第667話 裏返しの言葉

統一歴九十九年五月八日、午前 - 統一歴九十九年五月八日、午前 - 『青山邸』ヴィラ・カエルレウス・モンテス/サウマンディウム



 ハン支援軍アウクシリア・ハン軍使レガティオー・ミリタリスイェルナク……このホブゴブリンが捕えられ連行されてきた盗賊たちの助命を望んでいることは、既にプブリウス・ウァレリウス・サウマンディウス伯爵の知るところであった。昨日のうちにサウマンディウム要塞司令プラエフェクトゥス・カストリ・サウマディイフロンティヌス・ウァレリウス・メッラからプブリウスの下にまで報告が上がっていたからである。当然、助命を望んでいる理由もわかっていた。


 ハン支援軍アウクシリア・ハンはレーマ帝国に叛乱した。それは紛れもない事実である。本来ならレーマ帝国の勢力の及ばない何処かへそのまま逃亡するつもりだったようだが、アルトリウシア湾で遭遇したセーヘイムの軍船ロングシップと交戦……旗艦『バランベル』号が座礁して航行不能となり、辛うじてエッケ島へ逃れた。この辺りの事はイェルナク自身によってなされた説明と、一度はハン支援軍アウクシリア・ハンに捕えられながらも途中で脱出してきた者の証言などを分析、検証した結果だいたいの経緯が分かっている。

 ただ、イェルナクによるとハン支援軍アウクシリア・ハンは叛乱を起こしたのではなく、メルクリウス団の陰謀に嵌められたことになっていた。


 あの日、メルクリウス団に精神をコントロールされた者たちが蜂起し、計画を事前に察知していたハン支援軍アウクシリア・ハンは鎮圧のために戦った。だが敵と味方が定かでは無かったうえに多勢に無勢とかなり不利な状況であり、しかもハン支援軍アウクシリア・ハンが叛乱を起こしたかのように見えるよう巧妙な偽装工作も行われていたため、ハン支援軍アウクシリア・ハンはやむなく『バランベル』号と貨物船クナール七隻に物資と救助した住民たちと協力してくれた水兵たちを乗せてひとまず安全なエッケ島へ逃れたということになっているらしい。


 もちろん、イェルナクの主張が事実とは異なるのは既に分かっている。イェルナクとしてはメルクリウス団の陰謀ということにすることで、叛乱という事実そのものをなかったことにし、ハン支援軍アウクシリア・ハンがレーマ帝国に討伐されてしまう危険を回避しようとしているのだ。

 メルクリウス団そのものは実在するともしないとも言われる謎の存在であり、肯定することも出来ないが否定することも出来ない。ましてや先々月来、プブリウスはメルクリウスの目撃情報によって対応を強いられていた張本人なのだから、その関係者かもしれないメルクリウス団の存在を持ち出されれば無視するわけにはいかなくなる。

 しかもイェルナクらにとって都合の良いことに、アルビオンニウムで突如降ってわいたように現れた大規模な盗賊団……その捕虜からメルクリウス団を臭わせる証言が出て来たとなれば、イェルナクの愚にもつかない主張は不相応な説得力を得ることになってしまう。


 まかり間違ってメルクリウス団のせいにされてしまったら、レーマ帝国はエッケ島にこもハン支援軍アウクシリア・ハンを叛乱軍として討伐することができなくなってしまうかもしれない……


 それはイェルナクらハン族の者たちにとってはまさに目指すべき理想の結末ではあったが、プブリウスらレーマ帝国側の貴族ノビリタスや被害に遭ったアルトリウシアの住民たちからすれば絶対に回避しなければならないバッドエンドでしかなかった。

 まして、イェルナクの言う「メルクリウス団」の正体がムセイオンから脱走して来たハーフエルフたちであることが分かっている今、猶更なおさらイェルナクの主張に根拠を与えるわけにはいかない。プブリウスはリュウイチの身柄を確保できなかった今、代わりに『勇者団ブレーブス』を名乗るくだんのハーフエルフたちの身柄を何としても確保したいのだ。そのためには、イェルナクにハーフエルフたちの存在に気付かれてはならない。イェルナクが『勇者団ブレーブス』の存在に気付き、メルクリウス団と結びつけて陰謀論を主張すると非常に面倒なことになってしまう。


 それを防ぐためには、イェルナクによるメルクリウス団調査を進行させてはならないのだ。


「だが証言にあるような、まるでいにしえゲイマーガメルのような戦闘力の落ち主など到底信じがたい。

 命惜しさに適当な事を証言しているのではないか?」


 プブリウスはどこか無関心そうな風を装い、羊皮紙に目を走らせながら言うと、期待を寄せていたプブリウスのあまりな態度にイェルナクが愕然とし、思わず顔を上げた。


「信じられないとおっしゃるのですか!?」


「盗賊の言う事を正直に信じる気にはなれん。

 それは当たり前のことではないかね?」


 どこか鼻で笑うように言うと、プブリウスは羊皮紙を再び円卓メンサの上に戻す。


「しかも、先にコレらを呼んだウァレリウス・カストゥスマルクスから聞いた話によれば、ところどころ矛盾しているところもあるそうではないか?」


「そ、それは証言者の勘違いということもあります!

 細かい部分まですべて間違いなく記憶しておる者などありますまい!?

 ですが、大筋においては一致しております。

 すなわち、アルビオンニアの地にメルクリウス団が暗躍していると!!」


 ひざまずいたままではあったがおもてを上げ、拱手きょうしゅも解いて身振り手振りを交えながらイェルナクはプブリウスに必死に訴えかけた。


「その首領共がメルクリウス団だというなら何故なにゆえ盗賊どもを使ったと言うのだ?

 この証言の通りの超常の力を持っている実力者なら、わざわざ盗賊どもを使う必要などあるまい。」


「そ、それは!!」


「だいたい、盗賊などという下賎げせんの者共のことだ。

 仮にくだんの首領が実際にかなりな実力者だったとしても、その話にはかなりなが付いておるに違いあるまいよ。」


「そん‥‥‥な‥‥‥」


 プブリウスは「立派な報告書」と言ってくれた。「精査する」とも言ってくれた。プブリウスはイェルナクの報告書を高く評価してくれている。だからきっとメルクリウス団捜査に積極的に乗り出すだろう。そして盗賊団の首領の一部なりとも見つかり、捕まれば、メルクリウス団の存在を認めさせることができる。仮に捕まった奴が普通の凡人でも、そいつもメルクリウス団に操られていたのであって、メルクリウス団そのものは脱出したのだということにしてしまえばよい。それで上手く行く。メルクリウス団が暗躍していたというさえ認めさせれば、それでハン支援軍アウクシリア・ハンがレーマ帝国で生き延びるみちひらけるのだ。

 だがイェルナクのその期待は今、大きく揺らいでいる。「立派な報告書」「精査する」というプブリウスの言葉は、字句通りの意味ではなかった。一種の嫌味のようなものであり、真実の逆を現していたのだ。言葉の裏を読むべきだったのだ。


 ま、まずい……せっかくの証言記録がこのままでは潰されてしまう!!


 イェルナクは顔色を失くし、跪いたまま一歩二歩と前へ進み出ると再び拱手きょうしゅしてプブリウスに慈悲を請うた。


「お、お待ちください!

 メルクリウス団の存在が信じられないとのことですが、実際に降臨があったばかりではありませんか!?」

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