第952話 アウト・ロー

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



「出来ないだと?」


 ペイトウィンはクレーエの予想外の答えに戸惑いを隠せない。

 彼が育ったムセイオンでは大協約は絶対だった。そして彼の身分も、ゲーマーの息子のハーフエルフという権威もまた絶対的だった。他の聖貴族だってペイトウィンが要求すれば無下には出来ない。まして大協約という後ろ盾があっては断られることなどまずあり得ないことだった。

 それが身分も不確かで本来ならペイトウィンと直接口をくことさえ許されないはずの田舎の盗賊ごときが、ペイトウィンが大協約に基づいて命じたことを躊躇ちゅうちょすらせずに断ったのである。


「コイツぁ今のアタシらにとっちゃ命綱みてぇなモンでしてね。

 旦那に言われたからってハイ、そうですかってわけにゃいかねぇんですよ。」


「だ、大協約だぞ!?

 王様だって皇帝だって、大聖母ママだって大人しく従う世界最高法規だ!!

 それを無視するっていうか!?」


 先ほどまで悠然と構え、余裕の笑みさえ浮かべていたペイトウィンは血相けっそうを変えてわめき散らした。これには周りの盗賊たちも呆れ、遠慮がちながら引きつり笑いを浮かべる。


 ママぁ?

 王様レックス皇帝インペラートル母親マテルがこのボンボンにとっちゃ同列なのか!?


 まさかペイトウィンの言った「ママ」が大聖母グランディス・マグナ・マテルのことだとは思わない盗賊たちがペイトウィンのことをマザコンの甘えん坊だと勘違いしたとしても仕方のないことかもしれない。


「旦那ぁ~……旦那方だって降臨を起こそうとしてんじゃないですか?

 降臨は一番の禁忌の筈ですぜ?」


 クレーエが指摘するとペイトウィンはグッと言葉を飲み、口をへの字に曲げる。


「レーマ軍相手に戦までしかけちまって、罪も無ぇ人たちだって大勢死なせちまった。

 旦那が今更いまさら法を語ったところで説得力なんざありゃしやせんや。」


「そ、それはお前たちが殺したんだろ!?

 ティフがそう言ってたぞ!

 住民を殺せなんて言ってないのに、お前たちが勝手に殺したんだ!!」


 ペイトウィンは声を荒げた。ペイトウィンは元から盗賊NPCを利用すること自体に反対の立場だったのだ。

 盗賊たちを利用することになったのは降臨を引き起こすつもりだったアルビオンニウムのケレース神殿テンプルム・ケレースに何故かレーマ軍が陣取っていたためだった。ペイトウィンは自分の大魔法を使えばレーマ軍の二百や三百くらい一発で始末できると考えていたのだが、それだと神殿テンプルムにダメージが及んだり魔力を消耗しすぎて降臨に不都合が生じるかもしれないし、レーマ軍が対応してくれば降臨術の実施そのものが妨害されるかもしれないとして却下された。それで代わりに盗賊たちを一まとめにしてレーマ軍にぶつけてやろうというアイディアが採用された。

 軍隊には到底及ばないにしても、盗賊だって数をそろえればそれなりの戦力にはなるはずだ。まともに戦って勝つのは無理だとしても、同数の盗賊をぶつければ軍隊だってひるむくらいするだろう。奇襲できれば一度くらいは勝てる可能性もある。そこで生じた隙を突いてレーマ軍の指揮官を討ち取るなりして上手く撤退に追い込めば、『勇者団』ブレーブスの存在も降臨のこともバレずにレーマ軍を追い払うことが出来る。

 それはペイトウィンの大魔法一発でという主張に比べればだいぶ現実的で賢い方法と言えた。しかし、父祖の再臨を実現させるための神聖な降臨術にNPCを……それも盗賊などという下賤げせんやからを関わらせるのは抵抗があったし、何よりも自分の魔法よりも盗賊たちを使う方が良いなどと言われるのはペイトウィンとして受け入れがたい屈辱だった。

 ゆえに、作戦への反発からペイトウィンはこれまで盗賊たちにロクに関わろうとしなかったし、盗賊たちをどう使うかなど知らぬ存ぜぬを通してきた。ブルグトアドルフで宿駅マンシオーへ裏手から侵入を試みる際や神殿へ乗り込む際はティフ達に同行したが、盗賊たちをどう動かして何をさせるかとか言った話には一切かかわらなかったのである。中継基地スタティオ襲撃も誘われはしたが、目的が盗賊に渡し使わせる武器を手に入れるためと知って途中で手を引いたくらいだ。盗賊が何をするか、何をしたかなんてペイトウィンには関係ない。

 ペイトウィンは人間が嫌いだ。NPCが大嫌いだ。だからNPCがどこで何人死のうが気にもしない。しかし、自分が関係ないところで起きたNPCの大量死の責任を求められても困る。NPCに関わる事自体がペイトウィンにとって不名誉なことなのだ。いくらペイトウィンが『勇者団』の一員だからといって、『勇者団』の作戦で盗賊たちが犯した大量殺人の責任を追及されたとしても、ペイトウィンにとってはぎぬとしか思えない。理不尽に顔に泥を塗られたようなものなのだ。

 が、もちろんそんなペイトウィンの言い分など通用するわけがない。まして相手が並みの一般人などよりもずっと深く現実というものに接してきた無法者たちならば、ペイトウィンの主張など綺麗ごとを通り越して子供の言い訳レベルとしか思えない。


「冗談言っちゃいけやせんや。

 旦那方ぁ殺せとは言わなかったかもしれねぇが殺すなとも言ってねぇ。」


「屁理屈だ!」


「屁理屈はそっちでさぁ。

 だいたいブルグトアドルフの住民を広場に集め、警察消防隊ウィギレスが救援に来たら一斉に爆弾投げつけろって話だったんですぜ!?

 それで一体どうやって住民を殺さずに済むって言うんです?

 それに中継基地スタティオの襲撃だってそうだ。

 武装した兵隊が守る中継基地スタティオを襲撃して、誰も殺さずに奪えるとでも!?」


「そんなの……そんなの俺は知らない!!

 作戦を立てたのはティフだったし、命令したのもティフだ!

 俺は関係ない!!」


 ふぅ~ん……クレーエの顔からは笑みが消えていた。悔しそうに目をらしたペイトウィンに向けられたクレーエの冷たい眼差まなざしに浮かんでいるのは軽蔑そのものである。


「どのみち旦那方ぁとっくに法の外こっちに出てきちまってるんだ。

 今更、法の定めなんざ語られたところで笑い話にもなりませんなぁ。」


 相手は子供だ。魔導具を使いこなせて力もある。大人を圧倒するだけの暴力を身に着けているとはいえ、中身は子供そのもの……大人が子供にムキになったところで何もない。むしろ子供をより反抗的にしてしまうか、潰してしまうかのどちらかだ。それを踏まえてあえて潰しにかからずに突き放すあたり、クレーエも根っからの悪党というわけでもないのかもしれない。

 だが子供は大人の“思いやり”に気づけない。愛情の裏返しなどとよく言うが、裏返された愛情は受け取る側から見ればただの憎しみでしかないのだ。ペイトウィンはクレーエに視線を戻し、キッと睨みつける。


魔導具マジック・アイテムは危険なものだ。

 お前みたいな素人に扱えるようなモノじゃないし、持ってていいものでもない!

 だから魔導具マジック・アイテムはムセイオンに収容されることになってるんだ!

 持ってたところで身の破滅を招くだけだ!

 あとで絶対後悔するぞ!?」


「そんなのぁ余計なお世話ってもんでさぁ。」


 クレーエはペイトウィンの警告をハッと笑い飛ばした。


魔導具マジック・アイテムはムセイオンに納められてるのが全部じゃねぇ。

 裏の世界にゃまだまだ知られて無いのがいっぱいあるんですぜ?

 特にここ、アルビオンニアは南蛮が近い。南蛮は大協約とは関係無ぇから、南蛮から流れてくる魔導具マジック・アイテムの話は割と多いんだ。

 旦那方が持ってる魔導具マジック・アイテムだってムセイオンじゃなく、にあるじゃねぇですか!」


 クレーエたちはまだペイトウィンが本物の聖貴族だとは気づいていない。どこかの貴族のボンボンが、裏モノの魔導具を手に入れて歴史上の降臨者になり切って冒険者ゴッコをやっているものと思い込んでいる。それはファドが聖貴族たちがうっかり馬脚を現してもいいよう、あらかじめ盗賊たちにそうに吹聴した結果でもあった。

 俺は本物だ!魔導具だって父から受け継いだ正当なモノだ!……そう言えればどれだけ簡単か。ペイトウィンは言ってしまいたい衝動にかられたがギリッと歯を食いしばって何とかこらえる。

 だが、真実を知らないクレーエたち盗賊の目には、ペイトウィンは図星を突かれて黙り込んだようにしか見えない。クレーエは今まで散々横暴を働いてきた『勇者団』に、それもメンバーの中でも上位のペイトウィンを論破する機会に接し、少し気分が乗ってしまった。ヘヘンと笑いながらダメ押しの一言を告げる。


「それにアタシらぁ盗賊だ。

 元々、法の外アウト・ローの人間なんですよ。

 大協約だろうが何だろうが、法に縛られるいわれなんざねぇんでさぁ。」

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