第1403話 ルキウスの説明(1)

統一歴九十九年五月十二日・午後 ‐ マニウス要塞司令部プリンキピア・カストリ・マニ/アルトリウシア



「私からお答えしましょう」


 これまで話をアルトリウスに任せていたルキウスが口を開いた。


「リュウイチ様は降臨者であらせられますし、リュウイチ様が魔法やスキルを用いて何かをなされれば、それは《レアル》の恩寵おんちょうそのものと見做みなされるでしょう。

 しかし、《レアル》の恩寵として独占が禁じられているのはヴァーチャリアの者で再現の出来ない行為や成果物に限られます。たとえばリュウイチ様が我々の全く知らない物をお作りになられたとしましょう。それが我々でも真似して同じ物が作られるのであれば、そしてそれを作るために必要な技術や知識を世界に広め共有化しさえすれば、それは大協約の規制には引っ掛かりません。

 リュウイチ様御自身が成される事であってもすべてが大協約で規制されているわけではありませんし、ましてやヴァーチャリアの存在が成すことであれば、それは大協約の規制の対象外です。

 そしてグルグリウス様はヴァーチャリアの存在です。元々、ペイトウィンホエールキング様が召喚した妖精ですから、大協約の規制の対象ではないと、我々は考えています」


 リュウイチは納得できないという風に眉をしかめ、首を振った。


『それでは精霊エレメンタルたちはどうなるのです?

 《地の精霊アース・エレメンタル》の力は私の力そのもので、私が自分の聖女であるルクレティアを護るために《地の精霊アース・エレメンタル》に働かせるのはいいけど、皆さんのために《地の精霊アース・エレメンタル》の力を利用するのはダメなんでしょう?

 たしか、そう聞きました』


 ルキウスは苦笑いを浮かべて答える。


「リュウイチ様がどのように魔法を使うかは我々には正確なところは分かりません。ですが我々の認識では……つまりこの世界ヴァーチャリアでの常識では、魔法というものは精霊エレメンタルの協力によって何らかの現象が引き起こされるものとされています。

 術者が魔力を提供し、呼びかけ、それに応じた精霊エレメンタルが受け取った魔力を使って何らかの現象を起こす……よって、精霊エレメンタルの成した行為は、基本的に術者の魔法と見做みなされるのです。

 特にリュウイチ様がルクレティアにお付けになられた《地の精霊アース・エレメンタル》様はリュウイチ様の眷属であらせられますし……」


『私の知らないところで私の《地の精霊アース・エレメンタル》が勝手に行動していた場合はどうなるのです?』


「同じことですよ。

 精霊様エレメンタルが勝手に行動したのだとしても、それがリュウイチ様の眷属であらせられるなら、リュウイチ様の魔法として見做みなされます。

 何故なら精霊様エレメンタルは肉体を持たず、主人であるリュウイチ様からの魔力の供給が途絶えれば消滅することになります。つまり、主人と眷属である精霊様エレメンタルの存在は不可分……そして魔法は主人の意思によるものか、それとも精霊様エレメンタル独自の意思によるものかを判別することはできません。ゆえに、リュウイチ様の眷属である精霊様エレメンタルの魔法は主人であるリュウイチ様の魔法と見做さざるを得ないのです」


『グルグリウスはそうではないのですか?』


「グルグリウス様は妖精であらせられます。つまり肉体をお持ちだ。

 たしかに《地の精霊アース・エレメンタル》様から魔力をたまわらられたのでしょうし、その《地の精霊アース・エレメンタル》様はリュウイチ様の眷属ではあらせられますが、グルグリウス様が肉体をお持ちであらせられる以上、《地の精霊アース・エレメンタル》様からの魔力の供給がなされなくなったとしても、独自に生存を維持し、活動を続けることができるでしょう。

 すなわち、完全に独立した人格を持った存在と見做すことができるのです」


『つまり、《地の精霊アース・エレメンタル》は人格を認められないけど、グルグリウスは人格が認められるということですか?』


 リュウイチが眉を顰めると、ルキウスは苦笑いを浮かべた。


「ご不快に思われるかもしれませんが、端的に申せばそのようになります」


 ルキウスの苦笑いに付き合うようにリュウイチも苦笑いを浮かべる。何か、誤魔化されているような気がしてならない。


『その……大協約の規制の対象になるかどうかは、人格があるかどうかで決まるのですか?』


 考えを巡らせるように誰ともも目を合わせないよう、視線を落としたリュウイチが額を指先で掻きながら尋ねると、ルキウスはフームと唸った。


「まぁ、そうなりますかな……」


『ではルクレティアたちはどうなるのです?

 彼女はこの世界で生まれ育った、独立した人格をもつ一人でしょう?』


 リュウイチがまるで挑みかかるように身を乗り出して問うと、ルキウスは両眉を持ち上げ、それから困ったように小さく笑った。


「彼女たちの立場はかなり微妙です」


 そこまで言うとルキウスは茶碗ポクルムを手に取り、鼻先で回すようにして香茶の香りを楽しむと一口啜る。


「彼女たちがどういう扱いになるか、実は大協約には定められていないのです」


『……えっと、私の聖女だからとかいうのは?』


「それは大協約成立以前の慣習によるものです。

 聖女サクラ、そして聖女サクラと降臨者の間に産まれた子、その子孫を聖貴族コンセクラートゥムと呼ぶのは、既にお知らせいたしました。

 そして聖貴族コンセクラートゥムとは元々“捧げられた者”という意味の単語です」


『奴隷と同じで降臨者の所有物という扱いになるとかいう話でしたね』


 ルキウスは頷いた。


「大協約以前から続いた慣習ではそうなっています。そのころ、降臨者は等しく世界を発展へと導く存在としてあがめられていました。

 しかし、降臨者の力が大戦争を激化させ、人類は滅亡の危機にひんした」


『それを繰返さないために大協約を制定して降臨を禁忌としたというのは伺いました』


 幾度となく聞かされた話をまた繰り返されたリュウイチは勘弁してくれとばかりに苦笑いを噛み殺しながら先を促す。


「ええ、その大協約を制定する際、新たに聖女サクラとなった者や降臨者の奴隷セルウスとなった者をどう扱うかについては、結局定まらなかったのです。

 降臨は防ぐ、万が一降臨があれば降臨者には御帰還いただく……それが絶対遵守ぜったいじゅんしゅ事項でしたから、その降臨者が新たに妻をめとったり奴隷セルウスを所有したりなんてことは絶対遵守事項を守らないことを前提としなければ想定できません。

 つまり、それを想定した条文を設けることは、大協約内に自己矛盾を作り出すことになってしまう」


 ルキウスは両手に包み込むように抱えた茶碗を見下ろしながら、何か面白味でも感じているかのような笑みを浮かべる。


『ですが、私は現に《レアル》に戻れないままここにいます!』


 つまり、大協約が自己矛盾を抱えるからと放棄された想定されるべき状況が今現に生起しているということだ。大協約を作った者たちの、いわば怠慢がリュウイチの周辺の状況を曖昧なものにしてしまっている。リュウイチがいきどおりを感じるのも無理はないだろう。


「おっしゃる通り」


 リュウイチの抗議にルキウスは顔を上げて応えた。


「降臨者だからといって全員が《レアル》とこの世界ヴァーチャリアを行き来できるわけではありません。

 行き来できるのはゲイマーガメルのみで、ゲイマーガメルではない降臨者は出来なかった。

 しかし、ある時期からはゲイマーガメルしか降臨しなくなった……」


 ルキウスが微笑みながら小首を傾げる。わかるでしょ?……と言われているような気になるが、ルキウスが言外に何かを言おうとしているのか、言おうとしているのなら何を言いたいのかがリュウイチには分からない。リュウイチは少し考え、首を振った。


『私も帰れるはずだと、おっしゃりたいのですか?』


「そうではありません!」


 ひょっとして招かれざる客に居座られて困っているとでも言いたいのだろうか……そう思ったリュウイチが不快も露わに言うとルキウスは笑いながらではあったが慌てて打ち消した。

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