第1152話 エイーの尋問

統一歴九十九年五月十日、朝 ‐ 『ホーシャム山荘ホーサム・フッテ』/アルビオンニウム



「おいクレーエ、どういうつもりだ!?

 俺はお前に話を聞かせろと言ったんだぞ!」


 十代半ばの少年にしか見えないエイーが怒りを押し殺した声を響かせる。既に『勇者団』ブレーブスの超人的な戦闘力を思い知らされている他の盗賊どもならそれだけで震えあがっただろう。だがクレーエはそこで退くそぶりも見せず、ただ反抗的な子供をこれから𠮟りつけようとしている大人のように冷静に、厳かに、毅然と、胸を張って見せた。


「分かっていますよルメオ様ドミヌス・ルメオ

 アタシの方もお話をお聞かせいただかにゃならんのでね、人払いです。

 レルヒェの奴ぁこれでしばらく帰って来んでしょう。

 他の盗賊どもも、ルメオ様ドミヌス・ルメオにビビッて入って来やしねぇ。

 これで二人で落ち着いて話が出来るってぇモンです。」


 そういうとクレーエはまっすぐエイーの方へ向かって歩き始めた。この山荘は貴族が狩りを愉しむために建てた別荘、その玄関から入ってすぐの大広間はちょっとしたダンスパーティーが開ける程度の広さはある。壁際に酒杯を手にした客が居並び、中央で一組か二組程度のペアが数人程度の楽団が奏でる音楽で社交ダンスを踊るのにちょうどいいくらいだろうか……しかし今はエイーとクレーエの二人だけ。他の盗賊どもは各自の荷物さえ持ち出してしまっているのでガランとしており、エイーの背後の、大の大人が数人立ったまま立ち入ることができるほどの巨大な暖炉が赤い光を投げかけていた。その火を背にしたエイーは見る者によっては山に隠遁いんとんする大賢者か、あるいは山を支配する魔王にも見えたかもしれない。しかし、今のエイーにはそんな大それた存在からイメージするような威厳は無かった。

 自分が怒っているのに平然と歩み寄って来る大人の男クレーエ……しかもその声には怒気がにじんでいるように聞こえる。普段、大人の一般人NPCを従えかしずかれることに慣れている聖貴族は、怒られること叱られることには慣れていない。最も高貴とされる彼らと身分制度で守られた彼らを叱り、怒ることのできる人間は極めて限られるのだ。そして怒られ叱られる経験に乏しく、慣れていない彼らは怒り叱ろうとしている大人の気配に対し、必要以上にビビってしまう傾向を共通して持っていた。


 そ、そうか……人払いだったのか……


 クレーエを詰問するために強気に出るつもりだったエイーは逆に気圧されてしまっている自分の状況を、人払いのために打った芝居を気づけなかった自分の落ち度と結び付けることで無意識に合理化する。が、それは気弱な人間が他人に強気に出れない際に陥りやすい一種の罠のようなものだった。


「まずは、そちらの話をお聞きしましょうか。

 アタシに訊きたい事というのは、何ですかルメオ様ドミヌス・ルメオ?」


 クレーエの頭にそうした計算も意思も無かったが、結果的にクレーエの態度はエイーの気弱な気質に付け込む形となる。当初の勢いを削がれたエイーはクレーエの貫禄にゴクリと唾を飲んだ。


「あ、ああ……」


 剣を抜けば踏み込まなくても届きそうな距離でクレーエが立ち止まると、エイーは無意識に目を反らす。クレーエはこれで中々の偉丈夫だ。背が高いため距離が離れていると痩せて見えるが、エイーに比べると体格の差は大人と子供である。無論、魔力で身体強化すればエイーの方が確実に強いが、それでも普段から身体強化した仲間たちと接している彼は常人と同じように体格の差に威圧を感じてしまう。


 クソ、クレーエコイツ、何でこんなに強気なんだ……


「どうしました?」


 それまで逆光だったせいでエイーの表情がハッキリ見えていなかったが、ここまで近づいたことでようやくエイーが気合い負けしていることに気づいたクレーエがエイーの内心を見透かしたように尋ねる。エイーは嘲笑われたような気がしてキッとクレーエを見返した。


「き、昨日の、ペイトウィンホエールキング様のことだ!

 お前、ペイトウィンホエールキング様をどうした!?

 ペイトウィンホエールキング様は今、どこにおられる!?」


 目的を思い出したエイーは精一杯声にドスを利かせようとしたが、緊張で上ずっていたために如何いかにも何とか絞り出したというような、情けない感じになってしまう。


 なんだ……何にビビってんだ?


 クレーエは素直に驚き、眉をあげ目を丸くしたが、すぐに口をへの字に曲げてフンッと鼻を鳴らすと肩の力を抜いた。そして気を取り直したかのように神妙な顔つきになる。


グルグリウス様ドミヌス・グルグリウスによって連れ去られました。」


「!!」


 エイーの目が見開かれる。その目に映るクレーエはいかにも残念そうな、沈痛な面持ちではあるが、エイーにはそれが演技なのか本心なのか判断がつかなかった。


「お、お前……ペイトウィンホエールキング様を見捨てたのか!?

 まさか売ったんじゃないだろうな!!」


滅相めっそうも無い!!」


 心外だと訴えるクレーエだったが、必死に弁明するというよりは取るに足らない噂話を否定するような、どこか他人事のような雰囲気にエイーには見える。


「そもそもグルグリウス様ドミヌス・グルグリウス相手にアタシらに何が出来たって言うんです!?

 ペイトウィン様ドミヌス・ホエールキングだって敵わなかったんですよ?

 アタシらが束になったところで何も出来ゃしませんよ。」


ペイトウィンホエールキング様を連れて逃げるくらいできただろ!?

 実際にお前たちはそれをやったって聞いたぞ!」


「逃げきれなかったから捕まったんじゃないですか!

 あっちはゴーレムどもで追い立てながら空から襲ってくるんですよ?」


 何を馬鹿なことを……クレーエが態度で示していることを言葉に言い換えるならそうなるだろう。エイー自身、自分がNPC一般人相手に無茶なことを言っているのは内心で気づいていた。だが、彼の胸の内にはそれだけでは納得しきれない何かが渦巻いている。


「……お前たちじゃ、グルグリウスには敵わない。それは分かる……」


 エイーが床に視線を落とし、悔しそうにそう呟くとクレーエはやっと納得してくれましたかとでも言いたそうに苦笑いを浮かべ方をすくめた。が、クレーエがそう安心するのはまだ早かった。エイーは再び視線をクレーエに戻し、詰め寄る。


「敵わないからこそ、裏切ったんじゃないのか?!」


「裏切る!?」


 驚いたクレーエの声が思わずひっくり返る。


「そうだ!

 逆らっても勝てない。逃げても逃げきれない!

 だからいっそ、ペイトウィンホエールキング様をグルグリウスに売って、自分たちの身の安全を買ったんじゃないのか!?」


 クレーエは目を丸くし、片眉をあげ、口をへの字に引きつらせる。だがその井戸の底を思わせる様な黒い瞳は、後ろめたいことなど何もないかのようにエイーをジッと見返していた。


「こりゃ驚いた!

 貴方様をお助けしたアタシらを裏切り者呼ばわりとはまた酷いことをおっしゃる。

 いったい何を証拠にそんなことを!?」

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