侯爵公子カール

第249話 降臨者からの提案

統一歴九十九年四月二十一日、昼 - ティトゥス要塞司令部/アルトリウシア



 ルクレティアはルキウスと共に再びティトゥス要塞カストルム・ティティへ来ていた。馬車には他にラーウスとヴァナディーズも同乗している。ルキウスは元よりサウマンディアから来るサウマンディア軍団レギオー・サウマンディアのマルクスとの会見のために戻る予定だったが、ルクレティアはリュウイチから昨夕頼まれた御使いのため、ヴァナディーズはその補佐のためだった。


 ルキウスによる緊急の招集でティトゥス要塞の要塞司令部プリンキピアへ集まったのはルキウス本人とその家臣団のほかにエルネスティーネ・フォン・アルビオンニア侯爵夫人マルキオニッサとその家臣団、あと今夕からのマルクスとの会見のために残っていたアルトリウス・アヴァロニウス・アルトリウシウス軍団長レガトゥス・レギオニス、ルキウスと同行して急遽戻って来た筆頭幕僚トリブヌス・ラティクラウィウスラーウス・ガローニウス・コルウス、そしてルクレティア・スパルタカシアとヴァナディーズだった。


 一番最後に会議室に入って来たのはエルネスティーネであった。別に、権威を保つためにわざと最後に入室するようにしたわけではない。午前中にサムエルからの報告を受けた後、間借りしているルキウス邸に戻ってカールを見舞っていたところに急に呼び出されたため急いで来たのだが、この中では一番遠いところにいたため最後になってしまっただけだ。


「お待たせしました、皆さんお揃いのようね。

 私が一番最後だったかしら?」


 緊急での秘密会合という事で入室の際に衛兵による名乗りは行われなかった。


「何、皆今来たばかりですよ。お気になさらず…」


 ルキウスがそう言って手をかざすと、それを見た衛兵が会議室の扉を閉めた。中に居るのは降臨を知っている者たちだけである。


「失礼します。」


 エルネスティーネはそう言いながら自分の席へ急ぎ、着席した。エルネスティーネが入って来たのを見て立ち上がって迎え入れた出席者たちはそれを見て一斉に着席する。


「さて、緊急の要件ということでしたが…

 あら、ルクレティア今日はマニウス要塞で過ごすのではなかったかしら?」


 エルネスティーネが会場を見渡し、居ないはずの顔を見て少し意外そうに問いかける。しかし、ルクレティアは軽く会釈するだけでその答えはルキウスが説明を始めた。


「実は今日は彼女はリュウイチ様の御遣いで来ているのだ。そして、今日こうして集まってもらったのもそれが理由だ。」


「まあ、いったい何でしょうか?」


 今日マニウス要塞から来た四人以外の全員が一斉に身構えるようにルキウスに注目した。


「今般の事件に際し、我々はリュウイチ様より莫大な資金をご融資していただいておる。そしてそれは今後も必要に応じて追加融資をしていただくことになっておる。」


「感謝の言葉もありませんわ。」


「うむ、これは我ら両家が今後もよろしく領地を治め、お借りした資金を返済すると信じていただけたからこそだ。

 だが、事の元凶であるハン支援軍アウクシリア・ハンが帰って来た。私が昨日ご報告申し上げたところ、リュウイチ様は御自身が介入なさるつもりはないが、そうであるからこそ事態が悪い方へ転がるのではないかと不安に思われたようだ。」


 この説明に会議室内の空気が不穏なものになりはじめた。誰かが何かを言うというわけではないが、出席者たちは一様に顔色を失い落ち着きを失い始める。


「まさか、資金融資を打ち切られるということですか?」


 エルネスティーネも思わず身を乗り出した。一昨年の火山災害に続いて今般の叛乱事件のせいで侯爵家は膨大な財政支出を余儀なくされており、資金はショート寸前になっている。それでも現在の復旧復興事業を遂行できているのはリュウイチからの膨大なデナリウス銀貨の借款があるからだ。それが打ち切られれば今後実施予定の復興事業の多くは中止せざるを得ないし、それどころかハン族対策の必要が出てきた今、現在遂行中の事業もいくつか中断せざるを得なくなってしまう。

 しかし、どういうわけかルキウスの顔に深刻な雰囲気が無い。


「いや、資金融資を打ち切るとはおっしゃられていない。ただ、我々が担保を預けることを御望みだ。」


「「「担保!?」」」


 会議室内が一斉にざわめきだした。残念なことだが担保に出せるような財産など侯爵家にも子爵家にもほとんど無いからである。もちろん、曲がりなりにも貴族パトリキである以上は美術品や貴金属類と言ったものは多少なりとも持ち合わせて入る。ただ、それらの多くは既に担保に入っていたし、担保に入っていない物をかき集めたとしても現在、そして今後受ける融資分には届きそうにない。

 そもそもこの世界ヴァーチャリアの物など降臨者のもたらした聖遺物に比べれば無価値に近い物ばかりである。なのに膨大な聖遺物を所有しているであろうゲイマーガメルのリュウイチが満足するような物などあるわけがないのだ。


「そ、それは当然の要請かもしれません。

 ですが、今の我々には降臨者リュウイチ様にご満足いただけるような担保など…まさか領地の一部割譲を!?」


 レーマ帝国は貴族制であるがすべての貴族が領地を持っているわけではない。全体から見れば領地を持たない貴族の方が多いだろう。そして領地持ち貴族のなかでも領地を所有する貴族と領地を所有していない貴族に分かれる。

 領地を所有している貴族とは藩王国はんおうこく土侯国どこうこくの王などだ。元々レーマ帝国ではなかった国がレーマに恭順し、属国化して藩王国や土侯国となったものであるが、領地持ち貴族の中ではこれらは少数派である。

 領地を所有していない貴族とは前述の藩王国や土侯国以外の領地…すなわち帝国属州や属州に含まれる地域を治めている貴族たちのことである。彼らは地方を治める行政官が世襲化したものであり、領地に独占的な権利を有するが私的に所有しているわけではなく、その立場(領地)はあくまでも帝国から預けられている形になっている。ゆえに、家督を相続する際も元老院の承認を必要とし、自分の領地についてかなりな部分で好き勝手にすることは出来るが、あくまでも「帝国の統治を代行する」という建前でなければならない。

 当然ながら領地の一部を元老院に無断で誰かに割譲したりすることなどできはしない。担保にして金を借りるなど論外だ。


「いや、リュウイチ様は人質を提案なされた。」


「「「「「人質!?」」」」」


「カール閣下だ。」


「まさか!?」

「バカな、そんなこと」

貴族パトリキの子弟を人質に出すなど!!」


 会議室は騒然となった。四人を除く全員が顔色を失い、慌てふためいている。


子爵閣下ルキウス、まさかそれを御認めになられたのですか!?」


 エルネスティーネも狼狽を隠せず、椅子の肘掛けにしがみつくようにしながらルキウスに詰問する。当然であろう、愛する息子を…亡き夫の忘れ形見にして唯一の跡取り息子を人質に出せと言われて落ち着いていられるわけがない。ルキウスは困ったように半笑いを浮かべながら首を振った。


「いやいや、落ち着いて欲しい。」


「これが、落ち着いてなどいられるものですか!?」


「すまない、驚かせるつもりはなかったが、あくまでもこれはリュウイチ様の提案の一部だ。」


「一部!?」

「まさかカール閣下以外にも!?」


「そうじゃない、諸君、落ち着きたまえ。」


 話があらぬ方向へ広がりルキウスは慌てて宥めた。それを見てルクレティア、ラーウス、ヴァナディーズは困ったような呆れたような、見ようによっては笑っているようにも見える微妙な表情をして頭を抱える。


 ルキウス閣下も人が悪い…というか、言い方が意地悪過ぎるだろう…


 ルキウスの悪い癖だった。どうもこういう悪戯が大好きで、わざと誤解させてからかって楽しんでしまう質の悪い癖があった。どうやら今回はあまりに度が過ぎたようである。

 ふと、視界の端に捉えたルクレティアの顔が笑いをかみ殺しているように見えたエルネスティーネが驚いて声を上げた。


「ルクレティア、貴女何を笑っているの!?

 何かおかしい事でも…まさかルキウス、冗談なの!?

 悪い冗談はやめて!!」


「いやいや、待ってくれエルネスティーネ!落ち着いて話を聞いてくれ。」


僭越せんえつながら申告いたします。」


 これ以上ルキウスに任せていては火に油を注いでしまうと判断いたラーウスが起立して声を張り上げた。


子爵閣下ルキウスもお人が悪い。その言い方では誤解しか招かないではありませんか。」


「いや、すまん。そういうつもりはなかったんだが…」


 いやウソだ。最初から誤解させるつもりだったが、反応が予想以上だったのだ。


「何なの!?まさかホントに冗談だったの?」


「いえ、侯爵夫人エルネスティーネ子爵閣下ルキウスのおっしゃられたリュウイチ様からのご提案は本当ですが、それはあくまでも表向きの話です。」


「表向き?」


「はい、思い出してください。リュウイチ様はデナリウス銀貨についてはむしろ返さなくてもよいとお考えです。それを融資という形にしたのはあくまでも我々の都合に合わせたものに過ぎません。」


「では、どういうつもりで?」


「“仮に”でお考え下さい。人質を取ったとして、その人質は生きていなければ人質としての意味を成しません。ゆえに、人質をとったらその人質が死んだりしないように面倒を見ることになります。

 その論法によって、リュウイチ様は『恩寵おんちょうの独占禁止』という大協約の規定に触れないよう、カール閣下の御病気を治癒できないかと御提案くださったのです。」


「「「「おおおお」」」」


 今度はどよめきが沸き起こった。

 どうやら誤解の方は解けたと判断したラーウスがルキウスに向かって一礼し、着席すると今度はルキウスが後を取って説明する。


「諸君、リュウイチ様はヒントをくださったのだ。そして我々が細部の理論構築さえしてしまえば、カール閣下の御病気を治癒してくださるおつもりなのだ。

 すまんな、本当は色々根回しをしてやらねばならぬことだが、カール閣下の容体が一刻を争うものなので、こういう形になってしまったのだ。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る