第955話 邪悪

統一歴九十九年五月十日、未明 ‐ ブルグトアドルフ近郊/アルビオンニウム



 ペイトウィンはクレーエをにらみつけてギリッと歯ぎしりした。

 既に耳をまさなくても足音が聞こえるほどマッド・ゴーレムたちが背後からせまっている。もしかしたら振り返れば直接視認できるかもしれない。追いつかれれば上空からグルグリウスがさっきみたいに舞い降りてきて行く手を塞ぐだろう。その時への備えも考えると、盗賊ごときのためにあまり高度な魔法は使いたくない。しかし、現状で使っても問題ないような低位の魔法でクレーエを攻撃すれば、間違いなくエイーも傷つけてしまう。もしかしたら、今度こそ致命傷を与えてしまうかもしれない。


 クソッ、エイーを人質に取られなければあんなNPCなんて……


 ペイトウィンもハーフエルフだ。他のハーフエルフたちと同じように魔力にる身体強化によって、常人を遥かに上回る近接戦闘能力を発揮できる。もしもプライドを捨てることが出来たなら、魔法などを使うまでも無くスワッグ・リーのようにクレーエを一瞬で殴り殺すことも出来ただろうし、スタフ・ヌーブのように一瞬でクレーエの身体を両断することもできただろう。だが、それもだ。

 ペイトウィンは魔法に強いこだわりがある。魔力に優れたハーフエルフとして生まれたのだから、魔力を活かして魔法を鍛えればいいじゃないか、ヒトみたいに身体をイジメて鍛えるなんてカッコ悪い!……小さい頃からそう考え、身体を鍛えることを馬鹿にし、魔法を鍛えることに熱中し続けてきたのだ。

 それは実は運動神経が特に優れているわけでもなく、他のハーフエルフたちより運動が苦手だったことの劣等感コンプレックスの裏返しだったわけだが、苦手から目を背け、好きなことばかりに集中することを正当化し続けたペイトウィンは、そうだからこそ肉体を使いたがらない。父から受け継いだ聖遺物アイテムの中に剣や槍といった武器が無いわけではないが、それを装備して戦ったことは今まで一度も無かった。そして今も、そういった武器は装備していない。魔法鞄マジック・バッグの中には入っているが、この期に及んでもまだそれを使おうとは思っていなかった。魔法を使うことなく今まで馬鹿にしてきた物理攻撃によって敵を倒すのは、彼にとって一つの敗北なのだった。

 しかし、魔法による攻撃を封じられたからといって諦めるわけにはいかない。魔法を使わず、自ら物理攻撃を行わずにクレーエを倒す方法を見出さねばならない。


 待てよ……向こうが人質を取るならこっちだって……


 ペイトウィンはふと周囲を見回した。前方にはクレーエと、エイーを肩に担いだレルヒェとかいう部下が一塊ひとかたまりになって立っており、その他の盗賊たちはペイトウィンの右手にまばらにたたずんだまま、静かにこちらの様子をうかがっている。


「おい!お前ら!!」


 ペイトウィンは火の球を消すと唐突に右側を向き、声を荒げた。盗賊たちは一斉にビクッと身を震わせる。


「俺に付け!

 そして今すぐクレーエアイツを攻撃しろ!!

 人質を解放し、あのワンドを奪えたら褒美をやる!!」


「これ以上はしなせぇ、旦那!!」


 クレーエの制止も聞かずにペイトウィンは続けた。


「金貨をやるぞ!?

 本物の金貨だ、見たことあるか!?

 何なら、アレの代わりの魔導具マジック・アイテムをくれてやってもいい!

 俺にとっては大したもんじゃないが、お前らが一生かかってもお目にもかけられないようなお宝だぞ!」


「旦那!!」


 クレーエがひときわ大きな声をあげると、ペイトウィンはようやく黙り、ジロリと横目でクレーエを睨む。クレーエはその視線に物怖ものおじすることなく、ハァ~ッと白い息を吐いた。


「コイツぁアタシが《森の精霊ドライアド》様から頂いたもんだ。

 友達のあかしってことでね。

 だからアタシャこいつを持ってねぇといけねぇ。

 さっきは持ってるだけで使わずにいただけで、何で使わねえんだって怒られちまったくらいなんでね。

 だから渡すわけにゃいかねぇんでさぁ。

 コイツが欲しけりゃ、旦那も《森の精霊ドライアド》様と懇意こんいになって、同じモンを頂戴すりゃいいじゃありやせんか!?

 ルメオの旦那ヘル・ルメオだって同じモン頂いたんだ。

 頼んでみりゃぁいただけるんじゃないですかね?」


 クレーエが示している忍耐は、他の盗賊たちからすれば驚異的といって良いかもしれない。

 欲しいものを強請ねだって駄々をこねるボンボン……いっそ殺してしまいたいぐらいだが、『勇者団』ブレーブスはペイトウィン一人ではない。絶対にバレずに始末できるなら始末してしまいたいが、クレーエは今手下として従っているレルヒェ以外の盗賊たちのことをまだ信用していなかったし、ペイトウィンを捕まえようとしている先ほどの悪魔の正体も立ち位置も不明なままだ。第一、先刻ゴーレムたちから助け出す寸前に起きた爆発……エイーを一発でノックアウトしたアレにペイトウィンは無傷のまま耐えているところを見ると、手下たちが持っている武器で本当に殺せるのかどうかも怪しい。それを考えるとペイトウィンの殺害に踏み切るのは最後まで避けたかった。

 だからと言って盗賊たちに造反ぞうはんを呼びかけられてはたまらない。先述したようにクレーエは盗賊たちを信用してない。せっかくペイトウィンの攻撃を封じているのに、ここで盗賊たちに裏切られてはここまでやってきたことが全て無駄になってしまう。できれば何とかなだめて穏便にこの場を切り抜けたい。《森の精霊》から貰ったこの木の枝にしか見えないワンドをくれてやるわけにはいかないが、しかし《森の精霊》から貰えるということを教えてやれば大人しくついて来てくれるだろう……しかし、クレーエのその目論見もくろみは甘かった。クレーエはまたしても、ペイトウィンの愚かさの度合いを見誤ったのだった。


「フフゥーーーーッ」


 クレーエを睨んでいたペイトウィンはそのままの姿勢で邪悪な笑みを浮かべると、クレーエに負けないくらい盛大に白い息を吐きだす。


「分かってないなぁ、お前!」


「……何がです?」


「俺はお前のそのワンドが欲しいんじゃない。

 お前のそのワンドに負けないくらいの魔導具マジック・アイテムを、俺はたくさん持ってるんだ!」


「じゃあ何なんです!?」


 ペイトウィンが勝ち誇ったように言うとクレーエは呆れを隠すのも忘れ、顔をしかめた。声にも苛立いらだちが色濃く表れている。思いっきり反抗的で、思いっきり馬鹿にした態度だったが、ペイトウィンは今度はそれを先ほどのように気にすることなくクレーエの方に向き直り、そして先ほどまでのわめき声と違って抑制の利いた低い声で告げた。


「言っただろ?

 それはお前が持つのに相応ふさわしいものじゃない。

 いいか、俺は、お前が、それを、んだ!」

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