第704話 不戦宣言

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 ティフ・ブルーボールの示した新たな『勇者団ブレーブス』の方針に対し、メンバーたちは納得したような納得してないような微妙な反応を示した。一様にどこか別のところへ視線を泳がせ、フ~~ンと無関心そうに溜息をつく。心ここにあらず……まさにそんな感じである。


「?‥‥‥な、何だ、どうかしたか?」


 今までメンバーたちにこんな反応を示された経験があまり無かったティフは動揺した。


 俺の考えはどこか間違っていたか?!


 ハッキリとそう思ったわけではなかったが、メンバーのこのかんばしくない反応は明らかにティフの表明した考えに対するものだ。ティフはハーフエルフであるため、実年齢はヒトのメンバーの倍以上であったし、ハーフエルフの中でも頭の回転が早い方で合理的な考え方をする。人付き合いが苦手で本に没頭する時間が長かったために、知識レベルは本職の研究者に引けを取らない。もっとも、読み漁った本は父祖の冒険譚や歴史書に偏っていたため、本職の研究者並の知識を持っているのはその分野に限られてはいたのだが、それでも何か問題を提示されたとしても間違った答えを出すことはあまりない。そして、そうであるがゆえに『勇者団』の中でのヒエラルキーは必然的に高くなり、『勇者団』のリーダーに納まっている。

 『勇者団』は常に、ティフを中心に回り続けてきたと言っていいだろう。偉大な冒険者、ゲイマーのティフ・ブルーボールの血を引く唯一の子であり、ハーフエルフであるがゆえに魔力も高く、それでいて彼らの父祖、史実の勇者に対する造詣が誰よりも深いとなれば、メンバーの崇敬を必然的に集めることとなったのだ。


 だが、その地位は実は本人の気づいてないところで少しずつ崩れてきている。


 ムセイオンを飛び出して来てから失敗が目立つようになってきていた。ムセイオンから持ち出してきたお金はレーマ帝国では使えなかったし、彼らの格好はやたら目立った。行く先々で思いもよらぬトラブルに見舞われることも多々あった。そうしたトラブルに対してその場その場で有効な対応策を打ち出したのはティフではなく、『勇者団』の中では最もヒエラルキーの低いファドだった。貧民街で生まれ育ち、ある程度成長してからムセイオンに収容されたファドと違い、閉鎖的なムセイオンの中でぬくぬくと甘やかされて育ってきたティフ以下『勇者団』のメンバーたちは所詮は世間知らずのおぼっちゃまでしかなかったのだ。


 現実と知識は違う……彼らはそのことに少しずつ気付き始めている。そして、そうであるからこそ、本で得た知識によってリーダーに納まっているティフに対する評価はかげらざるをえないのだった。


 実際、アルビオンニアに渡ってからというもの、メンバーたちの目に映るティフは精彩に欠き続けている。もちろん、彼らにしてもティフの言う事が間違っているとは思ってはいない。ティフの立てる作戦はいつだって立派だし、自分に同じような作戦を立てて実行できるかと問われて自信をもって「出来る」と答えられるメンバーは居ないだろう。だが、最初にブルグトアドルフでルクレティア・スパルタカシアへの襲撃に失敗して以降、その間違っているとは到底思えない立派な作戦がことごとく失敗している。それが何故なのか……他のメンバーたちにはハッキリと指摘することはできない。彼らの頭で考える限り、ティフに落ち度はない。しかし、この一、二カ月の間の、今回の冒険の旅で彼らは自分たちがどうやら相当な世間知らずらしいという事を実感していた。そして、そうだからこそ、自分たちがティフの立てた作戦の欠陥を見抜けないのは、ティフに落ち度が無いからではなく、自分たちが世間知らずだからではないかと少しずつ思うようになってきていたのだ。


 そして今回、ティフから打ち出された新方針は、彼らの頭で考える限り至極真っ当で欠点のないものだ。しかし同時に、彼らの意表を突くようなものでもない……つまり、のだ。


 世間知らずな自分たちにとってということは、そのこと自体が何か欠陥が潜んでいることを示しているのではないのか?


 しかしだからと言って、そんな根拠で異論を唱えることなど出来ようはずもない。それは難癖をつけるにしても最悪の付け方と言って良いだろう。


 これはうまく行かない……全員が腹の底でそう思っている。だが、じゃあ何故うまく行かないのかを誰も説明できない。それが、メンバーたちの今の反応の背景であった。


「いや、どうもしない。」

「うん、イイと思うよ。」

「ええ、それでいいんじゃないかと思います。」


 ティフの問いかけに対し、メンバーたちは口々にそう答える。だがそれはどこか他人事のようであり、まるで何か隠し事でもしているような、何か腫物にでも触れるかのような、どこかぎこちない口調であり、態度であった。そしてそれは、かつてティフが弟たちや親族から向けられた態度に非常に似ていた。


「?……なんだよ、何かあるなら言ってくれ!」


 何かイヤな感情が急に沸き起こり、珍しく感情的に声を荒げたティフに驚いたペトミー・フーマンやペイトウィン・ホエールキングが慌てて取りつくろう。


「いや!ホントに何もないよ。」

「ああ、本当だ。正しいと思ってるよ。本当に……」


 ペトミーとペイトウィンにそう言われても、ティフはまだ納得できない様子だったが、何か異変を察したデファーグ・エッジロードが咄嗟に話題を切り替えようと口を挟んだ。


「そんなことより、具体的にどうするんだ?

 スパルタカシアと話し合うってことは、俺たちは追いかけるんだろう?」


 ティフはその質問を聞き、デファーグを横目でジッと見据えて黙り込む。ティフとしてはみんなの態度がどこか腑に落ちず、過去の親族たちから腫物のように扱われ続けたイヤな日々を思い出して心のざわめきが収まらないままであり、できればペトミーやペイトウィンと話をハッキリつけたいという気持ちが強かった。が、数秒黙ったまま考え、デファーグからそのように質問をされた以上は私情でこのまま話をもつれさせることも出来ないと判断し、ハァと小さく短く息を吐くとデファーグに向き直って答える。


「ああそうだ。多分、あの一行は今日中にシュバルツゼーブルグに移動するだろう。

 俺たちも追いかけ、今夜はシュバルツゼーブルグに一泊しようと思う。」


 デファーグは自分の質問に答える前にティフが溜息をついたように見えたことが気になり、少しムッとしたがその後のティフのしゃべり方があまりにも普通だったので気のせいだろうと、心の中に何かモヤモヤしたものを抱えながらもそこには触れないことにした。


「シュバルツゼーブルグで仕掛けるのか?」


「仕掛ける……というか、もう一度話し合いを持ちかける。

 もう一度言っておくが、今後しばらく戦闘は控えるつもりだ。」


 そう説明したティフはデファーグの顔をまじまじと無言のまま数秒見つめ、その後再びハァと小さく短く息を吐いてから訂正した。


「いや、メークミーとナイスを返してもらうまで戦闘は避ける。

 いいか、今後一切、。」


 これにはさすがにメンバー全員が驚いた。


「「「戦わない!?」」」


「そうだ!

 万が一“敵”から攻撃を受けるようなことがあったとしても、身を護るための最低限の戦い以外は一切しない!!」

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