第954話 凡人と超人

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 ペイトウィンは吹っ切れたような気分になっていた。

 ペイトウィンに限らないがゲーマーの子や孫たちは生まれながらにして強大な魔力を持っている。その力が暴走すれば常人では対処できない。下手すれば自分自身を殺してしまうことすらある。

 だが、それだけの力を持つのが子供……それも物心つく前の乳幼児となると理性による力の制御など全く期待できない。ゆえに彼らはケントルムの地に建てられたムセイオンに収容され、小さい頃から大聖母フローリア・ロリコンベイト・ミルフに預けられた。彼女もまたゲーマーの子であり、そしてゲーマーの夫を持つ妻であり、なおかつアンデッド化によってゲーマーにまさるとも劣らぬ力を得た……つまりゲーマーの子たちの魔力の暴走を力づくで抑えることのできる数少ない実力者だったからだ。

 しかし、いかなフローリアとはいえ数十人数百人と増え続けていくゲーマーの子や孫たちの暴走を一人で抑えきることはできない。数が増えて行けば手が回らなくなるのは道理である。いくら強大な力を持つゲーマーの子とはいえ赤ん坊のころなら魔力はまだ弱い。これが次第に成長して物心がついて来ると理性による抑制も効いては来るが魔力そのものも強くなっていく。そして普段は理性で抑制できても所詮は子供、何かの拍子に感情を爆発させてしまうことはどうしてもある。その都度、フローリアか息子のルード・ミルフが対応するのだが、フローリアもルードもおらず、他に感情を爆発させた子供を抑えるだけの力を持った者がいなければ、周囲に甚大な被害が生じてしまうこともある。

 このためムセイオンでは、子供たちの教育には力を抑えることに特に注力して行われている。理性で感情を抑えることを教える。アンガー・マネジメントはゲーマーの子たちにとって、何よりも自分たちが生きるために必要なスキルなのだ。


 アンガー・マネジメント……感情をコントロールする、怒りを制御すると言えば聞こえはいいが、それを身に付けきれていない者にとってそれは感情の抑圧に他ならない。怒りを別の形に転換して処理するのがもちろん理想ではある。だが、そこに至るまでは幾度かの失敗は避けて通れない。そしてゲーマーの子たちの場合、なまじ魔力が強いだけに「幾度かの失敗」が容易に人命に関わる重大事故に発展してしまうのである。なので彼らの場合はどうしても、まず感情を抑圧することを意図的に覚えさせずにはいられないのだった。

 結果、ゲーマーの子たちの多くが、幼いうちから法律やルールで雁字搦がんじがらめの生活を強要されることになり、また過度に自己に抑圧的な傾向を持つに至っていた。それは『勇者団』ブレーブスのメンバーたちも例外ではない。抑圧的な生活環境からの逃避として自身の父祖たちの英雄譚に耽溺たんできした彼らは、ついに自身の父祖の再臨に挑むという暴挙へと至ってしまっている。

 そしてペイトウィン・ホエールキング二世はここへ来て一つの事実に気づいてしまった。クレーエによって気づかされてしまった。


 俺はもう法の外へ飛び出してしまっていたんだ。

 今まで俺を縛っていたたくさんのルールは、もう無い!

 俺はもう、何にも縛られてないんだ!!


 強大な力を持ちながらそれを抑えることを強要され続けた日々、尊敬する父を、憧れてやまない父を、「略奪と殺戮ハック・アンド・スラッシュを繰り返して大戦争を引き起こした」などと否定される日々を、気づけば脱してしまっていた。

 そう、もう何かを我慢する必要はない。法の外アウト・ローの世界では、力を存分に振るうことが出来るのだ。

 そしてペイトウィンには、常人が束になっても敵わないほどの強大な力が、強大すぎるがために危険視されるほどの力が、既に備わっている。


 無力な盗賊たちを殺すことも、力づくで言うことを聞かせることも、何ということは無い。思いのままだ。


 一切の束縛からの解放!

 それこそがまさに自由!

 俺は今、!!

 もう我慢しなくていいんだ。

 力を自由に使っていいんだ!


 何という高揚感!自然と胸が高鳴る。頬がほころぶ。

 創り出された魔法の炎に照らされたペイトウィンの顔が異様な興奮に染まっていくのを、クレーエはどこか冷めたような目で見ていた。


生憎あいにくですが、御免こうむりましょう。」


「何だと!?

 死にたいのか!!」


 自分でも分からない高揚感に突き動かされたようにペイトウィンが叫ぶのを無視して、クレーエは「レルヒェ!」と手下の一人を呼んだ。そしてペイトウィンなど相手にしてられないとばかりに、つっけんどんな態度を見せる。


「死にたいわけありやせんや。

 アタシらぁ、《森の精霊ドライアド》様の森へ行かせてもらいやす。」


 生意気さを増したクレーエの態度はペイトウィンを挑発するようであった。


「馬鹿にしやがって……

 お前なんか消し炭にしてやウッ!?」


 激昂したペイトウィンはしかし、セリフを最後まで言い切ることなく途中で飲みこんだ。クレーエのすぐ近くにクレーエが先ほど呼んだ手下のレルヒェが駆け付けたからだ。レルヒェは肩に気を失ったままのエイーをかついでいた。


「その火の魔法を使われちゃアタシも生きちゃいないでしょうな。

 でも、そうなったらルメオの旦那ヘル・ルメオも無事じゃすまねぇでしょうねぇ。」


 クレーエは半分笑いながら言った。が、決して余裕を見せているわけではない。クレーエもペイトウィンの馬鹿さ加減を見誤ったばかりだったこともあって、エイーを人間の盾に使ったところで、ペイトウィンが無視してエイーごと自分たちを攻撃することもあり得ると考えていたからだ。もしそうなったら、クレーエにペイトウィンの攻撃から逃れる術はない。

 だが、クレーエの心配は杞憂きゆうだったようだ。


「ひ、人質か!?

 卑怯者め!!」


 ペイトウィンのいるところからクレーエの場所まで約五メートルほど。その距離ですぐ隣にいる人物に被害が及ばないように目標を確実に倒す攻撃魔法を今のペイトウィンは持ち合わせていなかった。地属性の魔法を使えればいくつか有効な対処法があったのだが、残念ながら地属性の魔法は現在 《地の精霊アース・エレメンタル》によって封印されている。他の属性の魔法では、クレーエもレルヒェも全く動かないのなら何とかなるかもしれないが、ペイトウィンが詠唱などの何らかの攻撃魔法の準備に入った途端に逃げ出すかもしれないと考えると、どうしてもエイーに被害が及んでしまう危険性を回避できない。


「妙な言いがかりはしておくんなせぇ。

 アタシらぁルメオの旦那ヘル・ルメオを運んでるだけでさぁ。」


 悔しそうに歯噛みするペイトウィンの様子に、どうやら人質が有効だと確信したクレーエは安堵し、今度こそ本物の笑みがこぼした。


「嘘つけ!

 今、エイーを盾にするためにレルヒェソイツを呼んだんだろうが!?

 男なら正々堂々と勝負しろ!」


 何とも都合のいい話である。自分は他の者が持っていない魔導具で身を固め、他の者が使えない魔法を駆使しているのに、それを封じられた途端相手を卑怯者呼ばわりし、挙句あげくの果てに「正々堂々と勝負しろ」などと要求する……要は自分の土俵で自分に都合のいい勝負をしたいというだけの我儘わがままでしかない。クレーエに言わせれば、勝負とは相手を相手の土俵から降ろし、自分の土俵へ引きずり込むところから既に始まっているのだ。相手の手を封じるのは当たり前のことであり、卑怯でも何でもない。知恵とは、そのためにこそ使うべきものなのだ。


「そうしたいのは山々なんですがね。

 アタシら旦那みたいに魔法なんか使えねぇもんで、正々堂々と勝負したくても出来ねぇんですよ。

 せめて旦那が身に着けてる魔導具マジック・アイテムを捨ててくれるんなら、多少は何とかって気にもなるんですがね。」


 クレーエは既に勝利は確定していた。ペイトウィンは超人かもしれないが、無敵ではない。クレーエは凡人だが、ペイトウィンに絶対に勝てないというわけでもなかった。そして今、実際に勝利を収めつつある。

 もはやペイトウィンに対しては軽蔑しかない。成長しきれなかった子供をあわれに思ってやれるほど、クレーエはお人好しではなかった。

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