第143話 ミスリル・アーマー

統一歴九十九年四月十五日、午後 - マニウス要塞空堀/アルトリウシア



「次は散弾だ。距離は十二ピルム(約二十二メートル)からで良い。」



 再び、新しいカカシとジャックを持った兵士が設置に向かう。

 銃兵たちは先ほど不発だった一丁を他の銃と交換して散弾を込め始める。不発だった銃の方は普段なら着火薬だけ交換して再度発砲を試みるのだが、本日の秘密実験という性格上無駄な発砲を控える方針だったため、銃口から抜弾器ばつだんきを突っ込んで弾丸を抜く作業に入る。

 リュウイチはむしろそっちの作業の方が興味があったが、隅っこの方で隠れるようにやっているため良く見えない。

 奴隷たち八人はようやく自分たちのところへ回ってきた先ほどの射撃で穴だらけになったサンプルを見て、ああでもないこうでもないと小声で口々に言い合っていた。


 カカシを設置した兵士が戻り、銃兵が装弾作業を終えると百人隊長の「用意パラトゥス」の号令と共に銃兵が射撃位置に整列する。

 一同が固唾かたずを飲んで見守るなか、百人隊長が先ほどと同じように信号兵の様子を見ながら「狙えデスティーノ」「撃てイグニオ」と号令を下し、銃兵が一斉に発砲した。


 パパパパパッ


 今度は八丁全部が発砲に成功した。放たれたのは散弾・・・レーマ軍で使用する散弾としては標準的な一発あたり九粒の弾丸を吐き出す九粒散弾である。

 《レアル》世界の散弾銃のうち狩猟用の鳥打ち銃や鹿撃ち銃などは、遠距離でも散弾が広い範囲に飛び散らないように銃口付近の銃身を絞ってあるものだが、この世界ヴァーチャリアにそのような加工を施す技術は無かったし、短小銃マスケートゥムは本来一丸弾を打ち出すための銃なので当然銃身に絞りチョークは無い。それどころか装弾しやすくするために銃口付近はむしろ広くなるようにラッパ状にえぐってある。そのうえ、大口径の割に銃身長が短い事もあって散弾は割と近い距離でも広い範囲に飛び散ってしまう。

 八丁の銃から吐き出された合計七十二粒の鉛玉のうち命中したのは二十五粒だった。うち二粒はカカシの頭部に命中し、五粒がジャックの袖や裾に命中しており、カカシの松板とジャックが重なっている部分に命中しているのは十八粒だ。



「今回貫通は・・・ありませんな。」

「それどころか、一発もイァックを突き破っていない。」

「イァックじゃなくてジャックだよ、これは」

「そんなことはどうでも良い。

 ともかく、大事なのはこの距離では散弾に対して十分すぎる効力があるという点だけだ。」

「距離を狭めていこう。」


 運動エネルギーは質量と速度の二乗に比例する。九粒散弾一粒の大きさは直径わずか八分の三インチ(一センチ弱)ほどで重量はたったの四スクリプルム半(約五グラム)ほど・・・一丸弾の十三から十二分の一程度しかない。前面投影面積が小さいという利点を考慮しても弾丸重量が軽すぎるため、速度が同じ場合でも散弾がもつ貫通力は一丸弾の四割程度に過ぎない。

 それでいて散弾は減速するのが一丸弾より早い。

 それが、一丸弾が貫通できた半分の距離でもジャックを貫通できないという今回の結果に現れていた。


 そこから同じ要領で距離を二ピルム(約三・七メートル)ずつ短くしながら射撃を続けた。

 最終的に距離八ピルム(約十五メートル)で散弾がジャックを貫通しはじめ、距離五ピルム(約八メートル)で約半数の粒が松板を貫通するようになった。



『つまり、どうなんです?』


「我々の短小銃の一丸弾に対しては距離二十七ピルム以遠で、散弾に対しては距離六ピルム以遠では十分な防御力があると言えます。

 端的に言って、素晴らしいと評してよいでしょう。

 このようなジャックが与えられる彼らが羨ましくありますな。」


 リュウイチの質問に筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスのラーウスが答える。


『でも、売ったり寄付したりしちゃダメなんでしょ?』


 その言葉に幕僚たちは愛想笑いを浮かべながらも残念そうに同意を示した。

 一同の溜め息まじりの反応が収まったところで、ラーウスが気を取り直して申し出る。


「では、次はミスリルの防具を試したくありますが、よろしいでしょうか?」



 用意されたのはメイル・コイフ、コリント式兜コリンティアン・ヘルム、シュパンゲン・ヘルム、ネイザル・ヘルム、グレート・ヘルム、バシニット、ピコケット、バルビュータ、サーリット、アーメット、クロス・ヘルム、バーゴネット、モリオン、キャバセット、ケトル・ハット、ケトル・ヘルム、テイルポット・・・いずれもミスリル製で、それぞれのアイテム名の頭に「ミスリル・」が付いている。

 数が多いがこれでも代表的なのだけだ。それぞれ羽根飾りが付いてるかついて無いかとか、装飾が付いてるか付いて無いかとか、鎖帷子の頭巾が付いてるかどうかとか付属品違いで種類がある上に、さらに品質違いや材質違いで色々種類がある。


 メイル・コイフは鎖を編んで作った頭巾で、頭用の鎖帷子といった感じだ。

 コリント式兜は《レアル》古代ギリシャで流行った形式で、頭頂部に羽根飾りが付いていて顔以外の頭部をすっぽり覆う兜だが、顔の中央を大きなが守っているのが特徴だ。

 シュパンゲン・ヘルムは《レアル》古代ローマ軍の兜の原型となったもので、半帽型の兜に頬当てやひさしがついている。

 ネイザル・ヘルムはヴァイキングが被っていたような紡錘形ぼうすいけいをした半帽型の兜で、小さな鼻当てが付いている。なお、角飾りなんかは付いていない。

 グレート・ヘルムはバケツに呼吸と視界のための穴を開けたような大型兜だ。

 バルビュータは古代ギリシャ式兜をルネッサンス時代に復刻したような兜で、コリント式兜に似ているが装飾を排してシンプルでのっぺりした形状になっている。

 バシニット、ピコケット、サーリット、アーメット、クロス・ヘルム、バーゴネットはいずれも、おおよそ西洋甲冑の兜と言われれば思い浮かぶような、顔の部分が跳ね上げ式バイザーになっていて頭全体を覆うタイプの兜である。

 モリオン、キャバセット、ケトル・ハット、テイルポットは派手な装飾の帽子を鉄で造りましたとでも言うような形状のヘルメットだ。

 ケトル・ヘルムは既に説明しているが、近代的な歩兵用のヘルメットに近い形状をしており、見た目はジ〇ン軍のヘルメットそのままである。


「えっと・・・ずいぶん種類が多いようですが?

 奴隷たちに与えるのはどれでしょうか?」


『えっと、当初与えようとしていたのはコレですね。』


 リュウイチはケトル・ヘルムを指さす。


「では、他のは良いですか?」


『ええ、ひょっとして皆さんが興味あるかと思って・・・』


「ああ!

 ありがとうございます。

 では、そちらは時間が余ったら評価するということで、よろしいでしょうか?」


『はい、そちらがそれでいいなら別に・・・


 君らは、これケトル・ヘルムで良い?』


 リュウイチが奴隷たちを振り返って訊ねる。

 ひょっとして他の兜が良ければそっちを与えようと思ったのだ。


「はい、あっしらは別に・・・」


『そうですか?

 遠慮しなくてもコッチが良ければ、コッチの方が防御力高そうだし?』


 遠慮がちに答える奴隷たちにリュウイチはグレート・ヘルムやバーゴネットなど頭部全体を覆うタイプの兜を指示さししめして確認する。


「いや、顔が隠れちまうようなのはどうも・・・」

「暑そうだし・・・」

「私らぁは軽装歩兵ウェリテスあがりですから、身軽さが身上なんで・・・」

「こう、何ていうか周りがよく見えなくなるようなのとか、耳が聞こえにくくなるのとか、重てぇのはチョット困りますんで・・・」


 口々に言う奴隷たちの反応を見るとどうやら遠慮しているわけではなさそうだ。


『じゃあ、ひとまずこのケトル・ヘルムを・・・

 あとはどうせだから胴体のも見ますか?』


 すこし拍子抜けしてしまったリュウイチだったが、どうせテストするなら胴体のも一緒にしてはどうかとラーウスに提案する。


「はい、それはありがたくあります。」



 次の瞬間、彼らの前にはチェーン・メイル、ブレスプレート、スケイル・メイル、ブリガンダイン、プレート・メイル、カラビニエール・アーマー、アークァイバス・アーマーが並んだ。やはり、いずれもミスリル製である。

 一応、さきほどの奴隷たちの反応からあまり重装備になりそうにないと判断したリュウイチは、プレート・アーマー、フィールド・アーマー、フット・コンバット・アーマー、トーナメント・アーマーといった、重防御だけど着たら歩くのもままならなくなりそうな全身鎧を出すのを避けている。プレート・メイルも全身を覆う甲冑で多分選ばれないだろうとは思ったが、気が替わってより重防御の鎧に興味を示すかもしれないと思ってそれだけ出してみたものだった。

 さらにクリペス、ホプロン、カイトシールド、ターゲットシールド、バックラー、タワーシールドなどの盾も出された。


 唖然とする周りを置き去りにしてリュウイチが奴隷たちに尋ねる。


『どれにする?』

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