第1193話 カエソーの依頼

統一歴九十九年五月十日、夜 ‐ グナエウス砦ブルグス・グナエイ/アルビオンニウム



「改めて御礼申し上げますぞ!

 よくぞペイトウィンホエールキング様をお連れしてくだされた!!」


 まるでその吉報に初めて接したかのように両手を広げ、弾ける様な笑みを浮かべるカエソーにグルグリウスも一瞬呆気にとられた様に固まり、すぐに笑みを返した。といっても、その表情はどこか固い。


「なんの、《地の精霊アース・エレメンタル》様より頂いたこの力、魔力があればあれしきのこと、何ということはございません。」


「いやいや、さすがです。

 私の期待以上でした。

 その働きに何と報いればよいか、恥ずかしながら見当もつきません!」

 

吾輩わがはいは既に《地の精霊アース・エレメンタル》様より報酬を得ております。

 この身体、この有り余る魔力、これ以上は望むべくもありません。

 あれしきの仕事でこれ以上を望めば罰が当たるというものです。」


 虚を突かれた形となり、当初はどこか気圧けおされていたグルグリウスだったが、さすがに褒められて悪い気はしない。次第に調子を取り戻すと、その顔に浮かべた笑みも安堵と共に自然なものへと変わっていく。


御謙遜ごけんそんなさいますな。

 《地の精霊アース・エレメンタル》様より頂いた御力もさることながら、それを使いこなすには知恵もりましょう。

 まして目立たず人目を避けてなどという注文は、任務をただ力を振るいさえすればよいという単純なものから随分と難しいものへと変えてしまったはずです。」


 ヴァラヴァラヴァラ!!


 グルグリウスは愉快そうに喉を鳴らして笑った。魔力は《地の精霊》からの貰い物、いわば借り物の実力ではあるが、それを使いこなした知恵は確かにグルグリウス自身のモノ……インプたちの集合知があればこその実力である。それを褒められてグルグルリウスは素直に喜んだのだった。


「確かに多少の気遣きづかいを求められたのは違いありませんな。

 しかし、無尽蔵ともいえる魔力をいただいたのです。

 無限の力を背景とする余裕は、多少の失敗をおぎなうには十分。

 それが無ければ、おっしゃるように困難を強いられたやもしれません。」


「しかし、グルグリウス殿は失敗なくやってのけた。

 無事、ペイトウィンホエールキング様をここまでお連れして見せた。」


 カエソーがそう絶賛するとグルグリウスも満更まんざらでもなさそうに口角をひねり上げる。すっかり警戒心を忘れ去ったかのようなグルグリウスではあるが、カエソーとグルグリウス以外の者たちは逆に疑念を抱き始めていた。


 おかしい、いくらなんでもおだてすぎてる……


 貴族なら社交の場で心にもない御世辞おせじを並べ立てるくらいは日常茶飯事だ。相手の喜ぶところ、触れられたくないであろう部分など、事前に調べて的確に相手を喜ばせ、あるいは掣肘せいちゅうを加える。それもこれも社交の場で好ましい相手に取り入り、好ましくない相手に打撃を与え、自らの社交界での立場と力関係をより優位にするための戦略だ。

 だが今のカエソーはグルグリウスに対してやけに力を入れ込んでいる。挨拶なら既に充分なはずで、しつこくしすぎれば優雅ゆうがさを欠くことになるだろう。社交の場において様々な権謀術数けんぼうじゅっすうを用いる貴族だが、貴族とただ裕福ではあるが貴族ではない者たちとの違いは、そうした権謀術数を用いながらも優雅さを保つかどうかにある。既にベロンベロンに酔っ払っているというのならともかく、生まれついての上級貴族パトリキであるカエソーがそのような失敗をするわけもない。

 カエソーのことを、そして貴族とはどういうものかを知っているルクレティアとスカエウァは浮かべていたにこやかな笑顔をどこか不自然なものにしつつ、目を泳がせ始めていた。それでもカエソーはとどまることなく続ける。


「それは力のみでのなせるわざではありません。

 力があればたしかに力づくで連れてくることもできたでしょう。

 でもそれでは心に傷を負わせてしまう。

 お連れしたペイトウィンホエールキング様も、ああも元気に振る舞われはしなかったに違いありません。

 きっと、グルグリウス殿のことをおびえた目で見たことでしょう。

 ですがそれが全くなかった!

 つまり、グルグリウス様はあのペイトウィンホエールキング様を上手にあしらい、いうことを訊かせるだけの叡智えいちをお持ちだったということです。」


「いやいや、それほどでも」


「いやいや、それほどですとも!

 先ほどなど見ていてお気づきでしょうが、我々などハーフエルフ様とどう接して良いか見当もつかずに戸惑とまどうばかり。

 いやはやお恥ずかしい限り、グルグリウス殿を是非ぜひ見習わねばと思っておったところなのです。」


 さすがに褒められすぎてこそばゆくなったのか、グルグリウスは髭を撫で始めた。


「いや本当に、何も特別なことはありません。

 まあ、こう言っては何ですが、ペイトウィンホエールキング様も蝶よ花よと箱入りで育ったせいで世間ずれしておりませんからな、尊大で我儘な振る舞いも目立ちますがあれで意外と素直なところもありますので、扱いさえ間違わなければ大人しいものですよ。」


 ヴァラヴァラヴァラッ!!


 グルグリウスが喉を鳴らして笑う。


「何とも頼もしい!!

 グルグリウス殿が居てくだされば心強い限りです!」


 周囲の者たちも一斉に笑うが、カエソー以外の笑い方はどこか寒々しい。カエソーがグルグリウスから引き出した言葉から、カエソーが何を考えているのか予想が付き始めたからだ。そしてその予想が正しかったことはすぐに証明された。他ならぬカエソー自身によって。

 カエソーは微笑みを称えたままグルグリウスを見上げて言った。


「つきましてはグルグリウス殿を見込んでお願いしたいことがあるのですが……」


「何でしょう?

 カエソー伯爵公子閣下の御依頼とあらば、お応えするのもやぶさかではありませんが。」


 グルグリウスの様子に満足したのか、カエソーはニンマリと笑みを大きくする。


「ありがとうございますグルグリウス殿。

 実はもうしばらくの間、グルグリウス殿にペイトウィンホエールキング様の御面倒を見ていただけないかと思っておるのですよ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る