第705話 背後にいる者

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 『勇者団ブレーブス』のメンバーたちはリーダー、ティフ・ブルーボールの戦わないという宣言に動揺した。


「待ってくれ!

 それは相手が精霊エレメンタルじゃなくてもか!?」


 今日は朝からずっと……いや、正確には昨夜、《森の精霊ドライアド》に惨敗してからずっと落ち込んでいたスモル・ソイボーイにすら声を上げさせるほどの衝撃であった。


「そうだ。

 今、レーマ軍のがわには強力な精霊エレメンタルが付いている。

 アルビオーネも、《森の精霊ドライアド》も、あの《地の精霊アース・エレメンタル》とはどうも繋がりがあるらしい。

 相手の背後で精霊エレメンタルたちがどう繋がっているか分からないんだ。

 こんな状態で戦えば、アルビオーネや《森の精霊ドライアド》の時みたいに、無関係だと思っていた強力な精霊エレメンタルが突然介入してくるかもしれない。」


「そんなこと言ったら誰とも戦えないじゃないか?!」


 今度はスモルに続いてデファーグ・エッジロードが身を乗り出して抗議に加わる。ティフはそうした反応を予想していたのだろう、間髪入れずに即答する。


「そうだ。だから戦わないと言ってるんだ。」


 スモルにしろデファーグにしろ、別に戦闘狂ではないし相手構わず戦いたいと思っているわけではない。だが、彼らはゲイマーゲーマーの子であり父祖の冒険譚ぼうけんたんに憧れて『勇者団』に加わり、そして今回の冒険旅行に参加しているのだ。当然、程度の差こそあれ自分たちを父祖と同じ『冒険者』に見立てている。


 冒険者が戦わない!?そんなのってアリか!?


 彼らの心中に沸き起こった疑問はそれだった。

 戦いたいわけではない。だが、戦うべき時はあるはずだ。戦うべき時に戦うべき相手を前にしてなお戦わない……それはいくら何でもおかしい。そんなのは冒険者じゃないし、そんなんじゃ『勇者団』たり得ない。

 特にデファーグは『剣聖』ソードマスターと称されるほどの剣術バカである。極めたはずの剣術……それが実際にどこまで通用するものなのか見極めたい……そういう気持ちがあって『勇者団』の冒険旅行に参加しているのだ。それなのに「戦わない」などと言うのは話が違うとしか思えない。何か、裏切りにでもあったかのような衝撃に精神を揺さぶられるような思いだった。


「いくら何でも消極的すぎないか!?」

「そうだ、勇者は戦うことを恐れない!」

「私たちは世界最強の『勇者団』じゃなかったんですか!?」

「いくら強力な精霊エレメンタルに遭遇したからって、あんなのいくらもいるわけじゃないでしょう!?」

「そうです!もう少し冷静になるべきです!!」


 スモルやデファーグ以外のメンバーも同じ思いなのだろう、次々と抗議の声が上がった。ティフに対してここまでメンバーの抗議が集中するのは『勇者団』が結成されて以来初めての事だったかもしれない。見渡す限り、ジッと黙って様子をうかがい続けているのはファドくらいのものだった。

 ティフとしてもこれほどの反発を予想していなかったわけではないが、それでも予想していたのと実際に目の当たりにするのではやはり違う。その点、ティフは人生経験が足りていなかった。メンバーの反発は予想を超えるものではなかったにも拘わらず、動揺を隠しきれないでいる。だが、それでもティフは両手を広げてメンバーを落ち着かせようと試みる。


「待て!話を聞いてくれ!!」


 メンバーの反発は収まらなかったが、それでも抗議の声が半分くらいになったところでティフは強引に話を進める。


「俺たちは真の敵を見極めなければならないんだ!

 そのためには、今目の前に現れた相手にイチイチ全部戦いを挑んではいられないんだ!」


「“真の敵”って何だよ!?」


「わからない。」


「なんだそれ!?」

「“魔王”でもいるって言うんですか!?」

精霊エレメンタルに勝てないからってヤキが回ったのか?」


 ついにはペイトウィン・ホエールキングが茶化し始める。それにティフは思わずムッとしたが、ティフがペイトウィンに反論する前にペトミー・フーマンがティフの擁護に回った。


「みんな待て!

 ティフはそんな奴じゃない!」


 ペイトウィンの冗談にティフの表情が変わったことで、ヒトのメンバーは一斉に黙っていた。そこにペトミーが介入したことでティフの暴発は未然に防がれ、他のハーフエルフたちも口を閉じる。ティフはというと沸き起こった感情を発散させる機会を失い、もどかしな様子ではあったが、せっかくペトミーがみんなを黙らせてくれたのに自分が再び場をかき乱すことも出来ず、呼吸を整えてから「ペトミー、ありがとう」と小さく礼を言ってから何かを噛み殺すように話を再開する。


「みんな、思い出してくれ。

 俺たちが出会った精霊エレメンタルたちはみんな繋がってるようだった。

 アルビオーネは俺たちのことを知っていたし、誰かに俺たちのことを聞き、俺たちを抑えるように頼まれていた。

 それに《森の精霊ドライアド》もナイスを《地の精霊アース・エレメンタル》に献上したと言っていた。しかもどちらも俺たちと戦った時、『殺すな、傷つけるなって言われている』って言ってたし……」


「《地の精霊アース・エレメンタル》に頼まれたってことか?」


 スモル・ソイボーイはティフに言われ、《森の精霊》が言っていたことを思い出した。確かに、《森の精霊》は誰かに頼まれてナイス・ジェークとエイー・ルメオを抑えようとしたとか言っていた気がする。となれば、《森の精霊》に頼みごとをしたとすれば、それは《地の精霊》であろう。《地の精霊》はスモルが口を滑らせてナイスたちの存在をバラしてしまったのを聞き、ブルグトアドルフの森へ向かったはずだった。だがエイーの話によれば《地の精霊》は実際には現れず、代わりに《森の精霊》が現れている。《地の精霊》が何らかの理由で都合が悪くなり、ナイスとエイーを抑えるのを《森の精霊》に頼んで自分は他へ行ったと考えるのが妥当だ。

 それに、スモルからすると自分が執着した相手がそれだけ強大な精霊エレメンタルだったという事に対して、少しばかり感慨深いものを感じていた。

 知らなかったとはいえあまりに強大な敵に挑んだという満足感、そして同時に知らなかったとはいえあまりに強大な敵に挑んだ己の軽率さに対する驚きと恐れ……その全てがないまぜになったような複雑な心境である。


「いや、その《地の精霊アース・エレメンタル》も俺たちのことを『抑えるように言われてる』とか言ってただろ?」


地の精霊アース・エレメンタル》も誰かに命じられて動いてたって事か?」


 ティフの指摘にスモルは「そういえば」と驚いたように身体を伸びあがらせる。スモルはいつの間にか《地の精霊》こそが自分たちにとって最大の敵……一連の精霊たちの背後にいる黒幕だと考えていたのである。


「でもそれは……あのルクレティア・スパルタカシアとかいう神官だろ?」


 今度はペトミーがファドの方をチラッと見ながら質問をした。ファドの報告によれば、ルクレティアは強力な魔法使いであり、同時に《地の精霊》を使役していたとのことだったからだ。

 しかし、これにはティフも苦笑いを浮かべる。


「いや、いくらなんでもNPCのスパルタカシアにあんな強大な精霊エレメンタルを使役できるわけがない。俺たちだって多分、あんな精霊エレメンタルを使役なんかできないだろ?

 《地の精霊アース・エレメンタル》は何かの理由でスパルタカシアに加護を与えているだけだろう。」


 ティフのその考えはファドの、ルクレティアは強力な魔法使いで《地の精霊》を使役していると言う報告内容を、部分的にではあるが否定するものだった。ペトミーはファドの顔を振り返るが、ファドは真一文字に結んだままの唇にやや力を入れはしたものの、いつもの無感情に近い顔でジッとティフを見上げている。ペトミーとしてはファドに味方したい気持ちはあったが、ティフの言っていることももっともであり、これまでムセイオンに知られてもいなかった辺境の神官が自分たちに匹敵するほどの実力を有しているとは考えにくい。ファドもティフに否定されたことについてそれほど気にしていないように見えたこともあって、ペトミーは特に反論もせずティフの方へ視線を戻した。


「じゃあ本当に、他に誰かが居るって言うのか?」


 それまで半笑いを浮かべてティフを揶揄からかっていたペイトウィンが笑みを消して怪訝そうに尋ねる。ペイトウィンはそれまでティフが何か苦し紛れに突拍子もないことを言いだしたと本気で思っていた。が、どうやら本気らしい。


「ああ、思い出せペイトウィン。

 アルビオーネが言っていただろう?

 『の御意により、今日一日海峡を渡る船は一隻たりとも沈めさせぬ。』とか、『今日一日、海峡を渡る船の安全を守ること、そして今後其方そなたらが許しなく海を渡らぬようにすること、それがわらわが忠節を捧げるの御意じゃ。』とか‥‥‥アルビオーネは明らかに誰かに。」

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