第233話 イェルナク追及

統一歴九十九年四月十九日、昼 ‐ セーヘイム迎賓館/アルトリウシア



「降臨者様の御引き渡し?」


 アルトリウスは辛うじてポーカーフェイスを保った。


「そうです。」


「どういうことかな?」


 イェルナクはアルトリウスが驚くでもなく呆れるでもなくいぶかしむでもなく、ただポーカーフェイスを保ったことで降臨者の存在を確信した。そして愛想笑いを大きくする。


「降臨者は滅亡の危機にある国や部族を救うために召喚されます。そして、このアルビオンニアで滅亡の危機にあるのは我らハン族のみでございます。

 つまり、降臨者は我らハン族を救うために降臨なされておりますので、我々のもとへ御引き渡し願いたいのです。」


 それまで前屈み気味だったイェルナクはまるでふんぞり返るように胸を張った。アルトリウスは目を閉じ、右手で右眉の上あたりをポリポリ掻きながら問いただす。


「待て待て待て、貴官イェルナクは何を言っておるのだ?

 降臨者様とは誰のことだ?」


 右眉を掻く姿勢のまま上目遣いでイェルナクを見ると、イェルナクは息を吐きながら伸びあがっていた姿勢を落とした。


「誰かはわかりません。」


 虚脱した表情でイェルナクが残念そうに言うと、アルトリウスは手を降ろし、かしげていた首を戻して眉を上げる。


「わからない?」


 アルトリウスのその小馬鹿にするような態度に一瞬ムッとしながらも、イェルナクは感情を押し殺して説明する。


「そうです。我らは降臨のための生贄にされました。

 しかし、降臨者は我々のもとに来る前に、何者かによって連れ去られたのです。」


 イェルナクが言っていることは嘘っぱちだ。メルクリウス団の陰謀など作り話でしかない・・・アルトリウスはそう確信してはいるが、降臨者の存在を絡められると下手に突っぱねることもできない。もしかしたら降臨者の存在が本当にバレていて、彼らはそれに絡めて自分たちが生き残るためのストーリーを組み立てて来ているのかもしれない。だとすれば、降臨者の情報を彼らがどうやって得たのかを知る必要がある。


「ふむ、話が見えんな。

 そもそも、貴官らはメルクリウス団と戦ったのだろう?」


「直接的には、ですな。

 見つけていればなんとしてでも捕縛したでありましょうが・・・」


 イェルナクはアルトリウスの目をジッと見据えたまま、残念そうに首を振った。


「で、降臨は起こった・・・そういうことか?」


「そういう事でしょう。」


「いつ、どこで?」


 彼らは本当に降臨の事実を知っているのか?知っていたとしたらがどこまで知っているのか?アルトリウスはそれを確かめるべく踏み込んだ。詳細を知らないのならば、具体的なことを訊けば適当にごまかすに違いない。この質問で答えずごまかすようなら、イェルナクは降臨の事実を知っているわけではなく、ハッタリをかましているだけだ。


「日付は四月十日でしょうな。時間まではわかりませんが・・・

 場所は、おそらくアルビオンニウムかと存じます。」


「アルビオンニウム!?」


 これにはアルトリウスも素直に驚いた。


「いかにも、もっともこれは推測ですが、確かであろうと確信しております。」


 イェルナクが確信を得たのは今だった。実際はアルビオンニウムが最も可能性が高いが、アルビオンニウムからアルトリウシアの航路上のどこかであろうという程度にしか考えてはいなかった。

 しかし、このアルトリウスの驚き様・・・アルトリウスは知っている。知っていて隠している・・・イェルナクはそう確信する。アルトリウスは当日アルビオンニウムへ行っていた。そのアルトリウスがアルビオンニウムで降臨が起こってないと思っているのなら、こういういかにも図星を突かれたかのような驚き方はしない。呆れるか困惑するかのどちらかであるはずだ。まだ断定まではできないが・・・。


「貴官らはアルビオンニウムへ誰か密偵でもやっていたのか?

 どうやってそれを確認した?」


 やはりだ。降臨が事実でないなら、降臨が事実であったとしてもそれを知らないのなら、こんな質問はしない。イェルナクは自信を深めた。


「密偵はやっておりません。すべては推測です。」


 アルトリウスはフゥと鼻を鳴らすと、身体から力を抜いた。


「それなら思い違いではないのかね?

 そもそも、何故アルビオンニウムなのだ?

 貴官の推測どおりハン族を助けるために降臨したというのなら、アルトリウシアに降臨しなければおかしいではないか?」


 イェルナクたちは降臨について知っているわけではない。知っているはずがない。しかし、何らかの断片的な情報から降臨が起こったらしい程度のことは予想しているようだ。いったい何を根拠にしてその推測を組み立てたのか・・・それが分かればまだ降臨者リュウイチを隠し通すことができるだろう。

 アルトリウスはイェルナクの話の不備を突いて、その根拠となる断片的な情報がどういうものか探ることにした。


「降臨の儀式をするのにアルビオンニウムでなければならない事情があったのでしょう。私も詳しくはないのでわかりませんが・・・」


「ふむ、ではその降臨者様は今どこでどうしておられるのだ?」


「アルトリウシアのどこかで、匿われておいでです。」


「それも推測なのか?」


「今もそうなのかと言われれば断言は致しかねます。

 ですが、一度アルトリウシアへお連れになられたことは確かです。」


「ほう?」


「そこから何処かへ移動された可能性は否定できません。

 ですが、その可能性は低いと考えます。」


「その可能性が低いと考える理由をお教え願えるかな?」


「降臨者様を匿いながらお運び申し上げるには、アルビオンニアの街道や街々は未発達で、高貴極まる降臨者様の御滞在に適した施設がありません。」


「ハハハ、手厳しいな。」


 それはアルトリウスらがリュウイチを陸路で運ぶことを断念した理由でもあった。アルビオンニアはまだまだ未発達であり、街道沿いの宿場町ですらろくに発達していない。現に、ハン族のせいで降臨者リュウイチの秘匿が難しくなるようならば他へ移そうかとアルトリウスも考えたが、同じ理由で即座に否定している。


「アルビオンニウムからアルトリウシアへお運びし、そこから更に何処かへお運び申し上げるとしたら南蛮方面でしょう。しかし、アルビオンニウムで降臨を起こしておきながら南蛮へお運びするのは無理があります。アルトリウシアなど中継せずに直接お運びする方が良い。

 かといって南蛮以外でアルビオンニアの外へお運びするとすればサウマンディアかチューア・・・どちらにしろ、お運びするならアルトリウシアを経由するわけがありません。直接行った方が早いですからな。

 ゆえに、アルトリウシアこそが降臨者を匿うためにお運びする目的地と断定せざるを得ません。ならば、アルトリウシアから他所へお運びするわけもない。」


 イェルナクは余裕の笑みを浮かべて得意げに説明した。


「ふむ、それはという条件付きで成立する推測ではないかな?」


「はい、その通りでございます閣下。」


「アルトリウシアへ降臨者様がお運びになられたというのは推測ではないのか?」


「それは事実です。」


「ほう・・・事実だという根拠はおありかな?」


「もちろんでございます閣下。

 我々はこの目で見ましたから。」


だと!?」


「ええ、見ました。」


「それは、いつ、どこで、何を見たというのだ?」


「四月の十日、アルトリウシア湾海上で、我らの『バランベル』号は『ナグルファル』号と交叉しました。その際、『ナグルファル』号に乗っていらっしゃるのを見たのです。」

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