第668話 減刑の提案
統一歴九十九年五月八日、午前 - 統一歴九十九年五月八日、午前 -
メルクリウス……
降臨者は《レアル》の
ところが、ある時期からはメルクリウスから魔力や
降臨によって却って世界に混乱を
しかし、先述したようにメルクリウスの正体は一切不明である。種族も性別も不明なら名前すら不確かである。だいたい活動時期は分かっているだけで数百年に及ぶのだ。もしもメルクリウスが人間だとしたら、途中でとっくに寿命が尽きてなければおかしい。当然、そこには「メルクリウスは一人ではないのではないか?」という疑問が湧いてくる。
降臨の秘儀を受け継ぐ一族の長なのではないか?
あるいは秘密結社なのではないか?
そうした仮説に基づく概念上の存在‥‥‥それが「メルクリウス団」である。
イェルナクは
その実在そのものが疑わしいメルクリウス団の陰謀論など、本来なら唱えたところで鼻で笑われるだけだろう。犯罪を犯した者が「自分は悪くない。悪魔に操られたんだ!」と訴えたところで、その罪が許されるはずなどあり得ない。だが、実際に近くで降臨が起きた今なら……メルクリウス団の陰謀と言う話だって、あながち
「イェルナク殿、この謎の首領どもが盗賊ども率いて暴れ始めたのは先月の半ばを過ぎてからだ。降臨が起きてから十日ちかく経ってからではないか?
この首領共と
切羽詰まった様子で言い
「そうではありません!
むしろ、そうだからこそ盗賊団の首領たちが降臨を引き起こしたメルクリウス団である可能性は高まったのです!」
「どういうことかね?」
完全に上体を背もたれに預けたまま、プブリウスはわずかに首を
「彼らは先月十日、我々を生贄に降臨を引き起こしました。
そして、一度の降臨に満足できず、再度の降臨を目論んでいるのです。
だから二度目の降臨のために利用すべく、先月の半ばごろから盗賊どもを集め始めたのです!!
先月の降臨と今回の事件はちゃんと繋がっているのです!!」
顔の前で
実はこの身体を低く平伏させながら上を見上げるという態勢はホブゴブリンにとっては結構キツイ姿勢だった。ヒトの背骨が横から見ると緩やかなS字を描くのに対し、ゴブリン系種族の背骨は弧を描いており、本来は猫背なのが自然なのである。だからこのように本来丸まるのが自然な背筋を逆方向に反らせる姿勢は、ゴブリン系種族にとってはかなり苦しい。実際、イェルナクの目は充血し、顔は真っ赤になっていた。
「そ、それは貴官の想像であろう!?」
イェルナクの形相に若干の
「ハイッ!たしかに今はまだ私の想像にすぎませぬ!
証言の内容にも確かに尾ひれはひれがついておるやもしれませぬ。
ですが、彼らは実際に何百もの盗賊を短期間でまとめ上げました!
このようなこと、常人のなせる技ではありますまい!?」
「う、うむ?」
本人も気づかぬまま唾を飛ばして熱弁するイェルナクの顔色は、話しているうちに赤を通り越して紫に染まっていく。プブリウスはその様子を目の当たりにし、その異常な気迫に思わず唾を飲み込んで身を引いた。
「異常な何者かが盗賊どもを操っている、それは疑いようのない事実であります!
閣下も先々月来、メルクリウス追跡に
このタイミングで異常な力を持った何者かが暗躍しておるのが確認されたのです!ここでメルクリウスが関与している可能性を考慮するのは、さほどおかしなこととは思えませぬ!!」
「どっ、どうせよと言うのだ貴官は!?」
すっかり
「捕虜たちの処刑をおやめください!
なにとぞ、閣下の御慈悲を!」
イェルナクはそう言って再び頭を勢いよく下げた。イェルナクの赤黒く染まった必死の形相が隠され、プブリウスは最初チラチラと平伏したイェルナクを見、小さく安堵の溜息をつくと、強硬な態度を示す体裁を保つために言った。
「そうは言っても一度はレーマに歯向かった者たちだ。
許してやることはならん。」
平伏したままイェルナクは懇願する。
「許せとは申しません!
ただ、命を奪うのはおやめください!」
「命を奪わぬとなれば許したも同然ではないか!
反逆者は極刑と決まっておるのだ!
処刑は免れぬ!」
「いえっ、奴隷に!
捕虜共を奴隷に堕とせば良いではありませんか?!」
罪人を奴隷にする……それは極刑に準ずる重い刑罰として認められていた。たしかに奴隷にすれば命は奪わずに済む。その後の運命は奴隷を買い取った主人次第ではあるが、レーマ帝国では奴隷もある程度権利が認められているため処刑されるよりは確実にマシな結果が得られるはずである。
「奴隷?」
「そうです!
奴隷です!」
だがプブリウスはイェルナクの提案を鼻で笑った。
「ハッ、無理だな。」
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