第1151話 不遜な態度

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



 エイーが本物の聖貴族だと知った盗賊たちは態度を一変させた。盗賊たちはこれまで『勇者団』ブレーブスのメンバーと相対する時はだいたい恐怖と不満とを綯交ないまぜにしたような表情をしていた。実際に怖かったというのは事実だろう。『勇者団』は容赦ない圧倒的な暴力で盗賊たちを無理やり支配下に置いていたのだ。下手な態度をとって逆鱗に触れることになれば、一切の仮借かしゃくなくその場で殺される。だから言うことは聞かざるを得ない。

 しかし、だからと言って『勇者団』に対して心から従順になれるわけもなかった。彼らだって人間であり、それぞれ事情があって盗賊などという裏家業に身をやつしているに過ぎない。貴族を頂点とする身分社会の中で、無法者アウトローなんてものは平民よりもさらに下位の最下層の存在にすぎないのだ。好き好んでやるわけはないし、現に盗賊などになっている現状は本人にとっても不本意なものでしかない。そして不本意な状況に置かれている自分を、本来の自分だと評価してほしいとは誰も思ったりはしないのだ。

 盗賊だから、無法者だから、犯罪者だからという理由で見下され、ちょっと気に入らないからとすぐに殺されるような、そんなツマラナイ存在として扱われるのは誰だって我慢ならない。ゆえに、そういう風に扱う『勇者団』には自然と不満が醸成されていく。そしてそうした支配者に対する不満は、常に反抗という形で萌芽ほうがするのだ。


 怖いから、仕方ないから言うことは聞く。だが、それはお前を支配者として認めたというわけではない。ましてや主君だの主人だのと敬うわけがない。

 忘れるな。いつか思い知らせてやる。


 そうした思いを押し殺し続けていた盗賊たちの視線は、いつだって常に刺す様な鋭さを内包し続けていた。全体としては虚ろでも、凡庸でも、その目の光から憎悪の炎が消えたことは無い。

 そんな盗賊たちの態度と視線の意味を、『勇者団』も心のどこかでは気づいていた。もちろん盗賊ごときがどれだけ力を合わせようとも『勇者団』の一人を殺すどころか、傷つけることさえかなわない。そんな力の差がある弱者が絶対強者に対して不遜な感情を抱いているという事実は、『勇者団』をしてむしろ盗賊たちへの態度を無意識のうちにより苛烈なものへと加速させていき、盗賊たちは苛烈さゆえに『勇者団』に対する軽蔑と憎悪とをたぎらせ続ける……悪循環である。


 そうした悪循環の外にいる例外……それがエイー・ルメオだった。


 エイーは治癒魔法に特化して魔法を修得し、薬学や医学も修得した治癒師だった。内心どう思っているかはともかく、表面上は患者に対しては常に平等に扱い続けていた。そうしたエイーの態度は盗賊たちにも向けられ、盗賊たちはエイーのことを『勇者団』の中の数少ない「まともな人」「話が通じる人」という評価するようになっていた。だからエイーは他の『勇者団』メンバーと違って盗賊たちから反抗や憎悪の視線を送られる経験があまりない。それでも盗賊たちの態度はいかにも仕方なくて嫌々ながらやってますといった風ではあった。盗賊たちにとってエイーは数少ない「常識人」ではあったが、それでも他の『勇者団』と比べるからマシに見えるという程度でしかなく、人間の最下層で長く生きた盗賊たちからすれば、他人様に対してかしずかせたり敬わせたりと卑屈にへりくだった態度を強要するような人間というのはたとえどれだけ立派に見えたとしても、他人を見下すことに何の疑問も抱かないような下種野郎に違いないからだ。

 ゆえに盗賊たちのエイーへの態度は『勇者団』唯一(?)の常識枠への期待と、『勇者団』そのものに対する嫌悪とが綯交ぜになったようなものとなっていた。


 それが今朝からは一変している。今朝の盗賊たちの態度からは、不器用ながらも一応心から礼儀正しくしようとしている様子が伺えていた。『勇者団』がどうやら本物の聖貴族らしいことを知ってしまった影響からなのだろう。

 意外かもしれないが彼らのように社会の底辺で生きて来た平民の多くは、貴族というあまり縁のない存在に対して物語や吟遊詩人の歌に歌われているような現実離れした夢想をそのまま信じてしまっている者は少なくないのだ。そのような者たちの中には、ムセイオンの聖貴族たちを夢物語の主人公のように、現実とは無関係な雲上人として考え、崇敬している者も多くいた。

 盗賊たちも例外ではない。平民にも身近な下級貴族ノビレスに対しては反骨精神を発露させることを当然としながらも、相手が上級貴族となると畏敬の念を抱き、膝を屈することに疑問は抱かない。それが上級貴族よりもさらに高貴な聖貴族となればもはや信仰にさえ成りえた。

 あれだけ恐れ、嫌い、軽蔑し、表面上は服従しつつも腹の底では馬鹿にしていた『勇者団』が実は本物の聖貴族だったと教えられ、それまでの恐怖支配のことを一時忘れてアタフタしつつも畏敬するようになったのも、小心な彼らには当然なことだったのかもしれない。が、どうやらクレーエはそんな盗賊たちの中でも例外のようだ。言葉だけを聞いた限りでは他の盗賊たちと同じく畏敬の念を抱いているかのようではあるが、しかし態度はこれまで以上に不遜なものになっていた。跪きもせず、立ったまま斜に構えてエイーを冷笑するかのように口角を歪めている。


「ああ、呼んだぞ。

 呼んだとも!

 お前には話してもらわなきゃいけないことがあるんだ。」


 エイーはクレーエの不敵にも見える態度に違和感を覚えつつも強気な態度を崩さない。クレーエはそんなエイーを真正面から見据え、フンッと鼻で笑った。


「レルヒェ、腹減った。

 朝飯用意してくれ。」


「!?」

「……えっ!? あ、ああ……」


 エイーとレルヒェはクレーエの気の抜けたようなセリフに共に驚いた。ただ、エイーは目を剥き、言葉を失ったのに対し、レルヒェの方は呆気にとられながらもこの場を離れる大義名分を得、幾度かエイーとクレーエを見比べてから「じゃ、じゃあ何か見繕みつくろって来らぁ」と震えを隠した声を残して大広間を後にした。

 エイーはエイーで信じられないといった風にレルヒェとクレーエを見比べていたが、レルヒェが出て行ってクレーエと二人きりになると、エイーはギリッと歯を食いしばり、本格的にクレーエを睨みつけた。


 コイツ、俺のこと舐めてるな!?

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