第369話 スタティオ・クィンタ壊滅

統一歴九十九年五月四日、昼 - ライムント街道/シュバルツゼーブルグ



 アルビオンニアの中央を南北に縦断するライムント街道はレーマ帝国がアルビオン島に上陸し、版図を更に南へ拡張するために建設した、アルビオンニアで最も古く最も主要な軍用街道ウィア・ミリタリスである。帝国の規格に従って舗装された街道はアルビオンニア州都アルビオンニウムを起点とし、版図が広がるごとに延長しつづけた街道は現在ではズィルパーミナブルグまで伸びていた。軍団レギオーはもちろん、あらゆる人や物がこの街道を通るライムント街道はレーマ帝国属州アルビオンニアの大動脈と言って良い。


 このような軍用街道ウィア・ミリタリスが経済の大動脈として使われるのは、もちろん理由がある。ただ単に舗装されていて通りやすいというだけではない。何と言っても安全なのだ。

 幅約三ピルム半(約六メートル半)のキレイに舗装された道路の両脇は、盗賊などが隠れることの出来ないよう、幅六ピルム(約十一メートル)の法面のりめんが設けられており、その範囲の樹木や岩石等は一切が撤去されている。雑草も意図的に羊飼いに巡回させて羊や山羊による除草が行われていて見通しが利くのだ。仮に法面の外側に怪しい人間が隠れていたとして、そいつが姿を現してからでも全力で走ればだいたい逃げ切れる。舗装された街道とただの草地に過ぎない法面では、街道を走る方が速いからだ。

 街道上を行き来するキャラバンを襲おうと思ったら、かなりな数の手勢を用意しなければならないだろう。だが、街道上は定期的に騎兵がパトロールをしており、まとまった集団が見つからずに行動するのは難しいし、パトロールを数に任せて倒そうと思っても、騎兵は不利を悟ればとっとと逃げ出してしまう。そして周囲の宿場町に通報し、キャラバンたちは盗賊が排除されて安全が確認されるまで宿場町で待機することになる。

 だから街道上は街中を除けばもっとも安全な場所なのである。そして安心・安全な環境は金を生み出すのだ。


 そのライムント街道を、予定より三時間近く遅れてシュバルツゼーブルグを発ったルクレティアの一行は密集隊形を組んでアルトリウシアに向けて北上を続ける。結局、シュバルツゼーブルグ家の護衛は断った。やはり、降臨に繋がる情報を知る人間が増えるのは避けねばならない。代わりに防備を万全に固めている。


 前衛として重装歩兵ホプロマクスの一個百人隊ケントゥリアが八列縦隊を作って進む。その後方に本隊が続くわけだが、こちらは護衛すべき馬車がいるので、馬車が街道中央で縦列を作り、その両脇に重装歩兵ホプロマクスが二列縦隊を作って馬車を挟み込むように守る。その前後を二隊に分けた軽装歩兵ウェリテスの八列縦隊が挟み込んでいる。


 護衛部隊は三個百人隊ケントゥリアに伝令役として連れてきた少数の騎兵も加えて二百六十名、アルトリウシア軍団レギオー・アルトリウシアの精鋭である。それにリュウイチの奴隷であるリウィウスら三名と《地の精霊アース・エレメンタル》、そして魔導具マジック・アイテムを装備した聖女サクルムルクレティアが居る。

 仮にヴォルデマールが言ったように三百人規模の盗賊が襲い掛かったとしても負けることは無いだろう。普通に考えて、荒事に関してはアマチュア集団に過ぎない盗賊がほぼ同数の本職の軍隊に襲い掛かることなどまずあり得ない。だが、それも絶対と言うわけではない。

 人間、数が多くなれば気が大きくなるのはあることだ。それに奇襲が成功すれば寡兵かへいで大軍を討つことだってできるのである。アマチュア集団だって奇襲が成功すれば、同数の職業軍人を打ち負かすことはできないわけではないだろう。

 やはり三百という人数は侮れない。


 だいたい三百人なんて規模ともなるともはや到底、盗賊などと呼べるような勢力ではない。盗賊だって人間である以上は生計を立てねばならないのだ。

 なんで盗賊なんかになるかと言えば、仕事からあぶれて食っていけなくなったから仕方なくなるのである。そして、徒党を組むことでより大きな目標を狙えるようにする…それが盗賊である。だが、大きな集団になれば大きな獲物は狙えるようにはなっても、人数が多い分だけ稼ぎを山分けしなければならなくなって採算割れを起こすようになる。

 街道を通るキャラバンなどを狙えば稼ぎは大きくなるが、稼いだ獲物を捌いて金や食料に替える手間も大きくなる。盗品の処分なんて少量ならどうにもできるが、大量に捌けば確実に足が付くからだ。足が付かないように処分しようと思ったら遠くの街へ運ぶしかなく、ライムント地方全体がアルビオンニア侯爵家の領地であることを考えれば、南蛮サウマンの地へ行くか、海を渡ってサウマンディアかチューアにでも行かない限り換金することなど出来ない。自前の船を持っている海賊ならともかく、地面に足をつけて歩くしかない野盗ではそれもままならない。下手すれば別の野盗に奪われてしまう。せっかく徒党組んでも所帯が大きくなりすぎれば、取り締まる側の目も引いてしまうし、徒党を組むメリット以上にデメリットが大きくなってしまうのである。


 そしてアルビオンニウムが放棄されている今、シュバルツゼーブルグとアルビオンニウム方面を縄張りにしたところでおいしい獲物キャラバンなんて通るはずもない。アルビオンニア侯爵家にとってのドル箱はズィルパーミナブルグの鉱山で産出する銀だが、かつてはアルビオンニウム港から運び出されていた銀は今ではシュバルツゼーブルグよりも南のクプファーハーフェンから船で運び出されるようになっているので、シュバルツゼーブルグに金目の荷物が流れてくることは本当に無くなっているのだ。徒党を組まなければ襲えない獲物がいないのだから、徒党を組む意味は無いと言っていい。


 だからシュバルツゼーブルグの周辺に出没する盗賊たちも、一番大きい集団でも総数四十にも満たないくらいで、普通はせいぜい十人程度の小さな集団にすぎなかった。それが広範囲に広がり、自分たちの縄張りを通る荷馬車や商隊キャラバン、あるいは集落を直接襲うなどしていたのである。それも安定的に稼げるわけではないから、短期間で離合集散りごうしゅうさんを繰り返していたのだ。


 このような状況でそんな連中が集まって三百もの集団になったところで食っていけなくなるのは目に見えている。にもかかわらず急速に勢力を伸ばしているというその新勢力は、もはや強盗や略奪などの窃盗行為を目的としてないのは明らかだった。

 彼らは盗賊ではあるが、もはや盗賊以外の何かに変質してしまっている可能性が高い。そして、その可能性は現実のものとなっていた。


「何だアレ?」

「火事か?」

「何だ、どうなってる?」


 いくつか丘陵を越えたところで、前方から黒煙が立ち昇るのが見えていた。更に前進し、その煙の発生源に気付いた前衛の軍団兵レギオナリウスたちが動揺し始める。


「全隊停止!!」


 馬に乗って先頭を進んでいた百人隊長ケントゥリオは煙が前方にある中継基地スタティオから立ち昇っていることを視認すると、後方の本隊に伝令を走らせるとともに部下たちに戦闘準備を命じた。



「どういうこと!?

 中継基地スタティオが襲撃されたですって?」


 前衛部隊からの報告を受けた護衛隊長のセルウィウスはセプティミウスに報告し、セプティミウスはセルウィウスを伴ってルクレティアの馬車まで報告に来ていた。ただでさえ遅れているのに何もない街道の途中で三十分近く車列が停止したままになっていたことに不審に思っていたルクレティアは、馬車の乗降口のすぐ外に立つ二人の軍人がもたらした思わぬ報告に目を丸くする。


「まるで戦のようです。

 私も見て来ましたが中継基地スタティオ警察消防隊ウィギレスは全滅。馬や武器弾薬を奪われていました。

 現在、前衛部隊が消火と遺体や残留物の収容作業を行っております。」


 セルウィウスは沈痛な面持おももちで報告した。馬で駆けてきたからか、それとも興奮しているからか、あるいはその両方だろう。頬が紅潮し、少し息が荒い。


「生存者はいないのですか?」


 顔を青ざめさせたルクレティアの問いかけにセプティミウスは黙って顔を横に振る。そして手に持っていた太矢ダートを差し出した。


「それで、現場にコレがいくつか落ちておりました。」


「「!?」」


 それを見たルクレティアとヴァナディーズが思わず息を飲む。それは昨夜ヴァナディーズを襲った賊が使ったのと同じ、鋸刃のこば太矢ダートだった。


第五中継基地スタティオ・クィンタを襲ったのは昨夜の賊と同じ者と思われます。

 人数は足跡からおそらく一個百人隊ケントゥリア程度…それが東西両側の森から現れ、奪われた馬と共に東の森へ消えています。

 犯行は今朝でしょう。火の燃え広がり方から、さほど時間は経っていません。」


 報告を聞いているうちに、ルクレティアの向かいに座っていたヴァナディーズが顔面蒼白でガタガタと震え始めた。昨夜、自分を突き刺した太矢ダートを見て恐怖がよみがえってきたのだろう。それに気づいたセルウィウスは「申し訳ありません」と言いながら慌てて太矢ダートを隠した。ルクレティアは向かいの席からヴァナディーズの隣に座りなおし、ヴァナディーズの肩を抱くように慰め始める。


「先生、大丈夫です。

 今は軍団兵レギオナリウスが守ってくれるわ。」


 その様子を見ながらあまり深刻なことを言うのは気が引けるが、言わないわけにはいかない。セプティミウスはルクレティアに向かって言った。


「ともかく、尋常ならざる事態です。

 盗賊が軍の施設を襲撃しているわけですから。」


「私たちも襲われると言うのですか?」


 セプティミウスとセルウィウスの配慮の無さにルクレティアは不快を覚えながらも問いただすと、セルウィウスは実務責任者らしい態度で告げた。


「いえ、ルクレティア様の…もちろんヴァナディーズ様も、御身はかならずお守り申し上げます。ただ、これからの行程を今一度見直す必要があるかと…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る