第231話 レガティオーたちの前哨戦
統一歴九十九年四月十九日、昼 - セーヘイム/アルトリウシア
結局、イェルナク一行はセーヘイムの
そんな中へイェルナクたちがのこのこと現れて無事で済むと期待するのは無理な話だった。イェルナク一行が襲撃されてそれでお終いなら別にあえて彼らを守ってやる必要はないが、
しかし、だからと言って
「なるほど、それでわざわざお越しくださったのですか。
「ですが、
そこのところをご理解いただきたく存じ上げますが?」
一度下げた頭を上げたイェルナクは作り笑いを顔に張り付けたままアルトリウスを見据えて言った。
イェルナクはエルネスティーネとルキウスと交渉に来たのだ。それをイェルナクの半分も生きてないようなアルトリウス一人に対応させてあしらおうなど、舐めた真似をされては困る。これでは門前払いをしているようなものだ。
これに甘んじていては今後の交渉の展開で不利になるかもしれない。イェルナクは少しでも優位に立つべく、アルトリウスをけん制することにしたのだった。
「これは異なことを・・・
「いかにもその通りです、閣下。」
「
ならば、
「
ことは属州の、いえ引いては帝国の命運にもかかわる問題です。
どうか
「
「恐れながら、閣下はまだいささかお若うございます。」
「ふむ、若いと何か問題が?」
「物事には順序がございます。
「物足りぬと申すか?」
「大変申し上げにくいことではございますが・・・」
「貴官は忘れておるかもしれんが、
子爵の名代たる資格を有しておる。
そもそも、
貴官のいう『偉大なる
貴官の格を考えるなら
貴官が自分にあくまでもふさわしい相手と交渉したいと申すのであれば、今から早馬をやって
少しでも早くエルネスティーネとルキウスの両者を交渉のテーブルにつかせたいからこそアルトリウスを引っ込めさせようとしたのに、下の者を引っ張り出されたのでは逆効果だ。
イェルナクは慌てた。
「おお閣下、そのように申されては困ります。
閣下の格が足らぬと申したわけではありません。どうぞ誤解なきよう。」
「ではどういうつもりだったのだ?
私では若すぎるので子爵の名代は務まらぬと申したのではないか?」
「違います!違いますとも。
閣下はもちろん子爵公子ですから子爵の名代としては十分でございます。」
「では何が足らぬと申したのだ?」
イェルナクはこれでも
「
恐れながら、閣下は
「なるほど、確かに
「ご理解いただき感謝申し上げます。」
イェルナクの態度は
しかし、その余裕は次の思わぬ一言で打ち砕かれる。
「だが、貴官が
「そんなバカな・・・」
イェルナクは思わず目を丸くし、アルトリウスの顔を見上げた。イェルナクはハン族とは言え名門貴族であるだけあってホブゴブリンとしては大柄な方だが、コボルトの血を引くアルトリウスとは頭一つ分以上差がある。
「何が『バカな』だ、当然であろう?
「今までだって謁見の栄に浴したことはございます!」
「それは
「そ、そうかもしれませんが・・・しかし、先代の
「それは
だが、
アルトリウスの言うとおりならば、イェルナクはエルネスティーネはおろかルキウスと交渉できないことになってしまう。それはイェルナクにとって全く予想外のことだった。
「
「阻みはせぬよ。
だが
そなたが言ったように『物事には順序がある』のだ。
だが安心せよ。キュッテル閣下は部下を引き連れて現在アルトリウシアへ向かっておる。おそらく、あと二~三日中にはアルトリウシアへ着くであろう。それまで、ここで
そういうとアルトリウスは席を立った。
「お、お待ちください
「何だ、
イェルナクはアルトリウスを完全に侮っていた。イェルナクも今までアルトリウスと接したことが無いわけではない。しかし、軍務で交渉の場を持ったのは三年以上前だった。
だが、どうやらその人物評は大きく変更せねばならない。たしかにイェルナクはアルトリウスが
イェルナクは一瞬で笑顔を作ると、必死に取り
「そのように誤解していただいては困ります、閣下。
「だから、
「そう意地悪を言ってくださいますな。
閣下を交渉相手と認めぬと言ったわけではございません。
ただ、
事実上の敗北宣言に等しかった。なおもイェルナクをいたぶることもできたが、あまり執拗に追い詰めると思わぬ反撃を受けることもある。第一、今交渉のテーブルを蹴られて困るのはアルトリウスの側も同じなのだ。
アルトリウスはわざとらしく驚いたような表情を作った。
「おお、そうだったのか!
どうやら
イェルナク殿、許されよ。」
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