第61話 海軍基地通りの銃撃戦

統一歴九十九年四月十日、昼 - 海軍基地/アルトリウシア



 この世界ヴァーチャリアでの陸軍の戦闘は基本的に戦列歩兵戦術せんれつほへいせんじゅつが採られる。

 黒色火薬を使う小銃を主力武器として使用する以上、兵士が個々に好き勝手に射撃をすると、先に撃った者が作り出した発砲煙で視界が塞がれ、後から撃つ兵は敵に狙いを定める事が出来ない。この弊害へいがいを解消するため、指揮官統率の下で全員が一斉に射撃をする。

 全員が一度に射撃するためには、全員が横に並んで銃を構えるのが都合が良い。

 そうすると今度は敵からの銃撃を受けやすくなってしまうが、銃口から弾を込める前装式ぜんそうしきの銃では弾を込める際にどうしたって銃口を上に向けて銃を立てなければならないので、戦場でも立ってなきゃいけないし、横一列に並ぶことで敵の狙いを分散させる効果が期待できる。それに滑腔銃身スムース・ボアの小銃では有効射程も短くどうせ命中率は高くならない。・・・etc

 そうした諸々もろもろを勘案すると、戦列歩兵戦術がベストという結論が導き出されるのだ。


 オクタルがやろうとしている二、三人が一組になって交代で連続射撃をする戦術は、このような世界では異端と言って良いだろう。

 黒色火薬(褐色火薬もだが)は発砲すると大量の白煙が発生する。短時間で三、四発も連続射撃すれば、視界は自らの発砲で生じた煙幕で塞がれ、敵の姿は完全に見えなくなってしまう。

 短時間で高い火力を発揮することは出来るが、敵が見えなくなってしまってはその火力を効果的に発揮しつづける事など出来ない。煙が濃い分、煙が晴れるまで攻撃を待たねばならない時間も長くなり、却って敵に攻撃の隙を与えてしまう。

 それなら全員で一度に射撃した方が敵を狙えて無駄玉を減らせるし、次撃つまでに新たな白煙が追加されないから煙が晴れるのも早く、火力を有効に発揮できる。

 黒色火薬を使う銃では、連続射撃というのは実はあまり意味が無いのだ。


 だが、オクタルはこの問題を解決して見せた。

 観測手を本隊から離れた場所に配置し、連続射撃で発砲煙が生じても敵の位置を把握できるようにした。

 更に、門の内側に陣を張ることで、敵が必ず門の正面からしか来れない様にしたうえで、そこへ銃弾を撃ち込むようにした。

 敵が必ず通る場所をキルゾーンに設定し、敵がキルゾーンに踏み込んだ時に敵兵を狙うのではなくように命じる事で、敵兵に狙をつける必要性から銃兵じゅうへいを解放したのである。

 敵が必ずいる場所に向かって銃弾の雨を降らせれば、敵を狙わなくても確率論的に命中が期待できるという寸法だ。


 これは《レアル》世界において最終防護射撃さいしゅうぼうごしゃげきとか突撃破砕射撃とつげきはさいしゃげきとか呼ばれている戦術だった。結果的に無駄玉が多くなってしまうという点は解決できないが、上手くハマればキルゾーンに侵入した敵に甚大な被害をもたらすことができる・・・単純だが強力な戦術である。


 最終防護射撃という概念はこの世界ヴァーチャリアにも降臨者によって齎されており高度な軍事教育を受けた者たちの間では知られていたが、オクタルはそれを知っていたわけでは無かった。彼はレーマ帝国での高等教育自体受けた事が無い。

 つまり、今回の彼の戦術は完全に彼の思い付きオリジナルである。


 彼には苦すぎる経験があった。

 コボルトの軍勢の突撃コボルト・チャージをモロに喰らい、たった一度の戦闘で全周防御態勢ぜんしゅうぼうぎょたいせいを敷いていた陣地キャンプ蹂躙じゅうりんしつくされた。兵士はもちろん、女子供さえ捕まった者は皆殺された。当時のエラクで当代のエラクムズクの兄だったルーアもその時討ち取られ、オクタルも息子一人を残して家族全員を殺された。

 地獄のような一夜が明けた時、ハン族の過半数は地にたおれ、生き残った者たちはバラバラに蹴散けちらされてしまっていた。

 半数に満たないとはいえハン支援軍アウクシリア・ハンの将兵とその家族らが生き延び、再び合流する事が出来たのは、彼らのダイアウルフたちがその身を挺してコボルトからゴブリンたちを守り逃がしてくれたからに過ぎない。

 そのダイアウルフたちも多くが斃され、今や百頭を下回っている。

 そして今、この場にダイアウルフは一頭もいない。


 オクタルは知っていた。ゴブリンの防御陣地なんて一つ間違えればコボルトの突撃コボルト・チャージで容易に食い破られてしまう事を。そして、今目の前に迫っているリクハルドはコボルトそのものであり、彼の部下にも何人かコボルトが含まれていて、彼の部下はコボルト以外の者たちもコボルトに劣らぬ歴戦の強者つわものぞろいだという事を。リクハルド軍の突撃を許せば、今度こそハン族は全滅してしまうであろう事を。

 だからこそ、リクハルド軍に突撃の隙を与えないためにはどうしたらよいか考えた。その結果がコレだった。

 突撃の際に必ず通らねばならないルート上に、絶え間なく弾幕だんまくを張り続ければ、突撃なんてしてこれない筈。


 左右の土塁どるいの上に六名ずつを配置した今、オクタルの手元には三十四名のゴブリン兵しか残されていない。一度の射撃で十一乃至ないし十二名ずつと考えると、幅三ピルム(約五メートル半)の通路を弾幕だけで塞ぐには少々心許無いが、他は城下町カナバエへ火を放つべく散ってしまってまだ帰ってこないのだから仕方がない。



 放火部隊あいつらが戻ってきてくれてたならもう少し自信を持って戦えたのだろうがな。放火部隊あいつらはひょっとしたら生還できんかもしれんな・・・いや、それはオクタルも同じか・・・。



 やがて、街のあちこちから散発的に銃声が聞こえ始めた。リクハルドが左右両翼に展開した分遣隊の片方にドナートたちが襲い掛かっているのだった。



 頼むぞ、ドナート。お前たちが頼りだ。


 祈るオクタルの目に、土塁上の観測手が手を振って合図するのが見えた。


「撃ち方始め―!!」



 オクタル隊の最初の発砲で飛んできた弾は十発ほどだった。リクハルドたちは通りウィークスの左右の物陰に隠れながら進んでいただけあって誰にも当たっていない。


 数が少ねぇな・・・三、四十人はいたように見えたが・・・。


「よし、行くぞ!!」


 兵力のわりに少ない発砲数をいぶかしむリクハルドをよそに、弾込めの隙を利用すべく手下の一人が叫ぶと物陰に隠れていた手下たちが一斉に走り出した。だがそれからものの数秒で再び銃撃が浴びせられる。


 パパパパパパッ


「何!?」


 古参の手下たちはあくまでも建物伝いに物陰に隠れながら前進していたので被弾しなかったが、経験の浅い手下たちは通りに出てしまっていたため二人が被弾した。一人は腹に、一人は太腿に食らい、その場に倒れる。

 通りに出ていた連中はそれを見て慌てて脇へけた。

 太腿に食らった一人は何とか自力で這って道路脇へ逃げようとしているが、腹に食らった方は満足に動けないようだ。うつぶせに倒れた状態から何とか仰向けになり、撃たれた腹を両手で抑え、その後手に付いた血を見て顔を青くしている。


 ありゃあ、助からねえな・・・。


 そう思いはするものの放置するわけにもいかない。死んだ味方よりも、苦しんでいる怪我人の方が味方の士気を下げるからだ。助からないまでもせめて見えない所へ引っ込めた方が良い。

 助けるタイミングを見計らおうと前方を見ると敵陣は煙で隠れてしまっていた。


 よし、あれなら煙が晴れるまで次の射撃は無いだろう。


 今のうちに・・・と踏み出そうとしたところで再び銃撃。


 パパパパパパッ


 危うく飛び出す寸前だったリクハルドはギリギリのところで踏みとどまり、冷や汗をかいた。


「ああん!?やつら当てずっぽうで撃ってやがんのか!」


 あの状態で目標を狙えるわけがない。こちらから敵の姿は煙に隠れて全く見えないのだから、敵からも見えているわけがない。

 だが、煙とか関係なしに九か十ほど数える間に次の射撃が浴びせられる。


 射撃の間隔はとうほどか・・・、やれなくはねぇな。


 リクハルドは見当をつけ、通りの真ん中で倒れている手下に声をかけた。


「おい小僧!今助けてやっからそのまま動かねえでチィと待ってろ!

 おぅ!そっちの脚やられた奴の具合はどうだ!?」


大丈夫でぇじょうぶです!」


 道路脇まで這って行った方は別の手下が太腿を縛って手当てをしていた。


「リクハルドの旦那!アッシが行きやす!!」


「うるせぇ、いいから鉄砲撃てる奴はその場から応戦しろ!」


 リクハルドは手下に射撃を命じるとオクタル隊の次の銃撃を待った。銃撃の直後に飛び出せば、次の銃撃まで十秒・・・あの腹を撃たれた怪我人拾って向こう側へ隠れるくらいは出来る筈だ。


 パパパパパパッ


 再び銃撃。リクハルドは周囲に着弾するのを確認すると一気に飛び出した。

 もう狙いも何も無く、ただ前へ向かって撃ってるだけの銃撃は随分と手前の地面に着弾するものもあれば、遥か頭上の看板を撃ち抜くものまで様々だった。

 仰向けに寝っ転がってる怪我人のところまで来ると、そのまま停まることなく服の襟首掴んで引きずって走り続ける。

 反対側の壁際にたどり着く直前に再び発砲があり、リクハルドの周辺に立て続けに三発着弾した。


「うお!?」


 あまりにも早すぎる銃撃に驚き、走りながら海軍基地の方を見ると、門前にゴブリン兵が集まって銃を向けていた。


 増援か!?


 リクハルドたちは知らなかったが、街に放火していたゴブリン兵が帰還し、戦闘に参加しつつあったのだった。


「よぉし、おめえら!

 門から三十ピルムんトコに弾避け並べて陣地作れ!

 鉄砲撃てる奴は応戦しろ!

 見えてる奴を狙って撃て!」


「「「へい!!」」」


 物陰へ駆け込んだリクハルドが大声で命じ、拾って来た怪我人を路地裏へ引っ張り込んだ直後タイミングで再び銃撃があった。

 今度はオクタル本隊からの銃撃だった・・・が、やはり誰にも当たらない。


「おめえはここで待ってな。それとも、が欲しいか?」


 リクハルドは路地裏に引っ張り込んだ怪我人に声をかけたが返事は無かった。死んではいないが、気を失ってるようだった。


 ふんっ・・・と溜め息一つ付くと、リクハルドは戦場へ戻った。

 通りではリクハルドの命令通り、手下たちが付近の家屋から木箱だの家具だのを持ち出しては積み上げ、バリケードを築きつつあった。


 今のところ、怪我人は二人だけだ。順調と言って良いだろう。

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