第370話 破滅の予兆
統一歴九十九年五月四日、夕 - ライムント街道/シュバルツゼーブルグ
レーマ帝国の郵便は
しかし、シュバルツゼーブルグ以北のライムント街道はアルビオンニウム放棄以後は常駐部隊の人員が大幅に減じられており、今回襲撃を受けた
だが、可能かどうかの問題とやるかどうかの判断の間には深くて広い溝がある。軍や
ヴォルデマールが言った新勢力…それは盗賊の集合体ではあるはずだが、こうして軍の施設を襲った以上、もはや盗賊以外の何かだと判断せざるを得ない。当然、ルクレティアらの一行に襲い掛かってくる可能性も否定できなくなった。
ルクレティアら一行は昨夜シュバルツゼーブルグに宿泊したことから、予定を早めて今日中にアルビオンニウムへ入ってしまうつもりでいた。シュバルツゼーブルグの出発が昨夜の事件のせいで三時間遅れたとは言っても、アルビオンニウムには
だが、謎の勢力の襲撃が予想される状況であるならば、日没近い時刻に街道を進み続けるのはリスクが高い。東西を山に挟まれているため暗くなるのが早いライムント地方では、旅人は明るいうちに宿を求めるのが常識である。護衛隊長のセルウィウス・カウデクスはその常識に従い、当初の予定通りアルビオンニウムの手前にある
「
御者台からリウィウスが車内のルクレティアとヴァナディーズにやや大きい声で報告すると、キャビンの後ろの
一行が進む街道の先のやや盛り上がった、丘と言うには背の低い高台の上にそれは見えた。街道の右側に木造の見張塔が立ち、周囲を木の柵で囲った
今回は人数が多すぎて
前衛隊が先に
「ルクレティア様、
馬車から降りたルクレティアにセルウィウスが報告に来た。
「わかりました。お会いしましょう。
用意を整えるから少し、待ってくださるかしら?」
ルクレティアは今日はシュバルツゼーブルグを発ったらアルビオンニウムまで行くからもう大丈夫だろうと、馬車の中で
「承知しました。
ルクレティアとヴァナディーズはクロエリアら侍女たちとまず自分たちの今日の
「
「お待たせしました。」
「お初にお目にかかかります。自分はこちらの
高貴なるスパルタカシア様に当地をご利用いただき、光栄至極に存じます。」
「快く歓迎していただき、御礼申し上げます。
今宵はお世話になりますツヴァイク殿。」
初老で痩せぎすの
実はこの
「さて、先ほどの話の続きですが…」
お茶と果物が並んで場が和んだところで、ルクレティアが来る前に軍人たちがしていた話が再開されることになった。内容は無論、例の新勢力の話である。
「正直言って驚いております。
確かに、ここのところ当地の盗賊たちの動きに変化はありました。しかし、よもや
シュテファンは顔に
「実際に目の当たりにしなければ信じられないのも当然でしょう。我々も驚いております。
当地の盗賊たちの動きに変化があったとのことですが?」
興味深げなセプティミウスの問いにシュテファンは人差し指で額を掻きながら、とても信じては貰えそうにないと自覚をしているかのように話し始めた。
「ええ、奴らは妙に組織的に動くようになっています。
以前は十人前後の小さな集団が単独で通りがかる荷馬車や旅人を襲ったり、集落への襲撃を試みたりといったものだったのですが…今は複数の集団で連携をとった動きをするのです。」
「連携を?」
「そうです、何か所かで同時に騒ぎを起こし、我々が部隊を派遣して手薄になった隙に別の本命を襲う…というような。」
「まさか!
ここらの盗賊のやり方としてはこれまでに無かったものだ。陽動作戦は合理的ではあるが、陽動を実行する部隊は必ず損をする。盗賊というのは基本的に食うや食わずのギリギリのところで仕方なく食っていくために誰かを襲うのだ。そんなギリギリの連中が自分の分け前を確実に約束されるわけでもないのに損な役回りを演じることなどあり得ない。彼らは極端に利己的なのだ。だからこそ、どの盗賊も短命で
にもかかわらず盗賊同士が連携をしているということは、より上部の組織によって作戦が指揮されているか、協力が仲介されていることを意味する。これは軽視することの出来ない大きな変化と言えるだろう。盗賊が、根本的に変質しているのだ。
「その通りです。
自分の指揮下には四十名の兵士がおりますが、正直申し上げて数が足りません。
最早、誰かが襲われる度に救援に行くようなやり方では対処しきれぬところまで来ております。ですが、領民が襲われれば助けに行かないわけにはいかない。」
「お気持ちは分かりますが、陽動と分かっていて戦力を小出しにするのは今後は控えた方が良いでしょう。」
セプティミウスはシュテファンに警告する。
「奴らは
今度は救援に差し向けた部隊を狙い始めるかもしれません。」
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