復興事業である。
叛乱事件が起きて以来、侯爵家と子爵家は被災民の救済措置を次々と打ち出していた。家を失った被災者の大半を
あらゆる物価が高騰する中でも食料と建築資材の確保には特に注力され、一昨年の火山災害の際は多数の人々が飢えに苦しみ、命を落としていったにもかかわらず、今回は餓死者は出ていない。高騰する食料の中でも基本的な穀物等はいち早く配給制が導入され、被災者への炊き出しも毎日不足なく行われていたために、人々は飢えとは無縁でいることができていた。中には被災前より食料事情が良くなったという者もいたほどだった。これだけでも領主家の人気が高まるのは当然と言えるだろう。
もう一つの理由はハン支援軍討伐への期待である。
ある種の人たちは決して認めないが、戦争は娯楽の最たるものである。メディアというものが未発達で遠隔地への情報伝達手段が手紙と噂しかない社会では、自分自身が当事者ではない戦争は娯楽以外の何物でもなかった。噂で囁かれ、歌に歌われ、本や絵に描かれる戦争は人々の関心と注目を集める格好の題材であり、現実から
アルトリウシア領民にとって、ハン支援軍の叛乱に巻き込まれた被災者たちにとって、戦争は既に身近な不幸である。だが、ハン支援軍が起こした事件はまだ解決したわけではない。これから解決されるのだ。領民たちは不届きなハン支援軍の暴虐によって不幸を
エルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人もルキウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス子爵もそのことはよく理解していた。そして自分自身でも、それは成さねばならないと確信してもいる。世の人々の期待に応えること……それは貴族が貴族であるための条件だからだ。それを無視してはいかなる人物であろうと、どれほどの財貨を持とうと、貴族として人々の称賛と羨望を集める存在であり続けることは難しい。だが当人たちは今それどころではなかった。
領民たちの歓声を浴びながら要塞司令部の前で馬車から降り、
「リュウイチ様が!?」
アルトリウスが静かに首肯するのを見届けると、エルネスティーネはルキウスと目を見合わせた。リュウイチが彼らに報告と相談をしたいと言っているなどと聞かされれば、彼らの立場であれば身構えないわけにはいかないだろう。世界を破滅に導きかねない恐るべき力を持った
おそらく世界有数の資産家であり、貴重な
「リュウイチ様の御所望とあらば我らとしても
だが、今こうしてお前が私たちにそれを言うということはリュウイチ様はこの後の会議へ御臨席あそばされる御意向なのか?」
無言のまま互いに見つめ合っていたエルネスティーネとルキウスは期せずして同時に視線をアルトリウスに戻し、今度はルキウスがアルトリウスに尋ねる。
エルネスティーネもルキウスも、今日これからの会議の後でリュウイチと会う予定になっている。話したいことがあるならその場で良いはずだ。アルトリウスもそのことは承知している筈……それなのにアルトリウスがわざわざこのタイミングでリュウイチが報告と相談をしたがっているなどと言ってきたということは、今でなければならないということなのだろう。つまり、リュウイチはこれから開かれる会議の場で報告と相談をしたいと言っているのだろう。
「はい
リュウイチ様といたしましては、侯爵夫人と
そのためには、お二人と同時にお話しできる会議の場が好ましく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます