第1310話 路上の問答

統一歴九十九年五月十一日、夜 ‐ グナエウス砦中央通りウィア・プリンキパーリス・ブルギ・グナエイ西山地ヴェストリヒバーグ



 砦正門ポルタ・プラエトーリアでティフを送り出したグルグリウス、ヨウィアヌス、そしてカルスの三人は連れ立って中央通りウィア・プリンキパーリスを歩いて戻る。ヨウィアヌスとカルスは『勇者団』ブレーブスの首領が一緒ということで往路はそれなりの緊張感を持っていたが、それから解放された復路では解放感からか往路とは打って変わって口が軽い。


「なんか、どんな奴かと思ったけど、なんか大したことなかったな」

「あ、あれでも、あのファドって奴より強ぇんだろ?」

「どうだろなぁ、そんな感じにゃ見えなかったけどなぁ」

「でも、陣営本部プリンキパーリスじゃ凄かったぜ。

 グラディウス抜いて、爆弾グラナートゥム突き出してさ。

 百人隊長の旦那方ドミニイ・ケントゥリイ向こうに回してさ」

「ああん、そんなことあったのかよ!?」

「あったさ、誰も手が出せなかったんだ」

「お前ぇはどうしたんだよ?」

「俺だってグラディウス抜いて駆け付けたさ!

 でも爆弾グラナートゥム突き付けてさ、武器捨てろとか言われてさ」

「お前ぇ、それに従ったんかよ?」

「あ?……ああ」

「ちっ、情けねぇなぁ」

「しょうがねぇじゃねぇか!

 リウィウスとっつぁんだって目で俺んことにらみつけてさ。

 余計な事スンナって感じだったからさ。

 グルグリウスの旦那ドミヌス・グルグリウスだって手ぇだせなかったんだ」

「そうなんですかぃ、グルグリウスの旦那ドミヌス・グルグリウス!?」

「ええ、もしも爆弾グラナートゥムを投げられたらあの場にいた他の人たちは無事では済まなかったでしょう。

 それを思うと吾輩わがはいも下手に動くことはできなかったのですよ」

「へぇ……それじゃしょうがねぇなぁ」

「アンタ、居なかったから分かんねぇんだよ。

 だいたい肝心な時に何してたんだよヨウィアヌス!?」

「う、うるせぇな、俺ぁ俺でやることがあったんだよ!」

「チェッ、自分一人で貴族様たちノビリタテスから逃げやがってさ」

「そう言うなよ!

 それでどうなったんだよ!?」

「分かんねぇ」

「分かんねぇってお前ぇ、その場に居たんだろ?」

「居たけど貴族様たちノビリタテスぁ英語で話してたからさ。

 俺ぁ何言ってたか分かんなかった」

「……へぇ……」

「どういうわけか知んねぇけど、伯爵様ドミヌス・コメスいさめて収まったみてぇだけどさ。

 その後また大人しく話をして、そんでになったのさ」

「なんだよ、それじゃ何も分かんねぇんじゃねぇか」

「だから分かんねぇって言ってんだろ!?」

グルグリウスの旦那ドミヌス・グルグリウス旦那ドミヌスは何は成してたか知ってんでしょ!?

 いってぇ何があったんで?」


「シッ!」


 門からある程度離れて人通りの少なくなったのを見計らうかのように話し始めた二人だったが、思いもかけずにグルグリウスから鋭い声で制止された。ヨウィアヌスとカルスは思わず緊張を取り戻し、注意を周囲へ向けようとして初めて前方に黒づくめの服装をした肌の黒い男が立っていることに気づいた。


こんばんわグーテン・アーベンッ


 ランツクネヒト!?


 黒づくめの男に話しかけられ三人は立ち止まった。男は三人の行く手を遮るように立ち止まっており、どうみてもすれ違う相手と何気ない挨拶を交わそうというような様子ではない。明らかにこちらに何か用事がある様子だ。


何か用かいヌゥム・クィド・ノービス・オプス・エステ旦那ドミヌス?」


 ヨウィアヌスが一歩前へ出て、グルグリウスの代わりにラテン語で答える。


悪いがインノッシェランツクネヒトの言葉は苦手なんだセッド・リングァム・ランツクネヒト・ノン・ボアム

 ラテン語で話してくれると助かるぜウティレ・エリテ・スィ・ラティネ・メクム・ロクイ・ポシッス


 男は直立不動のまま目だけを動かしてヨウィアヌスを見下ろし、白い息を数度吐き出すとラテン語で答えた。


「呼び止めて申し訳ありません。

 その、少し伺いたいことがございましてね」


「アンタ、さっき馬車に乗ってたキリスト坊主か?」


 ヨウィアヌスが掲げていた松明たいまつの灯りで浮かび上がった男の顔は、三人がティフを迎えに砦正門まで出た際にティフと共に入門しようとした馬車の乗客だった。男がひときわ大きく白い息を吐いてヨウィアヌスの質問に答える。


「はい、メルキオルと申します」


 メルキオルはそういうと緊張した面持ちで会釈し、ヨウィアヌスは少し警戒を緩めるように松明を引いた。


「で、キリスト坊主が俺らに何の用だい?

 誰でもいいような用なら悪ぃけど勘弁してもらいてぇんだが……」


 そう言いながらヨウィアヌスは襟元をこれ見よがしに寒そうに締めて見せる。ホブゴブリンが寒さに弱いのは誰でも知ってることだ。そのホブゴブリンが寒がっているのにわざわざ呼び止めるんだからそれなりの用なんだよな? …ヨウィアヌスは言外にそう訴え、メルキオルの良心に遠慮するように働きかけたわけだ。相手が聖職者なら道徳とか良心なんてものに訴えかけられると強くは出てこれなくなる。そこを利用したのだ。ヨウィアヌスはそういう小狡い知恵は良く回る。

 だがヨウィアヌスの期待は裏切られた。メルキオルは申し訳なさそうに大きく白い息を吐き、再び会釈すると何故かヨウィアヌスの頭越しにグルグリウスをまっすぐ見上げる。


「申し訳ありませんがこの場で伺いたいことがあるのです。

 我々と一緒に砦に来た馬上の若者……彼はあのあとどこへ連れて行かれたのでしょうか?」


 ヨウィアヌスはメルキオルが自分の頭越しに直接グルグリウスに話しかけたことにムッとした。反射的にメルキオルとグルグリウスの間に身体を割り入れ、「おい、ちょっとお前さんどういうつもりだ」と抗議の声を挙げようとしたが、それを全て言い切る前にグルグリウスがヨウィアヌスの頭越しに答えてしまう。


「彼ならもう帰りましたよ」


 グルグリウスが答えてしまったことでヨウィアヌスはメルキオルに抗議するための立場を失った。驚くようにグルグリウスを振り返る。


「帰った!?」


「ええ、我々は門から彼を送り出した帰りなのです」


 メルキオルとグルグリウスの会話が続いてしまったため、ヨウィアヌスは仕方なく二人の間から退いた。そしていつでもメルキオルに手を出せる位置から不快そうにメルキオルを睨みつける。気づけばカルスはグルグリウスとメルキオルを挟んだ反対側から、やはりいつでも牽制できる場所に陣取ってメルキオルを観察し始めていた。


「ちょっと信じられません。

 彼は今日はここに用があると言っていました。

 てっきり今夜はここで宿をとるものだと思っていましたが……」


「その用は済んだのですよ。

 だから仲間の所へ急いで帰ったのです」


 メルキオルはジッとグルグリウスを見つめ、観察する。その表情には緊張と、焦燥とが浮かんでいるように見えた。対するグルグリウスはというと全くの無表情で、冷たくメルキオルを見下ろしている。


「やはり、ちょっと信じられませんね。

 こんな寒い夜更けに出て行くなんて……」


「本当です。

 何なら門衛に訊いてみればいいでしょう。

 彼なら確かに出て行ったと答えてくれるはずです」


 グルグリウスが答えるとすかさず横からヨウィアヌスが口を挟んだ。


「アンタ、あの人に何の用だい?

 知り合いってわけじゃねぇと思うんだが?」


 何故か薄笑いを浮かべて見えるヨウィアヌスをメルキオルは目だけ動かして見返すと、そのままの姿勢と表情で答える。


「彼は私たちをこの砦まで護衛してくれました。

 ですので、一言御礼を言いたかったのです」


「護衛ねぇ……」


 呟くヨウィアヌスの声は嘲笑するような響きがあった。メルキオルの話を全く信じてないようなヨウィアヌスにメルキオルは続ける。


「私は明日の日曜礼拝のために急いでいました。

 ですが峠にはダイアウルフが出るというので、手前の中継基地スタティオで足止めされてしまったのです。

 危険だから護衛でも居ないかぎりはここから先は通せないと……

 それで困っていた私たちに、彼らが親切にも護衛を申し出てくださり、そして実際にここまで護衛してくださいました」


 熱を帯びるメルキオルにグルグリウスは手を翳して落ち着くようジェスチャーする。


「なるほど、理解しました」


 メルキオルはグルグリウスのその一言に押し黙り、サッと視線をグルグリウスに戻す。グルグリウスの表情は先ほどに比べれば険のとれた、幾分柔らかなものに替わっていた。


「御安心なさい。

 彼は伯爵公子閣下と面会し、用を済ませ、次の用のために仲間の下へ急いだのです。

 彼は特別な任務を帯びていて、とても忙しいのですよ。

 アナタの御礼は、吾輩わがはいからよく伝えておきましょう」


「特別な任務?」


「ええ、詳しく申し上げることはできませんが……」


「……あなたも?」


「ふむ……まあ、そうですな。

 全く同じというわけではありませんが、関係する仕事を請け負っております」


 メルキオルはどこか納得しきってはいないようだったが、それでもいくらか緊張を解いたように小さく白い息を吐く。


「わかりました。

 伯爵公子閣下が関わっているというのであれば、これ以上は訊きますまい」


 メルキオルがそう言うと、左右両側で様子をうかがっていた二人のホブゴブリンたちも安心したのか、緊張を解いて身体から力みを抜いた。メルキオルは胸に手を当て、深々と頭を下げて礼を述べた。


「呼び止めて申し訳ありませんでした。

 わざわざ私にお付き合いいただき感謝いたします。

 もしよろしければ、お名前を伺っても?」

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