第707話 唯一の打開策

統一歴九十九年五月八日、午後 - アルビオンニウム郊外/アルビオンニウム



「そんなぁ‥‥‥

 それじゃ俺、帰れないんですかぁ?」


 膝立ちになっていたスマッグ・トムボーイは情けない声を上げるとその場に力なくへたり込んだ。その様子を見てペイトウィン・ホエールキングは皮肉な笑みを浮かべる。


「まだわかんないぞ、あの場に居た中で俺とティフとペトミーはハーフエルフだったけど、お前はあの中で唯一のヒトだった。

 案外、アルビオーネはお前のこと憶えてないかもな?」


 ペイトウィンからすれば慰めているつもりだったかもしれないが、言われた方からすれば馬鹿にされているようにしか思えない。スマッグはうつむいたままチラッとペイトウィンを上目遣いでやぶにらみし、すぐに視線を離してハァと溜息をついた。

 ペイトウィンはゲイマーの子、対してスマッグはゲイマーの孫だ。おまけにペイトウィンはハーフエルフでスマッグはヒト……それだけでもヒエラルキーはペイトウィンの方が圧倒的に上で、多少の無礼を働かれたところでスマッグは黙って堪えるしかなかったのだ。


「どのみち俺たちは帰れなくなっちまってるのか?」


 そう問いかけるのはデファーグ・エッジロードだ。彼はただでさえ剣士で遠距離戦には役に立ちそうになかったうえに、昨日は魔力欠乏から回復しきっていなかったため留守番をしていたのでアルビオーネとも《森の精霊ドライアド》とも対峙していない。自分の知らないところで知らないうちにそんなことになっていたのは、確かに納得できることではないだろう。


「わからない。

 アルビオーネの前に出てないから俺たちの仲間だとは思われないかもしれないし、そうなら見逃してもらえるかも知れない。

 でも、もしアルビオーネがアルビオン島にいるハーフエルフ全部を通せんぼするつもりなら、ダメかもしれない。」


 ティフが申し訳なさそうに答えると、デファーグは少しムスッとして黙り込んだ。ヒトのメンバーたちはデファーグが不機嫌になったことを気にし、一歩引いた態度でハーフエルフたちの様子を伺う。ヒトのメンバーと同じくデファーグの様子を気にしていたスモル・ソイボーイは努めて明るい声色でティフに質問する。


「それって確かめることはできないのか?」


 スモルもアルビオーネとは会っていないため、その時の様子は分からないのだ。


「いや、出来るかもしれないがやらない方がいいだろう。

 アルビオーネは誰かに頼まれて俺たちが海峡を渡らせないようにしているんだ。俺たち全員の事を知っているわけではないと思う。

 俺やペイトウィンやペトミーは顔を見られているし、もう確実に憶えられているだろうが、スモルやデファーグは見られてないんだ。

 さっきも言ったが、もしかしたら俺たちの仲間と分からなければ、通してもらえる可能性も無くはない。それなのにアルビオーネのところへ行ってわざわざ『コイツも渡っちゃダメですか?』なんて訊いたら、スモルやデファーグが俺たちの仲間で海峡を渡らせないようにする対象の一人だぞって教えてやることになってしまうだろ?」


 デファーグの不況を和らげるために質問を試みたスモルだったが、その努力は功を奏することはなかった。


「だがこの問題を解消する見込みが無いわけじゃない。」


 ティフのその一言に全員が一斉に顔を上げてティフに視線を注ぐ。


「アルビオーネは『わらわが忠節を捧げる御方の御意ぎょい』とか言ってた。

 誰かに頼まれたからそうやったんだ。

 その誰かがどこの誰で、何でそんなことをアルビオーネに頼んだかは分からない。でもどうやら、俺たちは知らない間にどこかの誰かを怒らせちまったらしい。そいつが多分、精霊エレメンタルたちの背後にいる黒幕だ。

 なら、まずはその黒幕を探し出すんだ。」


 ティフは話している間にメンバーたちの目に希望の光が宿り始めるのに気づいた。デファーグが丸まっていた背中を伸ばして声を上げる。


「その黒幕をたおすのか!?」

 

 メンバーの意識が再び一つにまとまりつつある手応えに自然とほころび始めていたティフの相好が苦笑いにゆがむ。


「いや、アルビオーネや《森の精霊ドライアド》なんかを従えさせてる相手だぞ?

 戦って勝てる相手じゃないだろう。

 もちろん、斃す必要があるなら戦うが、まずは様子見だ。」


 デファーグは顔は希望の輝きを取り戻しつつあったが、再び先ほどまでの仏頂面ぶっちょうづらに戻ってしまう。


「もしもこっちが知らない間に何か相手を怒らせるような不始末をやってしまってて、それでこんなことになってるならまず謝んなきゃだろ?

 とにかく、その黒幕を探し出してみない事には何もできない。

 レーマ軍には既に俺たちの存在を知られてしまっているんだ。ムセイオンに連絡が行くまで二カ月もかからないだろう。そしたらママが迎えに来ちまって、降臨も出来ないうちに連れ戻されちまう。

 俺たちはそれまでに何としても降臨を成功させなきゃいけないんだ。

 俺たちに残された時間は一か月か、一カ月半ってとこだ。

 なのにこのままアルビオーネや《森の精霊ドライアド》みたいな精霊エレメンタルが次々と現れて、行く先々で立ちはだかれたんじゃ降臨どころじゃなくなっちまう。

 降臨を成功させるためにも、今は用心ぶかく、慎重にことを進めなきゃいけない。」


 ティフの説得にメンバーたちは少しずつだが納得しはじめたようだった。デファーグも腕組みをし、考え込むような様子でティフの顔をジッと見上げている。


「その黒幕っていうのは、どうやって探すんだ?

 何かアテは……そうか、アルビオーネか!?」


 スモルのその質問はもっともだし、メンバーたちも一番気になるところだろう。ティフはアルビオーネとの会話から背後に何者かが居ることに気付いている、なら、アルビオーネに訊ねれば教えてもらえるか、せめてヒントくらいは得られるかもしれない。だがティフは右側の口角を引き上げて皮肉っぽく笑い首を振る。


「アルビオーネには訊いてみたが答えてくれなかった。

 『百日の間は秘するとの御意ぎょいゆえ、わらわも教えてやることかなわぬ』だとさ。

 多分、ほかの精霊エレメンタルに訊いても答えてくれないだろう。」


「じゃあ、どうすんだよ!?」


 アルビオーネほどの精霊が仕える相手だ。人間なんかじゃないだろう。そしてアルビオーネなんて彼らはここに来るまで存在すら知らなかった。

 アルビオーネの様な強大な精霊が居ることが分かっているのなら、地元民は間違いなく神殿を築いて崇拝の対象にしていただろうに、そのような神殿も無ければアルビオーネに関連するような噂話の一つも耳にすることは無かった。つまり、アルビオーネは地元民にすら知られていない精霊だったに違いない。なら、アルビオーネが仕える相手というのも、地元民にも知られていない可能性が高い。そもそもアルビオーネの存在を知らない地元民にアルビオーネが仕える相手を尋ねても答えを得られる可能性は皆無だろう。

 人間に訊いても情報を得られないのに、当の精霊が教えようとしないんじゃ知る手掛かりなんかあるわけがない。しかしティフは自信ありげに答えたのだった。


「それを訊くためにも、スパルタカシアと交渉するのさ。」

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