第371話 月下の異変
統一歴九十九年五月四日、夜 - ライムント街道第三中継基地/アルビオンニウム
かつてアルビオンニウムの外縁を守っていた
街道上に出没する十人前後の盗賊に対処するには十分な戦力ではあったが、それらの盗賊が連携を取り始めたことから数的優位は消え去っていると考えねばならないだろう。あとは武装と練度、そして士気の高さが優位点として残されていたわけだが、二つ隣の
そしてその懸念は早くも顕在化しつつあった。
異変は早くも日暮れと共に訪れていた。南東の森の向こうから、銃声が聞こえ始めたのである。最初の銃声は
「何なんでしょうか?」
見張塔の上で見張りに就いていた兵士は、報告を受けて様子を確認に来た守備隊長のシュテファンに不安気に尋ねる。銃声の鳴っている方には森以外何もなく、襲うような集落も無ければ襲われるようなキャラバンが通る道もない。狩猟を行っているような銃声でもなかった。
「練習だろう。」
シュテファンは重苦しい表情で森を睨みながら独り言ちるように答える。
「練習?」
「ああ、奪った銃の使い方を練習しとるんだ、やつらがな」
襲われた
シュテファンは夜襲を防ぐため、
次の異変は銃声が止み、陽が没してから約一時間後だった。異変に気付いたのはやはり見張塔で見張りについていた兵士だった。報告を受けて見張塔に登ってきたシュテファンが兵士の指差す南方に見たのは、遠く稜線上に燃える炎の灯りだった。
「アレはたぶん、
そう告げる兵士の声は心なしか緊張に震えていた。四マイル(約七・四キロ)先で燃える炎は小さくて何が燃えているかはさすがに見えない。だが、この距離であれだけハッキリと炎の光が見えるということは、かなりな規模の火災が起きているということだ。そして、あのあたりにそれだけの火災を起こしうる建物は
「あの、夕方の銃声がひょっとして…」
「バカを言うな」
炎を見て呻っていたシュテファンだったが、兵士の怯えたような声を
「方向が違うだろうが、だいたいあんな遠くの銃声がここまで聞こえてたまるか」
次の異変はそれから約二時間後、やはり南方で起こった。街道上を
「
見張塔に登ってきたシュテファンは
「あそこです」
見張りの兵士が指さす方向には松明を掲げた馬車が三台見えた。夜の
「ひょっとして、
「あっ!」
見張りの兵士が気づいて声をあげた。
馬車の車列が距離約百五十~六十ピルム(約二百七十八~二百九十六メートル)ほどまで迫ったところで、左右の街道脇から松明を持った盗賊がワラワラと現れて馬車を停止させ、馬車を取り囲んだ。そして盗賊たちが馬車に襲い掛かり、松明の炎が停止した車列の周辺で乱舞する。
「
焦る兵士とは対照的にシュテファンは落ち着いていた。というより、呆れていた。
「いや、あれは芝居だな」
「し、芝居!?」
シュテファンの意外な一言に兵士は自分の耳を疑った。
「考えても見ろ、仮にお前が盗賊だとして、これから夜襲をかけようっていう時に松明なんか用意するか?
そんなもの用意したら、光で待ち伏せしてんのがバレっちまうだろうが?」
「あっ…」
「本当に夜中にキャラバンを襲撃するなら松明なんか用意するもんか。
あれは芝居だ。キャラバンが襲われている風を装って、我々をおびき出そうという陽動だ。
暗闇で遠くからでも襲われてますよって分かりやすいよう、ご親切に松明を用意してくれたんだろうが…余計だったな。」
まだ半信半疑の兵士の見ている前で松明の乱舞は次第に大人しくなり、最後に馬車に火が点けられ、馬車は炎を上げて燃え始めた。
それを見てシュテファンは小馬鹿にするように鼻を鳴らすと吐き捨てるように言った。
「見ろ、本当に襲ったなら戦闘の後で死体や生き残りの確認をするはずだ。そしてその後で荷馬車から人間なり積み荷なりを運び出す。だがそんな時間もかけずにとっとと荷馬車に火を点けおった。」
街道上で燃える馬車の炎だけを残し、松明の群れは森の中へ消えていく。だが、荷馬車の燃える炎は大きく、見張塔の下にいる兵士たちの目にも見えたようで、地上がにわかに騒がしくなり始めた。
「何だあの火は!?」
「燃えているぞ!」
「
「報告しろ!」
「塔の上です!」
「
「おう!こっちだぁ!!」
足元の騒ぎに気付いたシュテファンが下に向かって大声を出すと、地面に居た兵たちが一斉に見張塔を見上げる。そして自分たちの隊長が塔の上に居ることに気付くと、両手で口元を
「
「おう!気にするな!
賊どもが陽動で馬車を燃やしとるだけだ!
警戒を厳にせよ!!」
シュテファンは警戒態勢を命じ、部隊を動かさなかった。見え透いた陽動に乗ってやる必要はない。だが、これで一つ明らかになったことがある。
奴らはまだ何かここら辺で仕掛けるつもりだ。
賊が狙うとすれば考えられる可能性は三つ。一つはこの
もう一つは今、
そして最後の一つはこの
いずれにせよ、賊がここに襲撃を仕掛けてくる公算は大きい。どうやら今夜のやけに明るすぎる月には、この小さな
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