第369話 スタティオ・クィンタ壊滅
統一歴九十九年五月四日、昼 - ライムント街道/シュバルツゼーブルグ
アルビオンニアの中央を南北に縦断するライムント街道はレーマ帝国がアルビオン島に上陸し、版図を更に南へ拡張するために建設した、アルビオンニアで最も古く最も主要な
このような
幅約三ピルム半(約六メートル半)のキレイに舗装された道路の両脇は、盗賊などが隠れることの出来ないよう、幅六ピルム(約十一メートル)の
街道上を行き来するキャラバンを襲おうと思ったら、かなりな数の手勢を用意しなければならないだろう。だが、街道上は定期的に騎兵がパトロールをしており、まとまった集団が見つからずに行動するのは難しいし、パトロールを数に任せて倒そうと思っても、騎兵は不利を悟ればとっとと逃げ出してしまう。そして周囲の宿場町に通報し、キャラバンたちは盗賊が排除されて安全が確認されるまで宿場町で待機することになる。
だから街道上は街中を除けばもっとも安全な場所なのである。そして安心・安全な環境は金を生み出すのだ。
そのライムント街道を、予定より三時間近く遅れてシュバルツゼーブルグを発ったルクレティアの一行は密集隊形を組んでアルトリウシアに向けて北上を続ける。結局、シュバルツゼーブルグ家の護衛は断った。やはり、降臨に繋がる情報を知る人間が増えるのは避けねばならない。代わりに防備を万全に固めている。
前衛として
護衛部隊は三個
仮にヴォルデマールが言ったように三百人規模の盗賊が襲い掛かったとしても負けることは無いだろう。普通に考えて、荒事に関してはアマチュア集団に過ぎない盗賊がほぼ同数の本職の軍隊に襲い掛かることなどまずあり得ない。だが、それも絶対と言うわけではない。
人間、数が多くなれば気が大きくなるのはあることだ。それに奇襲が成功すれば
やはり三百という人数は侮れない。
だいたい三百人なんて規模ともなるともはや到底、盗賊などと呼べるような勢力ではない。盗賊だって人間である以上は生計を立てねばならないのだ。
なんで盗賊なんかになるかと言えば、仕事からあぶれて食っていけなくなったから仕方なくなるのである。そして、徒党を組むことでより大きな目標を狙えるようにする…それが盗賊である。だが、大きな集団になれば大きな獲物は狙えるようにはなっても、人数が多い分だけ稼ぎを山分けしなければならなくなって採算割れを起こすようになる。
街道を通るキャラバンなどを狙えば稼ぎは大きくなるが、稼いだ獲物を捌いて金や食料に替える手間も大きくなる。盗品の処分なんて少量ならどうにもできるが、大量に捌けば確実に足が付くからだ。足が付かないように処分しようと思ったら遠くの街へ運ぶしかなく、ライムント地方全体がアルビオンニア侯爵家の領地であることを考えれば、
そしてアルビオンニウムが放棄されている今、シュバルツゼーブルグとアルビオンニウム方面を縄張りにしたところで
だからシュバルツゼーブルグの周辺に出没する盗賊たちも、一番大きい集団でも総数四十にも満たないくらいで、普通はせいぜい十人程度の小さな集団にすぎなかった。それが広範囲に広がり、自分たちの縄張りを通る荷馬車や
このような状況でそんな連中が集まって三百もの集団になったところで食っていけなくなるのは目に見えている。にもかかわらず急速に勢力を伸ばしているというその新勢力は、もはや強盗や略奪などの窃盗行為を目的としてないのは明らかだった。
彼らは盗賊ではあるが、もはや盗賊以外の何かに変質してしまっている可能性が高い。そして、その可能性は現実のものとなっていた。
「何だアレ?」
「火事か?」
「何だ、どうなってる?」
いくつか丘陵を越えたところで、前方から黒煙が立ち昇るのが見えていた。更に前進し、その煙の発生源に気付いた前衛の
「全隊停止!!」
馬に乗って先頭を進んでいた
「どういうこと!?
前衛部隊からの報告を受けた護衛隊長のセルウィウスはセプティミウスに報告し、セプティミウスはセルウィウスを伴ってルクレティアの馬車まで報告に来ていた。ただでさえ遅れているのに何もない街道の途中で三十分近く車列が停止したままになっていたことに不審に思っていたルクレティアは、馬車の乗降口のすぐ外に立つ二人の軍人が
「まるで戦のようです。
私も見て来ましたが
現在、前衛部隊が消火と遺体や残留物の収容作業を行っております。」
セルウィウスは沈痛な
「生存者はいないのですか?」
顔を青ざめさせたルクレティアの問いかけにセプティミウスは黙って顔を横に振る。そして手に持っていた
「それで、現場にコレがいくつか落ちておりました。」
「「!?」」
それを見たルクレティアとヴァナディーズが思わず息を飲む。それは昨夜ヴァナディーズを襲った賊が使ったのと同じ、
「
人数は足跡からおそらく一個
犯行は今朝でしょう。火の燃え広がり方から、さほど時間は経っていません。」
報告を聞いているうちに、ルクレティアの向かいに座っていたヴァナディーズが顔面蒼白でガタガタと震え始めた。昨夜、自分を突き刺した
「先生、大丈夫です。
今は
その様子を見ながらあまり深刻なことを言うのは気が引けるが、言わないわけにはいかない。セプティミウスはルクレティアに向かって言った。
「ともかく、尋常ならざる事態です。
盗賊が軍の施設を襲撃しているわけですから。」
「私たちも襲われると言うのですか?」
セプティミウスとセルウィウスの配慮の無さにルクレティアは不快を覚えながらも問いただすと、セルウィウスは実務責任者らしい態度で告げた。
「いえ、ルクレティア様の…もちろんヴァナディーズ様も、御身はかならずお守り申し上げます。ただ、これからの行程を今一度見直す必要があるかと…」
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