第232話 イェルナクの要求

統一歴九十九年四月十九日、昼 - セーヘイム迎賓館/アルトリウシア



「それではイェルナク殿、軍使レガティオー・ミリタリスとしての用向きをうかがおうか?」


 セーヘイムの迎賓館ホスピティオに置かれた応接室タブリヌムで互いに円卓メンサをはさんで腰かけたアルトリウスとイェルナクの二人は一見和やかな雰囲気を作り出していた。二人の背後にはそれぞれ自身の副官が一名ずつ、そして部屋の四隅に互いの護衛が二人ずつ立っている。


「まずは今回のにつきまして、アルビオンニア領主、およびアルトリウシア領主、そしてアルトリウシア市民に対し、ハン支援軍アウクシリア・ハンを代表し謹んでお見舞いを申し上げます。」


 イェルナクは悲劇的な詩文でも朗読するかのように芝居がかった態度で言うと、胸に手を当て、アルトリウスに対して小さく頭を下げた。


アルトリウスが留守をしている間に、随分なことをしていただいたようですな?」


「まったく遺憾いかんに存じます。

 わが軍といたしましてはこのような犠牲を出さぬように最大限の努力を払いましたが、いかんせんわが軍は損耗激しく兵力の再編もままならぬゆえ、全軍でも大隊コホルスに届かぬ無勢。オクタル閣下をはじめ甚大な被害を出したにもかかわらずこのような不本意な結果しか出せませんでした。

 アルトリウシアの無辜むこの市民をことは、武人として悔やんでも悔やみきれるものではありません。」


 目を閉じ顔を伏せ、嘆き悲しむように首を横に振りながらイェルナクはそう言うと、今度は何かを思い出したように顔を上げ、同情するような表情を作ってアルトリウスを見据えてつづけた。


支援軍総司令プラエフェクトゥス・アウクシリィムズクならびにハン支援軍アウクシリア・ハンの全将兵は、今回のの犠牲となった不幸な人々に深く哀悼の意を表するものであります。」


「・・・今『市民を守り切れなった』と申されたか?」


「いかにも!」


 イェルナクは我が意を得たりとばかりに飛び上がるように大きな声で言うと、次の瞬間には再び悲劇を語る吟遊詩人のように続ける。


「オクタル閣下はハン族同胞はもとより、アルトリウシア市民たちをも守るべく奮戦し、尊い命を捧げられたのです。」


「貴軍は、何と戦ったというのだ?」


 何やら話がおかしい。またぞろ、適当なウソを重ねてごまかし、すべてをうやむやにしようというのだろうが、アルトリウスも立場上相手をしないわけにはいかない。いぶかしみつつアルトリウスが問いかけると、イェルナクはまるで子供に怪談でも語って聞かせる様に怯えたような表情を作って声を潜めた。


「その正体は分かりません。恐ろしい陰謀が牙を剥き、それに抗うべくわが軍は全力で戦いました。その陰謀に幾人かの市民が、そして恥ずかしながらわが軍の一部の将兵も巻き込まれており、わが軍はそれらと戦うことを余儀なくされたのです。」


「はて・・・我々は貴軍が叛乱を起こし、アルトリウシアから脱出したものと認識していたのだが?」


 イェルナクの馬鹿げた物言いに呆れたアルトリウスがそう言うと、イェルナクは飛び上がらんばかりに驚いてみせた。


「おお!なんという・・・ひどい誤解です。

 そのようなことがあるわけないではありませんか!

 我らはレーマ帝国に帰順し忠誠を誓った身ですぞ!?」


 ひときわ大きな声でそう訴えると、イェルナクは額に手を当てて嘆くように頭を振った。そして呆気にとられるアルトリウスに今度は声のトーンを落として弁解をはじめる。


「ああ、大きな声を出してすみません閣下。

 いや、そのような誤解が侯爵夫人マルキオニッサ子爵閣下ウィケコメスも持っておられるならば、一刻も早くその誤解を取り除かねばなりませんな。」


 目の前の大根役者のクサい演技には既に嫌気がさしていたアルトリウスだったが、しかしそれでも話は最後まで聞いてみない事には先へ進みそうにない。


「さて、誤解があるというのであれば、何があったのかご説明願えるかな?」


「もちろんですとも!

 閣下アルトリウスは当日アルビオンニウムへ遠征中でした。この陰謀にかかわっていないものとイェルナクは信じております。」


「その陰謀とやらだが、何なのだ?」


「はい、我々もその正体や全貌までは掴めておりません。

 しかし、どうやらかのメルクリウス団が関わっておるようなのです。」


「メルクリウス団だと!?」


 メルクリウス団とはこの世界ヴァーチャリアで古くから噂される秘密結社である。メルクリウスの弟子たちとも、メルクリウスの召喚術を研究する魔術師集団とも伝えられるが、その存在が確認されたことはこれまで一度もない。

 ただ、メルクリウスの召喚術の再現に成功したが、それは不完全であったがために《レアル》とは別の世界からゲイマーガメルを召喚してしまった。ある時期から降臨者がゲイマーガメルばかりになったのは、召喚を行ったのがメルクリウスではなくメルクリウス団だったからだ・・・と言われており、ヴァーチャリアにゲイマーガメルが溢れることになった原因の一つと考えられている。

 しかし、繰り返しになるがその存在が確認されたことは一度もなく、メルクリウス団という呼称自体からして当人たちが名乗ったものではない。


「そうです!

 我々はどうやらメルクリウス団に狙われたようなのです。」


「狙われたとは?」


閣下アルトリウス、召喚に必要な条件をご存知ですか?」


「いや、寡聞かぶんにして存じませんな。」


 そうでしょうともと言わんばかりにイェルナクは頷いた。


「メルクリウスは滅亡の危機に瀕した国や部族のもとに現れ、滅亡の危機から救うべく降臨者を召喚します。御国の偉大なる降臨者アルトリウスもそうですな?」


「うむ、そう伝えられている。」


「そう、私も詳しくは存じませんが、どうやら降臨を起こすには一つの国や民族が滅亡の危機に直面せねばならないようなのです。」


「ほう?」


「そのため、メルクリウス団は降臨を起こすために我らハン支援軍アウクシリア・ハンに目を付けた。

 奸計によって我らを罠に陥れ、ハン支援軍アウクシリア・ハンとレーマ帝国を離反させ、互いに戦わせ、そして我らハン族を滅亡させようというのです。」


「・・・・・・」


「我らは幸いにもメルクリウス団の手下とみられる者を偶然捕らえることができました。そして取り調べの結果、それを自供させることに成功したのです。」


「・・・その話が本当だとして・・・」


「本当ですとも!!」


「何故、報告しなかったのだ?

 貴軍は南蛮攻略の助力として先代の侯爵閣下マルキオーに貸し出された支援軍アウクシリアではないか。そのような計略を察知したのなら侯爵夫人マルキオニッサにご報告申し上げる義務があるであろう?」


「もちろんそうしたく思いましたとも!

 しかし、我らがそのことを察知したのは十日の深夜、メルクリウス団の陰謀が決行されるは十日の朝だったのです。我らは自らの身を守るため、戦の準備を整えるだけで精いっぱいだったのです。」


 レーマ帝国では日付は日没で変わる。したがって、イェルナクの言う「十日の深夜」とは《レアル》の感覚では九日の夜に当たり、ハン支援軍アウクシリア・ハンが蜂起する前の晩を指す。


「それでも早馬を出すくらいできたであろう?」


「出しましたとも!

 ですが、その早馬に出した兵士は既にメルクリウス団に篭絡ろうらくされていたのです。

 そやつらはティトゥス要塞カストルム・ティティマニウス要塞カストルム・マニへ走りはしましたが、両領主閣下や軍団司令部にするべき報告をせず、それどころか城下町カストラで破壊活動を行ったのです。

 我らハン支援軍アウクシリア・ハンが叛乱を起こしたと見せかけるために!」


「では貴軍はどう対処したのだ?戦ったのだろう?」


「ええ、我らが支援軍司令プラエフェクトゥス・アウクシリィ、偉大なるムズクは全軍を招集して備えました。

 ティトゥス要塞カストルム・ティティマニウス要塞カストルム・マニへ早馬を走らせ、同時に近隣住民を避難させるべく兵士たちを出動させたのです。

 ですが、先ほど申しましたように一部の兵士らは既にメルクリウス団に篭絡されておりました。おそらく精神支配魔法がかけられていたに違いありません。要塞へ走った早馬も、そして近隣住民を避難させるべく走った兵士も、そしてあろうことか海軍基地カストルム・ナヴァリアの水兵たちも、突然牙を剥いたのです。

 我らはムズク閣下とそのご家族を守りながら『バランベル』号へ避難させたてまつり、オクタル閣下は部下を率いて暴れだした兵士らの鎮圧に乗り出しました。

 そして戦いながら近隣住民を避難させ、あるいは保護し、なおも暴れ続ける敵と戦ったのです。」


「報告では、貴軍の兵士が住民を攻撃したとあったが?」


「それはメルクリウス団によって精神支配された者たちでしょう。我々もそうした者たちから攻撃されましたし、そうした者たちの中には住民も水兵もいました。

 いったい誰が敵で誰が味方かもわからぬ、かつてないほど混乱した戦場であった

と、生き残った部下たちから報告を受けております。」


「では、貴軍はなぜ『バランベル』号で逃げたのだ?

 他にも貨物船クナールを奪ったそうだな?」


「ムズク閣下の御家族をはじめ、ハン族貴族の安全を確保するためです。

 何せ、どこにが、敵に精神支配された者がおるやわかりませんでしたから。」


「では、何故今頃になって軍使レガティオー・ミリタリスを立てたのだ?

 もっと早く遣いすることはできたであろう?」


「それが敵は陸上ばかりではなかったのです。

 洋上に出た我らはそこでも攻撃を受け、『バランベル』号は激しく損傷してしまったのです。

 このため、安全が確保できるまで一週間もの時間を要してしまいました。」


「では、貴軍は今どこにいるのだ?」


「エッケ島でございます。

 あそこは無人島で、メルクリウス団もその傀儡かいらいも近寄れませんからな。」


 よくもまあ、これだけ言い訳を考えたものだとアルトリウスは呆れた。突っ込めばいくらでもボロは出そうだが、ここで無理にやり込めたところで労多くして益少なし・・・まずは人質を解放せねばならないのだ。


「なるほど・・・事実関係は調査することになるだろう。

 で、軍使レガティオー・ミリタリスの用向きはまだ聞いてなかったな?」


 自分たちが助かるための、叛乱のとがを逃れるためのストーリーを受け入れてもらえたと安心したイェルナクは内心で胸をなでおろしながら要求を口にした。


「はい、わが軍はこれまで通りの補給を受けたいと思います。」


 ハン支援軍アウクシリア・ハンはアルビオンニアの南蛮攻略を支援するためにアルビオンニア侯爵へ皇帝から貸し出された兵力だった。このため、これまでの彼らの補給は侯爵家が担っていた。イェルナクはそれを今後も続けてほしいと要求していた。


「エッケ島でか?」


「当面はそのようにしたいと考えております。」


 エッケ島で補給を受けるとなれば船で運ばねばならない。手間がかかることになるが、現在のアルトリウシア住民の感情を考えるとわざわざ無理に呼び戻してもトラブルにしかならないだろう。その面倒を考えれば、まだ船でエッケ島まで運ぶ方が楽なのも確かだ。


「補給のほかに要求することはあるか?」


「はい、降臨者様の御引き渡しを要求いたします。」

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