第1404話 ルキウスの説明(2)

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



「リュウイチ様には助けていただき、大変感謝しておるのです。

 リュウイチ様のようなゲイマーガメルであれば、むしろ歓迎いたしますとも」


 ルキウスにそう言われたリュウイチは無意識に周囲を見回した。リュキスカとネロたち、そして正面のルキウス以外は皆軍人たちばかりだが、背後にいるせいで見えないネロとオト、そして隣でずっと我関せずの態度で胸に抱いた赤子フェリキシムスを構い続けるリュキスカ以外は全員がリュウイチに愛想笑いを向けている。それが一種の社交辞令だとは分かっていても、リュウイチは自分がいつの間にか卑屈な考えに囚われていたことに気づき、恥じて苦笑いを噛み殺した。


「私が言いたかったのはそうではありません。

 大協約の法的な不備は、おそらく意図して作られたのです」


 リュウイチは茶碗ポクルムを手に取り、口元へ運んだ。


『わざと?』


 既にぬるくなっていた香茶をズズッとすすると、その様子を見ながらルキウスは首肯する。


ゲイマーガメルによって世界が荒らされるのは御免被ごめんこうむりたい……それが大協約を定めた最大の動機です。ですが、降臨者のもたらす恩恵までは否定しきれない。できれば《レアル》の恩寵おんちょうが自分たちにより多く齎されればよいのに……そういう下心を持たぬ高潔の士だけが大協約を作ったわけではなかったということです」


 そう言うとルキウスはゆっくりと慎重に体重を背もたれに預け、フーっと息を吐き、皮肉めいた笑みを浮かべた。


「つまり、まで諦める気は誰も無かったということでしょうな」


 ルキウスの顔に浮かんだ笑みは、御大層な大義名分を掲げながら我欲を捨てられなかった当時の王侯貴族らを嘲笑あざわらうものだったが、リュウイチにはルキウスが時折見せるこの謎の微笑の意味はまだ分からない。いつもはその意味ありげな微笑にけむに巻かれたような気になってそれ以上話を追求するのは諦めてしまうのだが、今回はまだ得たい答えを得ていなかった。ここで諦めることはできない。この機会にハッキリさせたい疑問があるのだ。


『ルクレティアやリュキスカの扱いが大協約の中に定められていないのは分かりました。

 じゃあ、彼女たちはどうなるんです?

 ルクレティアは多分、魔法や魔道具マジック・アイテムを使いたがっている。

 でも、使っちゃいけないとも思っています。

 彼女たちが魔法や魔道具マジック・アイテムを使うのは問題ないんですか?!』


 リュウイチから魔導具を貰ったルクレティアの浮かれっぷりは誰の目にも明らかだった。リュウイチには目立たないように、力を使わないようにと散々言っていたが、子供のころから憧れていた存在に実際になれるチャンスを目の前にして平静を保つには十五歳という年齢は幼すぎる。聞くところによれば、シュバルツゼーブルグやブルグトアドルフの人たちの前では自重じちょうしているようだが、リュウイチの存在について知らされている兵士たちしかいない場所では、割と魔法を使っているようでもあった。傷ついた人々を魔法でいやし助ける聖女……そんな理想を実現していることに喜びを感じていないわけはない。おそらく夢中になっていることだろう。


「おっしゃるようにルクレティアが魔法や魔道具マジック・アイテムを用いることを制限する法はありません。

 今、ルクレティアが聖女サクラという身分と能力を秘しているのは、法に定められているからではなく、ひとえにリュウイチ様の降臨と存在とを秘匿するためです。

 それも、世に混乱を招かないよう、帝都レーマからの指示をあおぐための措置で合あって、やはり法によって定められたものではありません」


『ルクレティアが魔法や魔導具マジック・アイテムを使うのは、自由だってことですか?』


「リュウイチ様、アナタもですよ」


 ルキウスは背もたれに預けた身体をのっそりと起こす。


「禁じられているのは魔法や魔道具マジック・アイテムを使うことではありません。

 《レアル》の恩寵おんちょうを、独占することです」


 リュウイチは何か肩透かしを食らったような気になり、怪訝そうな表情を浮かべた。


『でも……皆さんは私に魔法とか使わないでほしいと……』


 戸惑った様子のリュウイチにルキウスは可笑しそうに、だが同時に困ったように笑った。


「それは我々が困るからです」


『……困る……』


「ええ、リュウイチ様の御力は大変強力です。おそらく、歴史上登場した他の誰よりも……そのような力を振るわれれば、我々は成す術がありません」


『じゃ、じゃあ自由に使っていいのなら、『勇者団』のこともハン族のことも私や精霊たちの力で解決してしまって良かったのではありませんか!?』


 盗賊団を使って混乱を巻き起こした『勇者団』も叛乱を起こしたハン支援軍アウクシリア・ハンも、実に多くの被害を住民たちにばら撒いている。彼らは明確に犯罪者でありテロリストだ。あんな連中が居る限り、この地域に平和は訪れないだろう。しかし侯爵家にしろ子爵家にしろ、彼らに対応できるだけの力がない。他に色々やらねばならないことが多いからだ。その結果、解決が先延ばしになて新たな問題が次々と連鎖的に起こっている。ならば、リュウイチ本人が、あるいはリュウイチの使役する精霊や召喚モンスターたちに解決させればよいではないか!? リュウイチだって不本意なに、そして自分のせいで侯爵家や子爵家がその力を十全に発揮できていないことに忸怩じくじたる思いをしていたのだ。

 だがリュウイチの発言は力を行使しようとする意思の表明でしかない。軍人たちは一斉に顔を強張らせ、ルキウスとリュウイチの間で盛んに視線を往復させる。このままリュウイチが何か行動を起こすことになれば、これまでの苦労が……ルキウスは全員の視線が自分に集まっていることを感じながら溜息をついた。


 また、悪い癖が出て調子に乗ってしまったか……


「リュウイチ様がそれを欲し、それを成すというのなら我々にはどうすることもできません。

 ですが、できればお控えください」


 ルキウスが表情を少し引き締め、厳かな調子でそう言うとリュウイチは口を真一文字に結んだ。

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