第60話 リクハルド軍来襲

統一歴九十九年四月十日、昼 海軍基地城下町/アルトリウシア



 リクハルドが《陶片テスタチェウス》から出撃した時に率いていたのは当初用意した攻撃隊のうちの四割にすぎない約八十名程だった。

 《とりノ門》を避難民に半時間以上も塞がれたせいで出撃の機会を逃した兵士らはすっかり士気をがれており、《酉ノ門》近くの路地裏や建物の中で分散待機させていたせいもあって、ゴブリン騎兵による奇襲を受けた直後の急な出撃命令に即座に対応できなかった。

 焦るリクハルドが待っていられる間に《酉ノ門》の外に整列できたのは、海賊時代からの最古参の手下だった六十三名と新人ながら急な状況の変化と命令に対応できた十八名だけだった。


「これ以上は待てねぇ、後の奴は怪我人の手当てでもしてろい!」


 《酉ノ門》あたりでボヤボヤしてる手下に向かってそう叫ぶと、リクハルドは整列を済ませていた八十一名を引き連れて城下町カナバエへ向かって速足で歩きだしたのだった。


 銃弾さえ弾き返せそうな分厚く大きな鉄板の当たった鉢金はちがねを頭に巻き、赤く染めた麻の鎧下イァックに鉄製の鎖帷子ロリカ・ハマタを重ねた上に派手なダンダラ模様の青い羽織りをまとい、鉄板の脛当てとレーマ軍のと同じ革製の軍靴カリガという異様な風体に、刃渡りだけで一ピルム(約百八十五センチ)越えてそうな朱鞘しゅざや野太刀のだちを肩に担ぐというド派手な格好をした巨漢リクハルド海軍基地城下町カナバエ・カストルム・ナヴァリアのメインストリートである通称 《海軍基地通りウィア・カストルム・ナヴァリア》に姿を現した時、城下町カナバエ市街地での戦闘は小康状態になっていた。

 ハン支援軍アウクシリア・ハンは撤収と放火の準備のために市街地から一旦離脱したため、抵抗していた水兵たちとの戦闘がほぼ止んでしまったのが理由だった。



 海軍基地の正門前の交差点で指揮を執っていたオクタルが正門正面の海軍基地通り上二百ピルム(約三百七十メートル)先にリクハルドの一団の姿を見止めると、付近にいたゴブリン歩兵に声を振り絞って集合を命じた。


「ドナート、今少し時間を稼いでくれるか?

 火が回るまでだ。」


「ご命令とあらば!」


「頼む!」


「オクタル様」


「何だ!?」


「出来れば投擲爆弾グラナートゥムをお分け下さい。」


「そこにあるだけ持って行け!」


 ドナートは部下と共にオクタルの指示さししめした先に積み上げてあった木箱から投擲爆弾を四つずつ取った。二つを鞍に結び付け、二つを左右に交差するようにたすき掛けにする。

 オクタルはそれを尻目に集まってきたゴブリン兵を連れて海軍基地正門内側に築かれたバリケードの裏側へ回った。


「見ろ、敵だ!!

 城下町に火が回るまであいつらを阻止する。

 お前たちは弾薬運びだ。弾薬と投擲爆弾を運べ。

 お前たちは右の土塁どるいへ、お前たちは左の土塁へ登れ。上から見て敵が正面の通りの四十ピルム以内に来たか退いたかしたら合図しろ。横から敵が来た場合以外は撃たんでいい。

 残りはここから正面に向かって撃て。狙わんでいいぞ。

 三人一組で一人ずつ順番に撃つんだ。

 よし、弾を込めろ。」



 海軍基地の周辺は高さ一ピルム半(約二・八メートル)の石積みの壁で囲われているが、その内側は土が盛られて土塁のようになっている。外側からはハシゴでもかけなければ登れないが、内側からなら歩いて容易に登り降りできた。

 こうなっているのは外部からの敵の侵入を防ぐという意味ももちろんある。あとは砲撃によって容易に壁を崩されないようにするためでもあり、同時に基地の敷地内で火災が起こり、貯蔵された火薬に引火して爆発事故を起こしても基地の外側への被害を出さないようにするためでもあった。

 正門はその土塁に幅三ピルム(約五メートル半)ほどの開口部を設けて左右に門柱を立てたものである。海軍基地の東側の出入口はここしかなく、他の方面の出入口は門扉もんぴを固く閉ざした上で内側にバリケードを築いて通れなくしてある。

 つまり敵は正門ここを通らなければ基地内に入れない。


 オクタルの作戦は正門の内側から正門越しに見える範囲の短小銃マスケートゥムの有効射程内に敵が侵入したら、間断の無い銃撃を浴びせて正門に近づけない様にしようというものである。

 そのため、正門の左右両脇の土塁の上に六人ずつゴブリン兵を配置し、敵の位置を観測させる。でないと連続射撃を開始したら発砲煙で本隊のいる位置から敵が見えなくなるからだ。

 同時に投擲爆弾を十分持たせ、左右の正門内側からは死角になる範囲から接近を試みる敵に対して対処させる。


 オクタルは必要な命令を下すと一人の若いホブゴブリンを呼んだ。


「アーディン!」


「ハッ」


 呼ばれて駆けつけたホブゴブリンは、まだ鼻の頭に紐を結び付けた子供だった。

 ハン族は顔をいかつくするために、子供の間は鼻の頭に結び目が付くように顔に紐を巻く習慣があった。成人に達すると、晴れて人前で紐をとることが許される。

 オクタルは若いホブゴブリンに命じた。


「お前は伝令だ。兄上ムズクに伝えろ。

 計画を切り上げ、急ぎ出港準備を整えられよと。

 我らはここで殿しんがりを務めるから、出港準備ができ次第知らせろ。」


「・・・ハッ!」



 アーディンと呼ばれたホブゴブリンはハン族の貴族だったが、父は既にこの世になく、若くして一家の長となったため、成人に達していなかったにもかかわらず一家を代表して参陣していた。無論、今日が初陣である。

 若者らしく、伝令と言う名目で前線から下げられる事に不満を抱かないではなかったが、エラクへの伝令となれば貴族である自分でなければ務まらない事を思い出し、素直に命に服した。



 リクハルドよ、そなたが裏切ったとは未だに信じられんが、こうして対峙してしまった以上は致し方ない。せめて恥ずかしくない戦いぶりをみせてくれようぞ。


 基地内へ駆けていくアーディンを見送ったオクタルは不敵にも正面から接近してくる巨漢リクハルドにらみつけ、決意を固めた。


「構え―!!」



 リクハルドは街が静かすぎる事、正面奥の海軍基地正門へオクタルがゴブリン兵を引き連れて戻って行った事、そして海軍基地正門奥に普段は無い筈の土嚢どのうを積み上げたバリケードが構築されている事からオクタルが何をしようとしているのかだいたいの見当をつけていた。


「まいったな、防備を固める前に突っ込んじまいたかったんだが・・・」


 いくらハン支援軍ゴブリン兵が弱兵とはいえ、防備をしっかり固めたところへ正面から突っ込むのは無謀でしかない。

 仮にこっちが完全武装したコボルトの軍勢だったとしても、弾幕の中を無傷で突破できるわけじゃない。まして、こっちはコボルトどころかブッカ、ホブゴブリン、ヒトで構成されるアマチュア軍団だ。武装だって正規軍からすれば一段劣る。

 本来ならゴブリン兵が町に散らばって暴れているところへ突っ込んで乱戦に持ち込み、そのままハン族が防備を固める前に海軍基地へ雪崩なだれ込むつもりだったのだ。ところが出撃が遅れに遅れたあげく、ハン支援軍に防備を固められてしまった。あれでは海軍基地への突入はかなり厳しい。


 たぶん、あの騎兵どもの生き残りが俺らリクハルドの裏切りを報告したんだろうな。

 じゃなきゃ、あんな風に守りを固めるわけがねぇ。やっこさんハン族らはリクハルドは味方だと思い込んでたんだからな。


 正攻法が無理なのは既に自明だった。さて、どうしたもんかとあごをさすりつつ、リクハルドは城下町ここ辿たどり着くまでの間に拾った水兵たちの一人を呼び寄せた。


「おう、今、街ん中の様子はどうなってる!?」


「住民たちは既にほとんど逃げてます。

 残ってたとしても数人程度でしょう。」


「おめえらは街ん中でどう戦ってたんだ?」


「・・・あちこちにバリケードを築いて通れなくしたり、待ち伏せたりしてゴブリンから武器を奪って・・・」


「奪った武器の中に投擲爆弾は?」


「何個か残ってます。」



 リクハルドの顔がニヤリと歪む。

 郷士ドゥーチェは短小銃こそ与えられてはいるが、投擲爆弾は与えられていない。彼らの任務である治安維持には必要ないからだ。

 軍役に就く際には必要に応じて与えられるが、使わなかった分は返さなければならないので、当然郷士たちは誰も投擲爆弾など持ってはいない。

 だが、ここで投擲爆弾が手に入るとなれば戦術の幅が大きく広がる。

 現在のリクハルドの少ない手勢でもハン支援軍の防御陣地を崩す目途が立つのだ。



「街中探したら他にも転がってるかい?」


「さあ・・・だいたいは回収したと思いますが、探せばあるかも」


 いいぞ!とリクハルドは笑った。

 数が一つでも増えれば攻略が楽になる。


「おめえら、街ん中は詳しいんだよな?

 ほら、俺らはおめえさんらがどこをバリケードで塞いだかとかわかんねぇからよ。」


「ああ・・・ええ、自分が戦ってた辺りなら。」


「じゃあ水兵おまえさんたちにゃ道案内頼むぜ。

 伝六でんろく!ラウリ!!」


 リクハルドはアルビオンニウムに流れ着く前から従えている最古参の手下二人の名を呼んだ。

 伝六はコボルトの元脱走奴隷、ラウリはブッカの元海賊でどちらも戦働きでは本業の軍団兵レギオナリウスにも劣らぬ力量を持っている。


「へい!」

「おう!」


「俺らが正面から敵を惹き付けっから、おめえら兵隊二十ばかりずつ連れて、こっちの水兵にいさんらの道案内で迂回しろ。

 ついでに投擲爆弾を探せ。敵陣を潰すのに使うんだ。」


合点がってんだ!」

「任せてくだせぇ!」


 二人は威勢よく返事すると海賊時代からの仲間ばかり二十人ずつ選んで、水兵たちと共に路地裏へと姿を消した。

 それを待たずにリクハルドは残った連中に命じた。


「さあて、俺らは正面から攻めるぜ!

 両脇に散れ、隠れながら進むんだ!

 鉄砲のねえ奴は箱でもメンサでも何でもいいから、何か弾避けになりそうなもん探して持って来い。」

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