第706話 ムセイオンに帰れない!?

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



 アルビオーネにしろ《森の精霊ドライアド》にしろ、彼らが遭遇した精霊エレメンタルはいずれも土着の“神”としてあがめられ、信仰の対象とされていてもおかしくない強大な存在だった。アルビオーネと直接対峙したペイトウィン・ホエールキング、ペトミー・フーマン、スマッグ・トムボーイはそれは実感として理解できる。そして《森の精霊》についても同じで、スモル・ソイボーイ、スワッグ・リー、スタフ・ヌーブ、エイー・ルメオらも《森の精霊》は土着の神だったのではないかと今では認識するに至っている。

 そして《地の精霊アース・エレメンタル》……これも未だ誰にも姿を見せてはいないが、おそらくその実力はアルビオーネにも《森の精霊》にも劣らぬものであろうことは疑いようがない。“神”……そう言っても過言ではないだろう。

 《地の精霊》がルクレティア・スパルタカシアという血統の由緒正しさだけは世界に知れ渡っているが実力については一般人の同じと見做みなされている(『勇者団ブレーブス』に言わせれば、名ばかりの)聖貴族に仕えているというのは、ティフ・ブルーボールが指摘したように何らかの誤解としか思えない。おそらく何か事情があって特別な加護を与えているだけなのだろう。

 ただ、その“神”に匹敵する三柱の精霊がに仕えているというのは、その精霊たちの実力を目の当たりにしている者にとっては信じがたいモノがあった。アルビオーネにも《森の精霊》にも会っていないデファーグ・エッジロードとソファーキング・エディブルスの二人にとってもそれは同じである。ただ、話に聞いただけで直接会ったわけではない彼らの方が、他の七人よりもまだティフの主張する説は受け入れやすくはあったかもしれない。が、簡単に受け入れられないという点では、メンバーの認識は一致していた。


 “神”が誰かに仕えている?‥‥‥そんなバカな‥‥‥


 アルビオーネの正体はアルビオン海峡をつかさどる《水の精霊ウォーター・エレメンタル》であり、海峡を渦巻く膨大な潮流がその力の源泉である。ゆえに、彼女を殺そうと思ったら海を丸ごと埋めてしまうか、あるいは海峡の海水すべてを凍らせるかして、あの膨大な潮流を止めるしかない。そんなことは実現不可能だ。そんな絶対的な存在であるアルビオーネが、いったい誰に仕えているというのだろうか?まさか絶対強者が自分より力の劣る者に仕えるなんてことはあるまい。ということは、“神”をも上回る力の持ち主が居るということだ。

 メンバーたちが半信半疑になるのは当然だった。


「たしかに‥‥‥そんなこと、言っては、いたけど‥‥‥」


 ペイトウィンは半笑いを浮かべる。口元は片方の口角だけを引きつらせているが、目は全く笑っていない。信じがたい‥‥‥そういう表情だ。


「待ってください!」


 ペイトウィンが口ごもり、一同が黙り込む。ティフがそこから話を続けようとした瞬間、スタフが突然声を上げた。


「その、アルビオーネと言う《水の精霊ウォーター・エレメンタル》は『其方そなたらが許しなく海を渡らぬようにすること』と言ったのですか!?」


「?‥‥‥ああ、そうだ。そんなことを言っていた。」


 ティフがペイトウィンやペトミーと顔を見合わせてから答えると、スタフは慌てたように腰を浮かせる。


「ということは、我々はこのアルビオン島から出られないってことですか!?」


「あ、ああ……そうなるかな?」


 ティフの答えに一同は‥‥‥特にスマッグ以外のヒトのメンバーたちがざわめき始める。


「それじゃ俺たちこれからずっとアルビオン島で過ごすんですか!?」

「降臨に成功しても帰れないんじゃ……」

「いや、父上たちが再臨してくれればアルビオーネなんて‥‥‥」

「まさか!相手は亜神ですよ!?」

「そうだ、いくらゲーマーだって神には勝てないでしょ?!」

「勝てるさ!邪神をたお物語エピソードだってあっただろ?!」

「あれは亜神とは名ばかりの魔物モンスターだったじゃないですか!?」

「そうだ、勝手に神を名乗ってただけの中ボスです!!」

「アルビオーネは中ボスなんかじゃないぞ!?

 アレはきっとラスボスとかの強さだ。」

「じゃあ降臨に成功しても俺たち帰れないんじゃないですか!?」

「その時は父さんたちと、アルビオン島で冒険すればいいだろ?!」

「そうだ、帰れなくったっていいだろ!?

 ムセイオンに帰ったってママに怒られるだけだ!」

「そんな!」

「俺はムセイオンの連中を見返したい!

 降臨を成功させて、手柄を立てて、ムセイオンに帰って認めさせたい!!」

「だいたい海峡以外のルートだってあるかもしれないじゃないか!?」

「そうだ、クプファーハーフェンからは海峡を通らないでサウマンディアへ渡る船が居たはずだ。」

「サウマンディアじゃ大陸の東じゃないですか!?

 ムセイオンは西ですよ!」

「ちょっと遠回りになるだけだろ?!」

「待って、南蛮人とチューアが交易してるんだろ?!

 じゃあ南蛮に行けば海峡を通らずにチューアに行けるんじゃないか?」

「南蛮の言葉なんて誰も話せないじゃないですか!」


 このままではアルビオン島から出られなくなる……そんな予想外の事態に『勇者団』は浮足立った。途中、誰かが言っていたように『勇者団』のメンバーはムセイオンにおいて、いい歳して冒険譚ぼうけんたん耽溺たんできするカワイソウな人たちとして扱われており、見返してやりたいと思っている者が多かった。そして、そういうメンバーは今回の冒険で降臨を成功させ、自分たちを蔑視する者たちを見返してやるために参加していたのである。

 そのためには仮に降臨を成功させても、ムセイオンに帰れなければ意味がない。ゲーマーの力をもってしてもたおせるかどうかわからない強大な精霊に海峡を封鎖されたら、彼らはムセイオンには帰れないし事実上ムセイオンから追放されたも同然となってしまうのだ。 


 冗談じゃない!そんな話は聞いてない!!


 ムセイオンにいるからこそ、彼らはゲイマーの血を引く聖貴族として厚遇されるのである。ムセイオンから出て、しかも故郷へも帰れないとなれば貴族としての恵まれた生活環境は期待できなくなる。もちろん、ゲイマーの子である以上どこへ行っても厚遇はしてもらえるだろう。が、ここは帝国の南のはずれの辺境だ。こんなところでムセイオン並みの清潔で快適な生活が保障してもらえるとは思えない。それどころか彼らは盗賊を率いてとんでもない犯罪を犯しているのである。ゲイマーの子孫に相応しい厚遇どころか、犯罪者として冷遇される可能性すら否定できない。

 ほんのの延長で参加したのに、聖貴族としての生活を失うなど全く想像もしていなかった彼らが騒ぎ出すのは当然だった。ざわめきは言葉の応酬を経て瞬く間に論争のように激しい混乱へと発展する。


「待て、待て、待て、待ぁーてっ!!

 ボクの話は終ってないぞ!?話を聞けーっ!!」 


 ティフは地団駄じたんだを踏むように激しく足を踏み鳴らしてまで大声をあげ、メンバーに静かにするよう呼びかける。

 しばらくしてようやくみんなが静かになった時、ティフは喉の奥に痛みを感じていた。片手で喉を抑え、少し不快そうにしかめた顔をしながら、ようやく静かになった仲間たちを見渡して説明を再開する。


「アルビオーネは言っていた。

 『先日この地で騒ぎを起こしたハーフエルフであろう?』って……

 『今後其方そなたらが許しなく海を渡らぬようにする』って……」


「つまり、俺たち帰れないってことですよね?!」


「いいから聞け!!」


 口を挟んできたスタフを黙らせ、ティフは続ける。


「アルビオーネが渡らせないって言ったのはハーフエルフだ。

 俺たちだけで、ヒトは渡らせてくれるかもしれない。

 スマッグ以外はアルビオーネに顔を見られていないし、渡ろうとしても俺たちハーフエルフと一緒じゃなければ見逃してもらえるかも‥‥‥と、思う。」


「じゃ、じゃあ俺は?!」


 スマッグが腰を上げ、半立ちになって情けない声をあげると、ティフは苦笑いを浮かべた。


「スマッグは顔を見られたから、俺たちの仲間だって憶えられたかもな。」

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