第953話 無法者のやり方

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 ヘッ、ヘヘッ……ペイトウィンを取り囲む盗賊たちが遠慮がちに小さく笑う。世間知らずなどこかの貴族の子、それが魔導具マジック・アイテムを手にして法外な戦闘力を得ていい気になって好き勝手している。そんなのに巻き込まれ、い様にコキ使われていた盗賊たちからすれば、クレーエが一人前の大人として現実というものを突き付けてやる様は多少なりとも胸のすく思いがしたことだろう。その世間知らずな小僧は今でも強大な力を持ったままなので安心はできなかったが……少しは思い知らせてやれたような気にはなれる。


 だが当のペイトウィンとしては全く逆だ。本来なら自分は貴族の中の貴族、聖貴族の中でも最上位に位置するハーフエルフなのだ。世界の中心ケントルムのムセイオンで最高の教育を受け、最上等の服で着飾り、最高級の食事をとり、上流社会の人々にかしずかれながら生活し、世界中の人々の尊敬を集める高貴を極めた存在なのだ。こんな辺境ド田舎の盗賊ごときが対等の口を利いてよい存在ではない。たしかに箱入りで育ったせいで世間知らずな点はいなめないが、それでも見下される覚えはないのである。見た目も精神年齢も確かに子供かもしれないが、ペイトウィンの実年齢は彼ら盗賊たちの年齢の二倍を超え、三倍にも達さんとするほどのものなのだ。ペイトウィンからすれば、盗賊たちの方こそ子供なのである。自分の半分も生きていないような子供に子供扱いされる屈辱……だが、向こうの言っていることが的を得ているだけに何も言い返せない。


 無法者に法を説くなど何たる間抜け!!


 ペイトウィンは顔を赤くし、身を震わせた。もしも頭巾で隠してなければ、その長く伸びた特徴的な耳も真っ赤になっているのが見えたことだろう。周囲の盗賊たちの笑い声が耳に入らなければ、ペイトウィンもここまで激しく怒ることなどなかったかもしれなかったが……。

 だが、ペイトウィンは突然別人格に入れ替わったかのように急に全身の力を抜き、頭上を仰ぎ見て大きく深呼吸をした。唐突な変化をいぶかしむ盗賊たちを無視してペイトウィンは冷静さを取り戻した代わりに一切の感情を消してしまったような顔でクレーエを見下ろす。


「それもそうだな。

 俺もお前たちも、法の外アウト・ローだ。」


 盗賊たちが顔色を変えた。盗賊たちは『勇者団』ブレーブスに従って来た。『勇者団』は決して勝てない相手だからだ。そのことは半月くらい前から急に現れた『勇者団』による盗賊狩りに遭った彼らは嫌というほど身に染みている。

 約半月ほど前、彼らはどこからともなくいきなり現れた。そしてシュバルツゼーブルグの近郊で活動する盗賊たちを次々と襲い、打ち負かして無理やり傘下に組み込んだ。その過程で裏社会で多少は名の知られた武闘派の盗賊はことごとく殺されてしまっていた。傘下に組み込まれてからも、反抗的な態度をとった盗賊は容赦なく殺された。そして『勇者団』が盗賊を殺す際、だいたい共通した前兆のようなものがあった。

 『勇者団』の連中はだいたいいつも盗賊たちの前ではイライラしていたり何かに怒っていたりというのが常であったが、彼らが盗賊を本気で殺そうと腹を決めた時は決まって表情を消すのだ。そしてその急な変化に戸惑い、相手の感情を読もうとしている間に一瞬で殺されてしまう。それが心理戦的な駆け引きによるものなのか、それとも意識を集中するために感情を殺しているのか、盗賊たちにはわからない。が、背景にあるものが何なのかは分らなくとも、『勇者団』の連中が急に黙り込んだり無表情になった時は警戒せねばならないということだけは確かだった。


「同じ無法者アウト・ローなんだから、俺がお前から力ずくで奪っても文句はないよな?」


 そう冷たい声で言い放ったペイトウィンは右手に持ったスタッフをクレーエに向かって突きつける。それは十分か二十分ほど前、ペイトウィンがあの悪魔グルグリウスに向けて魔法攻撃をしかけていた際に使っていた魔導具だった。月の光も届かない暗闇の中で、その先端に取り付けられた赤い宝珠がうっすらと光を帯びる。

 クレーエはサッと一歩身を引いて両手を肩の高さまで上げた。


「おっと旦那ぁ!

 そういうのはしましょうや!」


「何だ、法の外なら力がモノを言うんじゃないのか!?

 生憎あいにくだったなぁ!

 力づくってのは俺も嫌いじゃないんだぜ!?」


「いいんですかい?

 アタシにゃ《森の精霊ドライアド》様の加護があるんだ。

 これから《森の精霊ドライアド》様にお助けいただこうってぇのに、《森の精霊ドライアド》様の加護を受けてるアタシに手ぇなんか出したりしたら、《森の精霊ドライアド》様を怒らせちまいますぜ?」


 態度に似つかわしい大きな声で脅すペイトウィンに、クレーエは口角を引きつらせながら言った。 


 ヤベェ、調子に乗りすぎたか?

 まさかここでキレるたぁ……さすがにそこまでおバカだとは想定外だぜ。


 ペイトウィンを落ち着かせようとするクレーエの口調は挑発的だが目は笑っていない。余裕ぶってはいるが本当は余裕などないのだ。今の態度は虚勢に過ぎない。

 それを見抜いているのか、それとも最初から考慮する気が無いのか、ペイトウィンの空気を読まない独善性はここでもいかんなく発揮された。


「へんっ、《森の精霊ドライアド》の森はまだ先さ。

 ここらじゃまだ《森の精霊ドライアド》の力は及ばない。」


 空気を読めないくせに計算高いところがペイトウィンの性質たちの悪いところだ。このせいで自分が間違っている可能性というものに気づけない。誰かと行き違いがあったとしても、俺の方が頭が良くて相手よりよくわかっているのに相手が馬鹿だから俺の正しさを理解できないんだ……と思えてしまい、反省できないのである。反省点は自分で探そうとしない限り見つからない。そして見つからない反省点を反省することは誰にもできないのである。賢い子供が馬鹿な大人に育ってしまう理由の一つをペイトウィンは体現していた。


「それでも《森の精霊ドライアド》様の森へ逃げ込むことはできなくなっちまいますぜ!?

 あの悪魔ディーモンからどうやって逃げるんです!?

 《森の精霊ドライアド》様の御力にすがるしかないんでしょ!?

 だったら、そんな馬鹿な真似や御止おやめになった方がよろしいんじゃござんせんかね!?」


 クレーエもいい加減半ギレ状態になっていた。とてつもない敵に追われている中を危機一髪で助け出され、あまつさえ唯一の活路を提供してくれている相手に対してこうも身勝手を言えるほど恥知らずな人間はさすがに裏社会でも滅多に居ない。


「《森の精霊ドライアド》に助けて貰う必要なんかないさ!」


「馬鹿な!

 だったら何でこうも追い回されてるんです!?

 アタシらが助けに行かなきゃ、旦那方ぁ二人ともとっくにあの悪魔ディーモンに捕まって食われちまってましたぜ!?」


「あの時は荷物を積んだ馬を守らなきゃいけなかったからさ!

 今は馬どもは荷物ごとお前の手下がアジトへ連れてってくれたからな。もう馬をかばいながら戦う必要がない。

 なら、いくらでもやりようはあるのさ!」


 そう言うとペイトウィンは左手を肩ぐらいの高さにかざし、その手の平に魔法の火の球を創り出した。

 

 クソッたれの貴族の馬鹿息子め!まさかここまで馬鹿とは……

 俺としたことがあまりにも馬鹿すぎて馬鹿の度合いを計り損ねたみてぇだぜ!


 クレーエは唇をかみ、魔法の火球の光に照らされたペイトウィンをにらみつける。


「ふふふ……NPCの分際ぶんざい生意気なまいきな口をくからだ。

 さあ、『火炎弾』コイツで丸焼けにされたくなければ大人しくソイツをよこせ。」


 ペイトウィンの顔には勝利を確信した笑みがよみがえっていた。

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